2:少し遠いあなたに届けたい

「せっかくのお休みなのに、あいにくのお天気ですね」

 綾冶・文は眼鏡越しに、眉尻を下げて、薄雲の垂れ込む梅雨空を見上げていた。

「なら、崩れる前に済ませましょ。『薄型鉄パイプ』ならホームセンターかしら」

「ダーリンへのプレゼントかあ。やっぱり『薄型今度産む』かな!」

 並んで商店街の雑踏を歩くのは、私服姿の『グローリー・トパーズ』こと湊・桐華と、ステージ衣装そのままのMEGU。

 二人とも、どうやら今回の趣旨を理解していないことは『理解』したので、

「えっとですね……お二人とも、今日は……」

「それより、あなた、その衣装のままでいいの?」

「マネージャーから、イベント後は現地解散自由行動って言われているから、へーきよ!」

「あら。なら、あとの二人も連れてきたら?」

「それがね、あんた達を見つけた時に『ダーリンも一緒かも!』って叫んだ途端、KOTOが『YUKIちゃんの着替えが必要なんだぞ!』って騒ぎだして、瞳孔の開いたYUKIに『顔が劇画』になるまでおなか殴られちゃって」

「ふふ、さすがジェントル・ササキね。末恐ろしい影響力だわ」

「ほんと、ダーリンの魅力は底なしよ! あ、プレゼントは『極北堂』なんてどう?」

「あそこのケーキ屋さんじゃない。あの人、甘い物好きなの?」

「たくさん買うと貰える、ピンクの熊をモチーフにした手提げ袋あるでしょ?」

「ああ、いいわね。作戦用のマスクに、でしょ?」

「そうそう! ぜったい可愛いと思うのよ!」

「ふふ、さすがジェントル・ササキね。末恐ろしい着こなし力だわ」

「ね? 『可愛い』も我が物にするなんて、ダーリンの魅力は底なしね!」

 文は、四つも年下の少女らの『ドラッグレース』に、口を挟めず眺めるしかなかった。

 あまりの淀みのない勢いに、最近芽生えた世界の速度への疑いが、己が遅いせいではあるまいか、という甚大な疑いにめまいを覚えながら。


      ※


「というわけですね、会う機会の減ってしまった佐々木さんに、何か手頃な小物でもあげたいな、と思いまして」

 改めて今回の趣旨を説明すると、赤をアクセントとしたゴスロリ風衣装を揺らす悪の魔法少女と、年齢より大人びた私服姿の正義の魔法少女が、眉間を険しく刻んで、

「それって……」

「……マーキング?」

 どうしてこの子たちは、自分の言動を棚に上げてドン引きできるのだろう。

 ……棚がシェルター型なんでしょうね。

 これがエースとライバル、二人の強さの根源なのだと結論付けたところで、

「だけど、会う機会が減ったってのはこっちも一緒。稼働が過密でね」

 テイルケイプの幹部が手を振るファンに応えながら、現状に愚痴をこぼしていた。

「ついにスケジュールがパンクしちゃって、頭領命令で数日は完全に活動を停止よ。今日のイベントだって、前にキャンセルしちゃったヤツの穴埋めだし」

「ああ、最近『プリティ・チェイサー』のアイドル活動、減っていましたからね……」

 小悪魔系アイドルユニットとして、MEGU、KOTO、YUKIの三人は県内ではかなりの知名度を誇る。アイドル、学生生活、悪の秘密結社幹部と、三足の草鞋で活躍する彼女たちだが、最近は最後の草鞋に足を取られている状態なのだという。

