4:足が逸るのは胸が躍るからで
駅前の大通りから小路に入った先に、一部のオシャレカフェ好きに隠れ家として愛好されている喫茶店『さぎまい』は暖簾を揺らしていた。
オフィス街の近くの喫茶店だ。
夜の十二時近くともなればオーナー一家も、明かりを消して奥の兼住居でゆっくりとした家族の時間を楽しみ、ベッドに入る時刻である。
ところが今夜は、
「すまないね、無理を言って」
「無茶は言っても、無理は珍しいですからね、センパイは」
店主の旧知である彰示が、無理を言って店を開けてもらったのだ。
「この時間に、俺と制服姿の綾冶さんがファミレスに入ったら、まあ『現金な関係』疑惑で通報待ったなし、だからさ」
「抗弁すればいいでしょ。『お金だけの関係じゃない』って」
「なおさら通報じゃないか」
「ま、ゆっくりしていってください。オムライス、作ってあげますよ。時間も遅いからお米抜きで」
この店を頼った理由は看破しても、事情までは深入りしない後輩に、微笑んで感謝を見せる。
閉店後の店を強引に開けてもらうという無理を願ったのは、
「あの……ごめんなさい、佐々木さん……」
一重に目の前で背を丸めている、相棒の泣きそうな面持ちのせいであった。
※
失敗は、反省して修正して反復を許さない心持ちを教えられたことで、怖いと思うことはなくなった。
けれど、今度は失敗で彼に迷惑をかけることが恐ろしくなってしまった。
自分をここまで導いてくれた頼れる大人に、呆れられ失望されてしまうことが何より怖い。
だから、
「昔の、立ち止まってばかりだった頃を踏み越えて、成長したいって思ってしまって……」
なんだか『凄い』相棒と、胸を張って肩を並べられるようになりないのだ。この場合は彼の能力に依るところで、普段の『たまげた』部分はノーカンだ。あと『自分が胸を張る』と自然と『肩が並ぶ』のもノーカンでいい。
「それで焦ってしまったみたいで……ご迷惑をかけました」
思いは本当だから、深く頭を下げる。
肯定されるか、拒否されるか、諭されるか。
どう反応されても、構いはしない。ちゃんと本心を伝えて、伝えてもらいたいのだから。
鼓動を高めて言葉を待てば、
「積極的な行動は素晴らしいことだと思うんだ」
予想の外からの、賞賛であった。
※
本来、謝罪など不要である。
なぜなら、彼女と自分は戦果戦歴を分かち合う『相棒』なのだから。
自分の成功も、彼女の失敗も、半分ずつそれぞれの手元にあるものなのだ。大人だから、自ずと取り分を小さく見積もりはするが、大人であり彼女たちに比べて『現役期間が長い』のだから当たり前。
だから切実に、店主が携帯電話のカメラをこちらに向ける行為はやめて欲しい。きっと録画しているのだろうが、美少女メガネ高校生(はち切れんばかり)が俺に頭を下げている映像を保存して、何をするつもりなのか。裁判の証拠か?
薄ら寒い背中をどうにか落ち着かせながら、佐々木・彰示は微笑む。
「顎田支部への出向を受けたのも綾冶さんだった。今日も、俺を助けようとしてくれたし……すごく嬉しいよ」
だから、早く顔を上げて欲しい。いろいろと『危機』が迫っているから。主に『社会的生命』について。
願いが叶って姿勢を正した彼女は、眉を八の字に歪めて伏し目がちに、涙を蓄えたまま。
おや、と言葉が足りなかったか、と疑ったけれども、
「ありがとうございます、佐々木さん……」
声音から、自省の下り坂を踏みとどまったのが知れて、胸をなで下ろした。
よかった、と微笑み直し、それなら次の段階であろうと、問いを重ねる。
※
柔らかな彼の笑みが、問いを作る。
「だけど、いささか歩みが大きい気がするんだ。何か焦っているのかな」
ずばりと、こちらの胸中を撃ちぬいて、それでいて答えを待つように寄り添ってくれる。
焦燥は、きっと誰が見ても明らかなのだ。自分自身は表に出さないように努力はしているが、まあ無駄な抵抗なのだろう。
普通は、焦りなんて集中力の低下や判断の早まりを招くため、悪として是正を求められるものだ。
だけど相棒は、焦りの根を分かち合おうと促してくれるから。
甘えるように、信じるように、想いを言葉にする。
「はい、すごく焦っています……だって、佐々木さんと一緒にいられる時間は、もうすごく少ないんですから!」
※
映像だけでなく、音声の証拠まで発生してしまった佐々木は、笑顔を固めるしかなかった。
※
魔法少女はその力を、年齢の経過によって動力である『ドキドキ』や『キラキラ』と共に失っていく。
文自身も、既に県外進学という進路を定め、契機として引退を考えていた。
今は六月の末であるから、残るところ八か月ほど。入試や、その後の転居などを考えれば、実質半年くらいだろう。
「後ろ向きな性格で、能力も不十分で、いろんな魔法使いの方から匙を投げられた私を、佐々木さんは信じてくれて、立派にしてくれました……今、すごく幸せなんです」
けれどそんな幸せな時間は限られている。
「私は、佐々木さんともっと『色んな事』がしたいし『色んな物』を見たいって……我が儘を考えるようになってしまって……」
だから積極的に、チャレンジへ足を踏み入れていこうと決めたし、
「実績を重ねてランキングが上がれば、県外への出向依頼も来ますし、二人でいろんなところを見に行けるんですよ!」
モチベーションに繋がっているのだ。
※
想われることは、素直に嬉しいものだ。
歳の差や、彼女の将来や立場、魔法使いという『特殊』は肩書から、簡単に首を縦に振ることはできない事ではあるが、心が温められるのは間違いない。
若者のまっすぐな真心に礼を返す。
「いいね、すごく楽しそうだ。ありがとう、綾冶さん」
伏し目が、なおさら目を隠すよう下に向けられてしまうのは、照れ隠しだろうか。
目的地があるのなら、若人の逸りは肯定すべきである。
限界の柵を決めつけて、彼らの足の長さを削ぐのは悪なのだ。彼女たちが、彼女たち自身の『力』を信じられる、そんな未来が必要なはずなのだ。
そして大人は、そんな小さな背中を押し、守り、支えるのが役割だろう。
だから、彰示は嬉しく微笑む。
物分かりの良い彼女が、少女という時代の刻限が迫る中で『目的地』を示したことがとても嬉しくて。
そして、懸念もする。
文が叫んだ『色んな事』には、かつての『約束』は含まれていまいか、と。
死地に赴く際に、地獄の道ずれにする予定だった『ぐちゃぐちゃになりたい』という、魔法少女を鼓舞するための『方便』のことである。
そもそも『三十歳童貞』が『パツパツ制服美少女』に、深夜になろうという時刻に『色んな事したい』とか『事案』ではなかろうか。
オムライス作りと『証拠撮影』に夢中だった店主も同じ懸念に至ったらしく、携帯電話の撮影を止めると、
「もしもし、警察ですか?」
証拠映像の提出先を定めたのだった。
その後、到着したパトカーから現れたのは以前に面識のできた女刑事だったので、スムーズな連行が実現。
彰示の空っぽな胃を満たすのは、身元引受人に指名した大瀑叉・龍号組合長を待つことになるのであった。
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