7:『負けたくなんかない』

 気圧差か、風は背を押すように吹いている。

 外へ流れふく粉塵に頬を洗いながら、ジェントル・ササキは状況を完全に把握する。

 遠巻きに取り囲む野次馬の列に、少し離れたところへ停車している警察車両に、こちらへ駆け寄ってくる意を決した『相棒』の表情に。

 彼女が、サイネリア・ファニーが画策した『盤面を穿つ』ための一手なのだろう。

 治安維持を目的とした同士の衝突を、覆い隠さんがための。

 なれば、己の役割はおのずと悟るところで、

「まずいな」

 成すために足らぬ物にも思い至る。

 魔法使いが衆目の元に姿を現すには、身元を隠す仮面が必要なのだ。激戦のなか、正規のポリ袋は哀れにも破かれ、ポケットの予備もどこかへ取り落としてしまっている。

 仕方ない、と上着を引きちぎろうと腕をかけたところで、

「ダーリン!」

 背後、救助対象であった少女の声が、立ち込める粉飛沫の向こうから届けられ、

「これを使って!」

 MEGUのシルエットが、何やら投げ込んでくる。

 反射で受け止めると、手応えは軽く柔らかくて、

「ありがとう! 顔を隠すには最適だ!」

 助けにきたのが逆に助けられるなんて、と苦笑してしまうが、今は己の未熟を嘆くフェイズではない。

 なにもかもを搔き集めて、目的地に至るのだ。

 ……ああ『総動員』だ。

 至らぬ俺を支えてくれるサイネリア・ファニーも。

 足らぬ物を届けてくれたMEGUも。

 届かぬ手の代わりをしてくれるイーグル・バレットも。

 今までの全てを搔き集めて、見苦しくても、這ってでも前へ進むのだ。

「今行く、サイネリア・ファニー!」

 顔を隠し、目貫穴を作ると、粉塵の中から跳躍。

 細粒の尾で美しい軌道を描き、四肢を用いてアスファルトへ滑りながら着地。

「ササ……キさん、その姿……」

 小走りの『相棒』は、怯えるような、泣きそうな、息の詰まるような、言葉をこらえるような、何とも言えない表情で足を止める。

 そうだろう、自分自身ボロボロで酷いありさまなのはわかっている。それほどに、苛烈な現場だったのだ。それでも、彼女を安心させようと微笑んで見せる程度の余力はある。

 野次馬の人垣もこちらの緊迫した声に呑まれたのか、声を失い、少し輪を緩める。

 好都合である。

 サイネリア・ファニーがお膳立てしてくれた『役割』を知らしめるに、このうえない舞台だ。

 だから、疲労する体に喝を入れて、声を通す。

「さあ、出てこい『ウェル・ラース』に『イーグル・バレット』よ!」

 尊大に、傲岸に。

「ロートルどもが! テイルケイプ新幹部『ジェントル・ササキ』と『サイネリア・ファニー』が相手になってやるぞ!」

 顔面を少女のゴスロリ衣装で、下半身を戦闘員衣装(おそらく戦闘員Cの)で守りを固めた『悪の魔法使い』が、宣戦を以て状況を『確定』させる。

 そう、あらゆる何もかもを、ひたすらに搔き集めて。


      ※


「総動員したら『不快なハロウィン』が完成するとか、ササキさんはさすがですね……え? 受話器と受話器を突き合わせて何をしているか、ですか?

 戦わせているんですよ。公安からの苦情のお電話と、不審な中学生から不審なお電話を。で、私は手いっぱいなので、テイルケイプ最高幹部の大激怒なお電話は組合長にお願いしますね?」