 不満に口を尖らせてはいるが、道すがら子供のファンに手を振られると満面を笑顔にして振り返すあたり、すごいプロ意識だと感心させられる。

 もう片側のプロ意識の塊である少女も、

「すごいわね、あなた。最近はずっと、お休みも無かったでしょうに」

「そりゃあ大変だけどね。人手が無さ過ぎてさ、ルシファーでもいいから戻ってきて欲しいわよ」

 かなり残念な感じでジェントル・ササキにやられてしまった、出向組の一人だ。今は所属元の意向で出戻っているが、そんな彼に縋るほど状況が悪いのだろう。

 眉を厳しく寄せて、だけど、ぱっと明るく開くと、

「けどね、今できることって、逆に言うと今しかできないでしょ? なら、全力でいきたいし、全力を出すなら楽しんでいたほうがいいじゃない?」

 刹那的にも聞こえるが、日々の積み重ねをクオリティ向上させる、と考えたなら理想的な精神構築だと思う。

 この少女の言動はエキセントリックな『前衛芸術』じみたものが多いが、その基礎となる部分は固くて深い。疲弊度の高いなかでも彼女の瞳が輝きを失わないのは、確固たる根源を持っているからなのだろう。

 それがMEGUの『居場所』で、

「今はダーリンが一番だけどね!」

 なんだかんだと悩むことの多い文には、見習うべき軽やかな剛直さだ。

 だから素直に、

「今日、MEGUさんと会えたのは、すごく良かったです」

「そうでしょ! 私もね、あややに会えて良かったわ!」

「え?」

 伝えた感謝が、なぜかまっすぐに返されて、

「だって、この格好じゃ『今度産む』買えないじゃん!」

 キラキラした笑顔が過積載状態で、衝車みたいに突っ込んできたと思ったら、

「そうね。綾冶さんなら『りっぱ』だから、問題ないでしょうね」

 挙句に玉突きを起こした。

 普段から俯きがちの目を大きく伏せると、

「お二人のこと、凄いなあって思いましたけど、ちょっと修正しますね」

「ふふ、上方修正なら大歓迎よ?」

「ちょっと待って! 下方修正だとしたら……もしかしてあやや『今産む』する気⁉」

「綾冶さん、それはちょっと……いくら『仕上がっている』とはいえ、まだ学生でしょう?」

「そうよ! いくら『仕上がっている』とはいえ! あ、あのぬいぐるみ可愛くない⁉」

「あら、私たちをモデルにしているのね。ジェントル・ササキもいるじゃない」

 タイヤ痕を黒々と残して、走り去っていく。

 ……完全に轢き逃げですよ、これ。

 あまりの凄惨さに、被害者は心の中だけではあるが、一旦、感謝の念を取り下げざるをえなかった。


      ※


 組合内の指令室は、休日で、組合員の大半に休暇を与えていることもあり、本来は無人の領域だ。

 しかし、モニターは市街カメラの映像を映しており、

「綾冶さん『濡れた段ボールの角を齧っている』ような顔をしていますよ」

「なにその恐ろしい顔。桃子君、見たことあるのかい?」

「何年か前に……頭領が連れてくる子は、みんな個性的ですから……」

 テイルケイプ首脳の二人が、冷たい缶コーヒーに口をつけていた。

 二つの組織は今、数々の問題を抱えており、そのうちでも最大の懸念を解消すべくこうして集まっている。

「人員の目途はつきませんか」

「ほうぼう当たっているが、指の取っ掛かりもない」

 確かに、周辺の秘密結社は多忙を極めているため、人員の供出は難しい。

 そのあおりがテイルケイプに寄ってきているのだが、ついに活動の休止を決断させるに至ったのだ。

「坂下君だけでも、と思ったが連絡も取れんしなあ」

「彼の所属元は新興で官公庁から遠いですから、大丈夫かと思ったんですけどね」

 ルシファーを名乗る問題児も例外ではなかった。

 テイルケイプ頭領は、しごく髭の奥から重い声で嘆く。

「不自然なほど、ウチに人員が集まらん」

「何らかの意図が働いているとでも?」

 私服姿の最高幹部が、疑うように横目を寄こせば、

「わからんがな」

 コーヒーを飲み干し、モニターを見つめる視線を険しく。

「試金石は用意した」

