4:あなたの信念に、誰も手を添えるから

 新真下・天琴を代表の待つ会議室に通した後、静ヶ原・澪利は整った眉目を困惑に歪めていた。

「佐々木さんの、ミナト工業からの引き抜き。彼女は確かにそう言ったんですね?」

 休日の夕刻に飛び込んできた無礼な来訪者が、出くわした女学生二人に語った『用件』について、疑問符が浮かぶためだ。

「ええ。私のことは分からなかったみたいですけど、さすがにMEGUさんのことはすぐわかったみたいで」

「組合に所属していない以上、身元隠匿の義務はありませんからね。ですけども」

「だとしたら、なんでダーリンが『組合関係者』ってわかったのかしら?」

 正面入り口で立ち往生していた彼女を、二人が案内をしてくれたのだ。その道すがらの会話で、来訪目的を語ったのだとか。

「花火大会のプレ開催を覚えていますか?」

「あ、はい! あの火事になって、佐々木さんの『お城に行く約束』が横取りされた時ですよね?」

「え⁉ 私が名指しされた時の⁉ どういうこと⁉ 誰に横取りされたの⁉ 私、あの時ハピネス絶頂でお水出しながら腰を抜かしちゃったから、続き見てないの! ちょっと、よく考えて⁉ やっぱり、ダーリンって凄くない⁉」

「詳しく話しますとですね……ダメです! 静ヶ原さん! ワンカップはしまってください! お酒は『ハタチ』からです!」

 確かに、いまこの手段で『認識改竄』してしまうのは良くない。未成年に『お酒をお見舞い』させたとか風聞が流れたら、逮捕不可避だ。

 なので、懐に『常備薬』をしまい込み、話を戻す。

「火災発生の直前に、佐々木さんと間近で接触しています。なにより、ジェントル・ササキのファンだという話でしたので、状況から推し量ったのかもしれません」

「あてずっぽうで組合に来た、ってこと?」

「まあ、本人なりに確信があったのかもしれませんが……」

 いずれ、想像の範疇であり、確かなものなど持ちようもないのだけども。

 一階の休憩用ホールにて、輪になってテーブルを囲む三者は難しく首を捻る。

「なんだか、疑問点がたくさんなんですけども……」

 一番に大きな女子高生が、その『体格』で丸テーブルを無自覚に傾けながら不審点を指折る姿は、どうして『そう』なってしまうのだろうか。現実は私に『格差』を思い知らせてどうするつもりなのか。神はいないのだろうか。

「……静ヶ原さん? どうしてさっきのお酒を取り出して震えているんです……?」

「あやや! なんでそう、すぐに『人を殺そう』とするの⁉ ダーリンの時だってそう!」

「ええ⁉ な、なんですか! 私が悪いんですか⁉」

 良し悪しで言えば、邪悪ですね。

 結論をつけて、理不尽に打ちのめされて前屈みになる彼女の言葉を継ぐが、その姿勢だとテーブルがさらに傾いて、格差がいまなお……!


      ※


 道下宮坂商事の新真下・天琴が、当組合事務所を訪れたことに対する疑問は以下だ。

「まず、目的ですね」

「ダーリンの、ミナト工業からの引き抜きを計画しているんでしょ?」

「で、佐々木さんとジェントル・ササキをイコールで結ぶ確信があったので、根回しというか事前承諾を得るために……でしょうか?」

 本来『魔法使い』は『魔法少女』と同じく、その身元を隠匿してある。

 そのため、本職でのヘッドハントを行う際に、考慮の不可能な部分だ。

 であるが、だからと言って知らずに交渉を進めれば『組合側に突っ込んだ足』を引き抜けず、本人から拒否をされることも想像に難くない。

「だから、ある程度の確信があったので交渉に赴いた、と?」

「そうかもしれません」

 澪利には、正直なところ、サラリーマンをしている佐々木・彰示の能力など未知数だ。

 けれども、組合にて魔法使いとして様々な難事を解決してきた彼の姿を思い返すに、間違っても低評価はありえないだろう。

 一事の解決のため、障害と問題を洗い出しては最適解を模索し、実際に乗り越えてきた苛烈かつ明瞭な姿を思えば。

 勿論、大企業の引き抜きが無計画なわけもなく、念入りな調査も行われているだろう。

「職種にもよりますが、相手は商社ですからね。もしかしら大出世かもしれませんね」

 人は、その人の能力に適切な仕事を受け持つべきで、それこそが効率の良い社会であろうと、かつての無口クール系魔法少女は考えるところである。

 なのでド田舎の工場事務という器に過剰な人材であるならば、ステップアップすることがその人の幸せであろう。

 無論、だから『彼』とお別れになるのならば寂しいけれども、少しばかり遠くへ行くだけだ。永遠の別離というわけでもない。

 佐々木・彰示が望むのならば、この上ない朗報。

 けれども、

「佐々木さん、このお話を受けちゃうでしょうか……」

 もっとも身近で濃密な、それはもう『血と涙と爛れた何やらに塗れる』濃密な時間を過ごした少女は、どうやら疑義を訴えているようだった。


      ※


 綾冶・文にとって、佐々木・彰示は、大切な『相棒』だ。

 落ちこぼれとして短い魔法少女の『寿命』を迎えようとしていた自分に、成果と実績と自信を、惜しみなく掴み取らせてくれた恩人である。

 足すことに、人と為りにも惹かれて、けれど『あの人』は新人魔法使いであり街を守るという目的があるから、決して一線を跨ぐことのできない、もどかしい『大切な人』である。

