5:あの人はいま隣にはいないのだから
灯が煌々と照らす夜の街を、サイネリア・ファニーは息をせききっていた。
『そんなに急ぐ必要もないと思いますが』
「で、でも、静ヶ原さん! 早く着かないと、何が起きるか……!」
彼女に単独の出動要請が入ったのは、八時を回った時点。
現相棒のウェル・ラースが、奥さんに関する重大な懸案を解決しなければならない、と携帯電話を握りしめながら早退していった矢先の『急報』である。
内容は、ジェントル・ササキによる『路上での違法な粉製品の販売代行』の阻止。
不穏な単語を繋ぎ合わせているが、
『書類に強い言葉を並べるのが目的で、実態はお好み焼きの実演販売でしょうから』
「それはまあ……『違法』の置く場所にあからさまな意図が見えますからね……」
それでも、焦らずにはいられないのだ。
久しぶりの単独出動であるし、何より相手が元相棒。
ここ数日、彼が警察の動きに神経を尖らせていたことはわかっているし、警戒している刑事の気性が相当に強硬であることも聞いている。
だから『何がおこるのか』わからなくて恐ろしいのだ。
焦る自分に、無線の抑揚のない声は宥めるように、
『今回の単独出動は、過去の『相棒不在のため止む無く』という状況とは違って、あなたの実績を鑑みた組合長が、問題なしと判断したものです』
告げられた言葉に、え、とアスファルトを蹴る足を弱め、
「それって、ササキさんの『イレギュラーバウンド』を収める実績じゃないですよね?」
本人は『ストレート』だと信じ切っている、アレらのビーンボールだ。
確認の問いは、しかし、
「え? 静ヶ原さん? どうして返事がないんですか? え? ちょっと、え?」
静寂によって迎え撃たれてしまって、釈然としない気持ちだけが残されてしまった。
※
恐ろしくデリケートな質問であったため、咄嗟に『無口クール』を発動させてしまった。
サイネリア・ファニーの言う部分ばかりではないが、言う部分も多々含んでいることは否定できないところである。
『あの、静ヶ原さん? 聞こえています? もしもし?』
そして、この窮地を乗り越えるのも『無口クール』の力が必要で、
「おっと、失礼しました。現場の説明でしたね」
『あ、いえ、実績の内訳を……』
「ですが、あなたも随分慣れましたね」
クールな話術で話題を変えることに成功。三秒ほど沈黙が返ったが、さっき自分も沈黙を返したからイーブンだ。
「当初は、どうなるものかと皆、心配していましたよ」
百人が見れば百人が察するほど、彼女の相棒に対する依存度は高いものだった。
当然のことである。
加齢による魔法の減衰まで見えはじめ、けれど『立派な魔法少女』という目指す高みに手を伸ばすことを諦めずにいた少女の、全てを叶え助けたのだから。
それも、手を繋ぎ、肩を並べ、足を揃えて、共に昇ったのだ。
行く先から手を伸ばすでも、後ろから押し進めるわけでもなく。
恋愛感情を抜きにしても、頼りにしてしまうのは当たり前である。
『確かに、最初は不安でした』
そうだろう。けれども、上手くやれているのは、
『ですけど、あの人は言ったんです。自分たちの居場所を守らなければ、って』
なるほど、やはり彼の言葉だったか。
『私は、たくさんの人の助けでようやく『立派』になれました』
伝えるべき感情を探るような、しかし凛とした声が、
『自分を『立派』としてくれる『居場所』を失いたくなんかないですし、こんな私を立派にしてくれた人たちの『居場所』を守りたいと、そう考えたんです』
強くなったサイネリア・ファニーの今を『元組合エース』に教えてくれた。
ジェントル・ササキが望むから、ではなく、彼の言葉を正しいと判断したから同調するのだと。
そのうえで、だから、
『寂しいのはありますけど、それ以上にありがたいと、そう思っています』
※
ありがたい、とそう思う。
あの人はおそらく、私のためだけに『居場所』を守ろうとしているわけじゃあない。
己を含めた、全員のために動いているのだ。
確信のような綺麗事が揺れる胸の中にあるから、
「だから、できる限り協力をしたいですよね」
自然と笑顔がこぼれてしまう。
けれど、事を求めるにあたって、障害が立ち塞がるのは当たり前で、
『そうは言いますが、ここ最近は良くないことが続きましたからね』
その通りだ。
テイルケイプの活動不全に、個人とはいえ警察の介入。
どれも組合に直接の悪影響が現れたわけではないが、ジェントル・ササキの出向から始まり、頭領を兼任する組合長の不在。秘密結社の活動が鈍る状況が進めば、本所支部の不要論にまで及ぶことだろう。
言いようのない不安は我が物顔で膨らみはするけれど、
『組合とテイルケイプを悪い方向へ導く力でも働いているようですね』
感情の乏しい声が名前を付けてくれて、それだ、とわずかだが心持ちが明瞭に。
「とにかく、頑張るしかありませんから! ササキさんもさっきメールで、警察の方は糸口が掴めたと言っていましたし!」
無理を込めるように弾む口調で頼もしい言伝を渡せば、通信機も肯定を返して、しかし、
『こちらにも来ましたよ。頭に『少しだけ』危険な手段になる、という文言を添えて』
告げられた事実に、サイネリア・ファニーの表情は低気圧の暴れる日本海のように、一瞬で乱れ崩れてしまった。
まさに、魔法少女が現場に急ぐ、最も大きな理由だ。
いつもの言動を鑑みたうえで『少しだけ危険な手段』が、いったい全体、どんなとち狂ったぶっ壊し系バイオレンスに至るものか。
魔法使いの『現実』に己の『危険予知』が追いついていないことは明白だし、また、そんな彼がついこないだまですぐ隣に存在していた事実に、震える。
「静ヶ原さん。一つ、謝らせてください」
『どうしました?』
「自分の視野に収まっていないあの人が、こんなにも恐ろしいとは思いもしませんでした」
『指令室と組合長の苦労がわかってもらえてなによりです』
理由は様々あるがとりあえずは『信頼はできるが抑えられない怖れ』を基礎として、ネオンの眩しい繁華街を目指し、アスファルトを蹴る爪先を早めることとなった。
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