 市内唯一の秘密結社を活動停止させた。

 対抗すべき魔法少女組合も、休暇として活動を制限してある。

「なにか『目論見』があるなら、今日をおいて他にはない」

 桃子が、呆れたようにため息をこぼすと、

「勝負師というか、悪辣というか……」

「気付いたかね」

 相手に『目論見』があるとしたなら、こちらの『目論見』も生きてくる。

 何者かを誘いだすという一矢。その陰に潜む『隠し矢』が。

「付き合いも長くなってきましたからね。あくまで、個別に休暇の体を取っているあたりが重要なんでしょう?」

「最高幹部の君にすら、休暇としか伝えてはいないことも、な」

 に、と笑い、太い指を持ち上げる。

 示す先は、雑踏を映すモニターの一つで、

「かかった、かな?」

 湿気の酷い初夏には不釣り合いな豪奢なファーを纏う黒革ジャケットの青年が、人の波をすり抜けるように歩んでいた。

「……坂下君?」

 ルシファーを名乗る、言動に難のある青年。

 大瀑叉・龍号は、状況が前進したことを悟る。

「さて、打った布石が、金になるか石ころのままか」

 できれば石ころのままが望ましいですけどね、という幹部の固い声に、大いに同意をしながら。


      ※


「結局、綾冶さんもそのぬいぐるみにしたのね」

「はい。手の平サイズで、大きさも値段も手頃でしたから」

「私も、自分とダーリンのやつ買ったわ!」

 レジで会計を済ませた文に、それぞれ自分自身の姿をした、可愛らしいぬいぐるみを並んで見せてくる。

 県内県外を問わず、魔法少女たちを模ったチャーム型のぬいぐるみは全国的に人気の雑貨で、多くのお店で店頭をにぎわせていた。

 彼女たちの知名度と好感度の高さを教えてくれる、この上ないバロメータになっていて、

「県内で一番の売り上げは『ウェル・ラース』なのよね……」

「四十歳前後の男性が一番の客層らしいですよ……」

「ダーリンにはまだ早いよね? こないだの中継を見る限り……」

 本所市の『高齢化社会』という闇をも教えてくれていた。

 その次に人気なのは、当たり前のように『グローリー・トパーズ』で、フックを一列占拠するほど。更に次は、アイドル活動もしている『プリティ・チェイサー』になり、メンバー三人で一列だ。

 そこから地区外の有名人たちが、綺麗に三つずつの在庫が並ぶ。『サイネリア・ファニー』は一番端っこに、同じ数の三つがぶら下がっていた。

 文が手にしているのはその一つだから、今は残り二つ。

 すぐ隣のフックは空になっており、その空城の主は、

「さすがのダーリン人気ね!」

「ふふ、末恐ろしい人気だわ」

 ……多分、自分と一緒で不人気から入荷が少ないだけですよ?

 二つしか残っていなかったぬいぐるみを、少女たちがわけあったのだ。

「いいの、あやや?」

「はい。今日は、佐々木さんへのプレゼントを買いに来ただけですから」

 他の商品と同じく三つあれば良かったのだが、そうはならなかった。なれば、自分の分はなくても大丈夫。

 この手に、あの人を収められるなんて微塵も考えていなかったから。

 ……残念じゃない、といえばウソですけどね。

 他のお店にないか見てみよう、とこっそりスケジュールを決めたところで、

「あれ?」

 通りの向こうに、覚えのある姿を見咎めた。

 安物のスーツ姿に鋭い造形の男性は、

「え、ダーリンじゃない? ダーリンも、今日休みだったの?」

「あら。隣にいるのって……」

 右と左に、女性を連れていた。

 片側は、同じくスーツ姿で固く尖った印象を纏う。

 逆側は、とかく露出と『出っ張り』の多い、緩く軽い雰囲気。

「刑事の新指さんと……」

「ウチの美岳さんね」

 とにかく、風体が『強い』二人だ。見間違えるはずもなく、けれど、

「ちょっと、思ってもみなかった組み合わせですね」

 少女ら三人は、疑問符の並べて顔を見合わせるのだった。

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