10:代価の色合い

 一撃、二撃。

 数えられたのは、そこまで。

 四肢が弾け千切れんばかりの衝撃に曇る意識は、鉄パイプにすがり、伏せることを拒むことで精一杯。

 続くはずの打撃が感じられないのは、朦朧のせいか。

 それとも、

「ボロボロじゃねぇか! 支えてやれ!」

「ササキさん! しっかりしてください!」

 待ち侘びた彼女たちが救ってくれたのか。

 霞む目を凝らせば、眼前にサイネリア・ファニーの泣き出しそうな可愛らしい瞳が。

 遠くに、飛び交う岩石を四分割していくストライク・クローバーの背中が。

 魔法使いは『相棒たち』の到着に、

「良かった……」

 安堵する。

 事態が逼迫する前に辿り着けて。

 立派な魔法少女になるという、少女の行く先に泥を撥ねることがなくて。

 わだかまりを溶かした彼女の、胸に失敗の傷をつけることがなくて。

 だから、良かったと、笑みがこぼれて、

「良いわけないですよ!」

 相棒の、滅多に見ることのない大激怒顔が、眼前に迫った。

 こんな顔は『童貞の秘密結社幹部を彼女の胸部で撃退』した時以来だなあ、なんて呑気に思い起こしていると、

「忘れていましたよ! ササキさんは、必要なら平気で嘘を吐ける人だって! 自分のことなんか省みない人だったって! 最低です! 最低! もう、皆さん、どんなに心配したことか……!」

 そうか、それはすまなかった、と潰れた肺は声を作るのもしんどくて、笑みを浮かべるばかり。

 遠くから怒号が響き、

「説教は後で、爆弾くっつけたから離脱しろ! もうもたないぞ!」

 相棒がこちらの腰に腕を回し、抱き上げるようにして宙へ舞い上がる。

 同時、逃すまいと岩石が蠢き出だして、

「いいから、もう寝てろ!」

 ストライク・クローバーの悪態と共に、炸薬が耳と目を突きさし切り裂いた。

 曖昧で遠のきつつある自身の五感をも、明確に揺るがすほどの一撃が、異邦人に見舞われたのであった。


      ※


「上手くいきました……か?」

 沿岸部まで誘導しての後に、爆発物によって巨躯を砕くという作戦は、間違いなく達せられた。

 全長で五〇メートルもあったマレビトの体は、爆発の黒煙が吹き散らされたなら、今や五メートルほどが残るばかり。

 ササキの打撃と迎撃による射出で削がれていたせいもあり、その巨体は今や多少大きい程度で、

「まだ少し残っているけど……攻撃はしてこないな」

 原理は不明であるが浮力は失われつつあるようで、降下速度が増しつつある。

 攻撃意思も示さないことから、少女二人は対象が沈黙したと判断。

「このまま、落下地点を海へと誘導しましょう」

「ササキ、もう少し我慢できるか?」

 サイネリア・ファニーに抱き上げられた魔法使いは、どうにかという風体で頷きを返してくる。

 進路を調整するだけの、ほんの僅かな時間だ。

「すぐに終わらせましょう。バックパックで推力を与えるだけですから」

 緊を張った声で、少女はマレビトを追って降下していく。

 腕の中の、大切な人を慮りながら。

 目を落とせば、呼吸を荒く、まぶたを閉じている。少しでも体力を温存しようという姿勢だ。

 急がないと、と胸が焦れる。

 そこに、

「サイネリア・ファニー!」

 後ろから、追いかけてきていたストライク・クローバーの警句が投げ込まれた。

 驚きに顔を上げれば、

「え?」

 岩石が。

 マレビトの攻撃手段である、投げつけられた岩が、眼前に迫っていた。


      ※


 魔法使いの採り得る手段は、唯一だった。

 守るべき彼女に迫る危機を、いかにすべきか。

 満身創痍で腕を上げることすら辛いこの身で。

 絶対の目的があり、悪条件のなかで、事態を解決するためには。

「っ! ササキさん!」

 押すように彼女の腕を逃れ、力ない体を宙に躍らせる。

 少女の前へ、立ち塞がるように。

 衝撃が、備えのない体に、揺らすように浸透していく。


      ※


 サイネリア・ファニーを狙った一撃は、しかし逸れることになった。

 ジェントル・ササキによる、決死の体当たりによって。

 最後の力を絞り切った魔法使いの体は落下を始め、救われた魔法少女は何が起きたのかわからないというように呆然と竦んでいる。

 背を追いかけていたストライク・クローバーは歯を噛む。

「まずい」

 このままでは、あの岩石が市街に投下され。

 そして、浮力を持たない魔法使いが、墜ちていくことになる。

 少女の傍らを全速で追い抜くと岩に張り付き、ギフトで以て四分割に。その一つへ指を立ててホールドする。これで、ギフトを解除した際に、落下していく岩たちも一旦ここまで戻ってくることになる。

 一つは解決し、しかし立て続けに問題へ手を打たなくてはいけなくて、

「ササキ! 受け取れ!」

 コモンによる膂力で、バックバックのベルトを引き千切る。

 宙に泳いだ空を往くための機械を、落下していく魔法使いめがけて蹴り遣れば、

「先に地上に戻って待ってろ!」

 伸ばした救いの手を、上手いこと掴み取ってくれることを祈るばかりだ。

 かつて、私に伸ばしてくれた彼の腕ほど、長くも力強くも確かでもないけれど。

「いいか! 死ぬなよ! 店で、このドレスを見るって言っただろ!」

 かといって、伸ばすことを諦められるほど、自分は薄情ではない。

 それを確かめられて、なおのこと、彼を諦めることなどできなくなっていて。

 この身は、マレビトへめがけて制御できている。我に返ったサイネリア・ファニーも、落ちゆく相棒と地上への甚大な被害を秤にかけて、こちらを目指している。マレビトの進行を調整するには、バックパックが必要なのだから賢明な判断だ。

 風が、ストライク・クローバーの体を冷たく吹き洗う。

 祈ることで彼が救われるなら喉が裂けるまで謳うのにと、険しい瞳を闇に紛れた魔法使いへと投げやりながら。


  第四章 了

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