 きっと、彼が引き抜きに乗って街を離れたなら、自分も『引退』となる。

 経年による魔法の劣化は、もとより高くない上にすでに彼と出会う前から始まっていた。

 現在活動できていられるのは、ジェントル・ササキが持つギフト『処女殺し』による動悸活性化で嵩上げできているため。

「嫌だって思っちゃって、けど、嫌だって思っちゃう自分がもっと嫌になっちゃいますね」

 件の火災事件の折に、湊・桐華に言われた言葉を思い出す。

「佐々木さんが進もうとしているなら、立ち止まることを望むのは悪い事だから。湊さんに言われちゃいましたし」

 寂しいけれど、彼の決断と人生は、彼のものなのだから。

 だけど、そんな辛さの吐露を、説教をくれた彼女と同い年の少女が唖然と返す。

「あやや、それアイツから言われたの?」

「え? はい、そうですけど……MEGUさん?」

「どうしましたか? 高い実績を持つ桐華さんらしい、個人主義と苛烈さの合わさった見解かと思いますが」

「いや、だって、アイツだってダーリン好き好きでしょ?」

 ええ、まあ、大概の奇行は『さすがね!』の一言で片付けるくらいに激アマですが。

「それで、そっちはそっちで勝手に歩いていけ、みたいなこと言うかなと思ってさ」

 付き合いが長い好敵手は、可愛らしい頬に怪訝を膨らませる。

 果たして、年長の二人には分らない機微があるものなのか、と次の言葉を待つが首を捻るばかり。

 澪利が一つ息をつき、

「いずれ、佐々木さんの行動理念は『この街を守る』です。このハードルを越えない限り、移住を伴う転職はないかと思いますよ」

 心もとないながら、安心の材料を一つ差し出してくれるのだった。


      ※


 次の大きな疑問として、

「そんな大切なお話だとして、どうしてこんなお休みの夕方なんでしょうか」

「アポも無しって言ってたわ」

 想像するだけなら急ぎの要件なのかも、と考えもできる。

 それでも、電話番号は公開してあるのだから連絡ぐらいは、とも思う。

 なので、別の目的があったのでは、と澪利は勘ぐってしまう。

「この日、この時間でなければならなかった……?」

 絶対的な能力を持つエースと、絶対的な解決能力を持つ魔法使い。

 二人が、揃って不在である『今』でなければならなかったのでは、と。

「えっと、静ヶ原さん?」

 うつむき、思考の糸を現状に結び付けては、こんがらかった疑問をほぐしていく。

 推理の輪郭が浮かびかかり間もなく形になる、まさにその寸前。

「あら、みなさんお揃いなのね?」

 事務所に繋がる渡り廊下から、柔らかな女性の声がホールに響いた。

 喜色の強い笑顔で、足取りは春のように軽く。

 こちらの懊悩を足蹴にするようなテンションの高さに、三者とも目を送るだけで何も言えない。

 手に携帯電話を握りながらスキップのように駆け寄ってくるので、

「ありがとうございました。皆さんのおかげで、有意義な話し合いになりました」

「いえ、ご案内しただけで、私はなにも」

 大人として立ち上がり頭を下げる。

 思うところはあれど、所属組織の代表を訪ねた来賓なのだから。

 天琴も笑顔で頭を下げて、穏やかに、

「皆さん、組合長さんがお呼びですよ」

「え? MEGUさんも、ですか?」

「そうですね。きっとテイルケイプの協力も必要です」

 笑みを深めて、携帯電話をかざすから、みなが不審げな目を集めていく。

 ディスプレイに移るのは、幾隻かの物々しい船舶が波を割って進んでいる動画。立つ潮がオレンジに染まる様から、おそらくライブ映像。

 途端に澪利の脳裏へ、恐々とする刃物めいた事実が衝突する。解きほぐされた疑惑と、その糸玉に隠されていた恐々とする『結論』が、意思を持ち襲い来るかのごとく。

 天琴は、こちらの顔色の変わりようなど意にも留めず、浮かれたように用意してあったセリフを披露し、

「この、秘密結社『サニーデイズ・アセンツ』が幹部『ミス・アイテール』直々に」

 高らかに悪を謳い、

「ここ『あの人が守るこの街』を壊滅して差し上げるんですから」

 企みを嘯くから、

「ジェントル・ササキを『お婿さん』にするために、ね」

 張り詰められていった彼女たちの緊迫が、痛ましいほどの破音をたてて、千切れ飛び砕け散ったのだった。

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