      ※


「サイネリア・ファニーが悪堕ち……だと……! だけど……!」

「だけど、隣に『地獄の番人』みたいなのが立っているんだよ!」

「お、俺たちはどうすれば、どうなればいいんだ……!」

 前かがみのまま、キョロキョロと反応に困っている野次馬たちを半目で眺めながら、

「すげーな。私が現役の時でも、野次馬のあんな困った顔見たことなかったぞ?」

 ジェントル・ササキがぶち抜いた穴をくぐりながら、肩を貸す『相棒』に呆れて見せた。

 困ったように肩をすくめるウェル・ラースが、

「まあ、彼の強みだよ。ほら」

「ああぁぁ……っ……! ダーリンが……ダーリンが私の中に入ってるぅぅ……!」

「ビタ一理解できない例を示すなよ」

 腰をくねらせる中学生を見やるから、自分が足を洗った業界の『昨今の事情』に甚大な懸念を覚えつつも、

「ほら、しゃっきり立てよ。これから、もうひと踏ん張りだ」

「……ありがとう」

 作戦の進行のために、相棒をたきつける。

 自分の足で立たせ、身支度を整えてやっていると、穏やかな疑問顔で、

「この段取りは君かい? それとも組合長が……?」

 悪辣、と言っていいだろう。

 組合と秘密結社の対立構図を作って、警察の『立ち位置』を消し飛ばしたのだ。

 有情、と言っていいだろう。

 役割を無くした警察を、舞台袖に留める手順を踏んでいるのだ。

 見事な展開で、だからこそ彼も感心を瞳に込めるのだろうが、真実は、

「驚くなよ。全部、あの『ジェントル・ササキの相棒』の考えだ。私の今の恰好までもな」

「本当かい? それはまた……あり得るか」

「な。やり口を良く見ているんだよな、あの子」

 自分たち……いや自分に足りなかった『信じる』ということ。

「悪かったよ」

「……こっちこそさ」

「いや……我が儘を振り回して、逆恨みまでして……」

 わかってくれていると『身勝手に』信じていた。

 わかってくれなかったと『身勝手に』恨んでいた。

「見ろよ、あの二人。細かい段取りもしないままあの調子だ。私に足りなかったものを、教えてくれているみたいでな」

「わかるよ。私にも『配慮』が足りなかったんだって『彼』が教えてくれた」

 いろいろと教わることが多いよ、とうそぶく『相棒』にちょっと『勘弁して欲しいな』と眉目をしかめる。

 けれどまあ『状況』を作り上げたのも、こちらの『わだかまり』を溶かしたのも、紛れもなくあの二人であり、そこに見るべきところは大きいし、素直に賞賛すべきであり、

「すごいコンビだよ、あの二人は」

 吹く風が粉塵を散らす中で、傲然と立ち構える『彼』と『彼女』の姿に見惚れながらも『負けたくなんかない』のだと、笑みを浮かべるのだった。


      ※


「勝負ありッスね、これは」

 頭を掻きながら困ったように笑う美岳は、嘆息を漏らすしかなかった。

 衆目下での衝突を前提としていた戦場が、一息に塗り替えられたものだから。

 組合と秘密結社の対立と一般人に『確定』され、『こちら』は蚊帳の外に置き去りにされてしまったのだ。

 ここから、警察によるテイルケイプを制圧という初期目標に至るためには、今から現場に乗り込んで野次馬たちに『新たな条件』を付け加える必要がある。

 もとより存在する『不逮捕権』を乗り越え『特殊な武装』を持ち込む正当性を添えて。

『各班より。我々はどうすればいい、公安殿? 外に出て、テイルケイプを名乗った少女にも弾丸をぶち込めばいいのか?』

『あっちの『スーツを着た悪夢』になら、いくらでもやってやるぜ!』

 即席で旗下についた者たちの、刺々しい反発も限界を迎えている。

 だから、勝負がついており、

「撤収、お願いするッス。なるべく、人目に触れないように。多少の無茶なら、今ならジェントル・ササキの仕業で片付けられるッスからね」

『善処するよ。よぉし、そっちの大ガラスを破れ!』

 こちらは、進行している『現場』に先行して事後処理へ移行。

 後始末の何もかもを『不審の代名詞』に押し付けられるのはありがたいことだし、

「こっちの実入りは『秘密結社を制圧しうる』で我慢スね」

 疵は付いたが、収穫もあった。 

 身を隠していた車両のエンジンに火を入れ、アクセルを柔らかく踏み込む。

 悔しい、という気持ちがないわけではない。あと一息のところで巻き返されてしまったのだから。

「けど、まあ、素直に感心の方がおっきいッスよ、ササキさん」

 実績など何一つなかった少女が、己一人で盤面をひっくり返せるまでに成長できたのは『新人魔法使い』の薫陶が何より大きいだろう。

 在り方、生き方が、正面から見据えるには激しく眩しい。

 いま現在に関しては、ちょっと真正面から向き合うには絵面が『激し』すぎて『目が眩んで』しまうけれども。

 人垣の向こうで始まったジェントル・ササキとイーグル・バレットの、後先のない吐き出すような全力のフィジカル勝負を見やりながら、

「ま、衣装は『戦利品』の名目で差し上げるッス」

 駐車場を出ようとしたところで、遠く、スーツの魔法使いと目が合った気がしたから、小さく手を振って。

 鼻歌が口をつくほどに軽やかに、不思議な心持ちで敗走の途につくのだった。

 いましばらく続いていく『彼女たち』の舞台に、てらいなく微笑みながら。

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