8:求める代価の重み

 本所市上空に『岩石の往く空』からの侵略者が現れて、一時間が経過していた。

 当初、高度八〇〇〇メートルにあった巨躯は、徐々にその地点を低くしていて、現在約六〇〇〇メートルを旋回しつつ、さらに降下を続ける状況にある。

 また、体の一部を切り離して地表めがけて射出を始めたことから、対処に急を求められることに。

 だから、テイルケイプの筆頭幹部であるテラコッタ・レディは、着替える間もなく自家用車たるファミリーカーをかっ飛ばさざるをえないのだ。

 事態を解決する意思を持つ男に、事態の解決を促す装備を届けなければならないのだから。


      ※


 一報は、事務作業を終え、さて帰宅という見計らったようなタイミングに届けられた。

 彼女は、すぐに拠点たる鷺舞会館を飛び出した。

 頭領たるテイルケイプからの電話を受け、提供企業から半ば押し付けられた形で保管していた『ジェントル・ササキ用アシストスーツ改』を引っ掴んで。

 正直なところ、持て余していた装備である。

 改良前でさえ『巨大艦船を一撃で傾ける』ほどの性能だったのが、開発者いわく『アシスト値を五割増し』にしたとか。そんな想像の埒外な腕力で何を殴りつける想定なのか、どうして『初恋に胸を弾ませる少女』のような顔で『彼なら地球を割れると思うんですよ!』とかのたまうのか。

 懇意にしている付き合いの長い企業であるが、ちょっと『わからなく』なることも多い。

 だけども、そんな諸々を置き去りにして、筆頭幹部は走らなければならない。

 町を守る、その一点であらゆるを捨て置ける『彼』に『可能性の上振れ』を届けるために。


      ※


「どういうこと、MEGUちゃん!」

 しかし、テラコッタ・レディの到着を待たず、魔法使いは飛び立っていったという。

 本来の待ち合わせ場所にいないことで、胸騒ぎはしたのだ。不測の事態が起きたのかと、だとしたなら危急に直面した彼はどうするものか、と。

「ダーリン……!」

「私たちが……止めきれなかったの……」

 辿り着いたのは、ほど近い河川敷。

 少女たちは、堤防上の弱々しい街灯だけを頼りにした夜のなかにいた。

 凛々しくも眉根を下げるエースに、汚れを構うことなく膝を付いて慟哭するアイドル。

 常の輝かしさを曇らせて暗がりに紛れる彼女たちの足元に転がるのは、

「金属柱?」

 鋼管柱と呼ばれる、軽量の電柱であった。

 高温にさらされた形跡があり、口からは白い煙を吐き出している。また、草の生い茂る地面には、大きな水溜まりが。

 何事かとよくよく周りを見れば、胴体ほどの穴が地面に開いており、夜の暗さもあって深度は不明瞭。

 混乱を強めるテラコッタ・レディに、制服姿のグローリー・トパーズが、見えるはずもない『彼』の背を視線で追いかけながら答えてくれた。

「簡単な……そうね。ロケットを即席で作ったんです」

 鋼管柱は、その外面が非常に薄い、筒状の構造体だ。


 それを、ジェントル・ササキの膂力で地面に突き刺す。

     ↓

 柱の内部を、MEGUのギフトにより水で満たす。

     ↓

 鋼の外面に、グローリー・トパーズのギフトで電気を流し込む。

     ↓

 導体が過熱し、内部の水に熱が伝播。

     ↓

 蒸気の圧力で発射。


 というプロセスで以て、戦士を戦場に送り込んだのだという。

 発案から過程のどれ一つをとっても、正気ではない。

 柱内部に水を満たす労力も、大地に接した金属へ逃れる以上の電気を流し込んで加熱する消耗も。

 なにより、何一つ安全性の担保されていない『ロケットの出来損ない』に跨って、高空を目指す思い切りに。

 乗り物は切り離されて、いま地面に転がっている。

 つまりは現状、身一つで、初期推力のみを頼りに、夜空を割ろうとしているのだ。

 帰る道など、省みることなく。

 ポケットの携帯電話が着信を告げる。

 きっと、目前の光景を追認するための、頭領からの連絡であろう。

 急を要する状況にある。直近の問題に対して、対処に回った人間が無謀を働いているのだから。

 状況の確認と指示を手に入れるため、ポケットをまさぐろうと頭を下げる。

 すると、頭上遠く。

「……っ!」

「ダーリン!」

 まるで花火のような鈍く重い、弾ける音が波となって地表に降り注いできた。

 咄嗟に見上げるが、闇は深く高く、星々の他には見えなくて。

 彼を無闇に慕う少女たちの悲痛さが僅かばかりでも理解できるから、急いで携帯電話を取り出すのである。


      ※


 夜の風を頬で切り、ササキは伸びるように飛び上がっていく。

 途中、本体から切り離された岩石を迎撃し、その破片を海岸側へ蹴り出すように再加速を行いながら。

『さすがに無茶です、ササキさん。一つ間違えば、あなたのコモンでも耐え切れない高度ですよ』

「心配をかけてすいません、静ヶ原さん」

 謝りはするが、勝算はあったのだ。

 岩石の投下が確認され、その対応のために予定を繰り上げたのだ。

 砕き方を制御し、足場に十分な質量を僅かに残しつつ、それを足場に。

 本来が、原理は不明だが浮力を持つ存在である。

「思った通り、射出された一部にも、運動への抵抗がありましたしね」

『実証の無い憶測に命を賭けるのはやめてください。サイネリア・ファニーたちの心臓に悪いですから。無論、私の胸にも』

「申し訳ない。帰ったら、埋め合わせますよ」

『……新しいタイプのセクハラですね? わかりました、受けて立ちましょう』

 定型な返答のはずだったのに、なにがいけなかったのか。

 まあ、やる気が出たようでなによりだ。

「相棒の準備はどうです?」

『完了しました。危険度を鑑みて、ストライク・クローバーも同行しますが、もちろんこちらも』

「彼女が? それは……」

 なぜ、と取り巻く状況を鑑みてしまうが、けれども、

「なにより頼もしいじゃないですか」

『ええ、触れたものを四分割するギフトは、今回のマレビト相手に相性が抜群と判断されてのことですから』

 助力をしてくれるということは、素直に嬉しいことだ。

 彼女が抱えていた八つ当たり染みた組合へのわだかまりも、溶けつつあるのか、と。

 ならば、その熱した思いが、冷めぬうちに成功体験という槌を振るおう。

「急いで出発を! 今なら、俺が注意を引きつけていられる!」

 睨む先で、五つの岩石が打ち放たれていく。

 どれもこれも、一方向に進むしかない自分へめがけて。

『どういうことです、ササキさん? ササキさん!』

 手にした鉄パイプを握り直し、行く手を睨み直す。

 少女たちの血路を開く、その役割を担い直しながら。

 愛する町を、そして前を向き始めた少女たちを守るがために。

 死地に向かえど、知らず口端が上がってしまうのは、自然なことなのだ。

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