5:相棒

「それじゃあ、プリティ・チェイサーの三人はテイルケイプに残っているんですね?」

 一昨年に改築したばかりの組合員待機所。

 まだ真新しい、広いとは言えないが十分な大きさの部屋で、作戦衣装に着替えたサイネリア・ファニーは頷きを見せていた。

 部屋の真ん中には簡素なテーブルが置かれており、口を切った紅茶のペットボトルが二つ並べられている。

 一つはこの時間に割り当てられた部屋の主の物。残るは、

「そう、あの子らは私『グローリー・トパーズ』のアンチユニットだからね」

 来客である本所市組合のエース、全国区クラスの実績を持つ十四歳の少女、湊・桐華のものだった。

「元の場所に戻るよりこっちで活動したほうが、利が大きいらしいわ」

 すでに帰宅準備を整えた制服姿であるが、作戦中と変わらず瞳に満ちる自信の光は、引っ込み思案な自分には刺さるように眩しいものだ。

 いま、幼いながら煌びやかな相貌に浮かぶのは、苦みと焦りを押し殺したような不敵な笑みで、

「夕方の作戦の時、MEGUが執拗に自慢してきてね。ジェントル・ササキがテイルケイプに来たって。初耳だったから驚いちゃって」

 聞いた話だと今日の戦績は敗北だったらしく、エースといえども動揺は大きかったのだろう。特に、彼女はジェントル・ササキに助けられたことから好意を寄せているらしく、

「困ったわ。このままじゃ、彼をお父様とお爺様に紹介するより先に、あの子に先を越されそうじゃない?」

「えっと……先っていうのは……」

「あの日に言っていた『大人のお城の乱』よ」

「湊さん、MEGUさんとササキさんから『知性と理性じゃないもの』が感染していませんか? 大丈夫ですか?」


      ※


「なによ、あなただって『ぐちゃぐちゃになりたい』とか口走っていたのに」

 頬を驚きに塗りかえて、エースがまばたきを重ねてくる。

「私相手への物言いといい……変わったわね、サイネリア・ファニー」

「す、すいません、気に障りました……?」

「なんでそこで、前みたいになるのよ。いい変化だって、褒めようとしたのに」

 四つ年下とはいえ、トップにそう言われると照れくさく、だけど嬉しいものだ。

 彼女のいう『あの日』、つまりジェントル・ササキを中心とした本所市組合とテイルケイプの合同作戦を成功裏に終わらせた、あの日。

 目指していた『立派な魔法少女』に、誰もが至れたと言ってくれたあの日。

 彼をこの手で救い出した『自負』と『安堵』を得た、あの日。

 確かな実績を得て『自信』を手に入れることのできた、あの日。

 そんな『あの日』があったから、自分は胸を張っていられるから、

「サイネリア・ファニー?」

「え? あ、はい?」

「あなた、採寸ミスったのか成長したのか知らないけど、衣装のサイズ小さいのだから、胸を張ると……ああ、対ジェントル・ササキ用ね?」

「ち、違います!」

 前屈みに戻ってしまった。

 こちらの様子が面白かったのか、雰囲気を和らげて、桐華が問う。

「けれど、実際あなた、彼と相対できるの?」

 それは、と言葉を詰まらせてしまう。

 組合とテイルケイプの事情、そして、自分たち自身の居場所の問題に派生していくことだから、状況に不満をこぼすことなどしたくないのだけれど。

 けれど刃を向ける先は、言ってしまえば『好きな人』だから。

 胸は震えてしまうのは仕方がないことなのだ。

 だから、可能なのかと問われたなら、

「できます」

 やるべきこと、己の仕事なのだから。

「不安はありますけど、それはササキさんも同じはずですから」

 テーブルに差し出した携帯電話のディスプレイに、昨晩に彼から送られてきたメールの文面を映しだし、

「えーと『ちゃんとヒール役ができるか不安だ』って……なにかこう、その、言葉を選ぶと『人間みたいな悩み』も持てるのね、あの人」

「どういう目で見ているんですか!」

 やはり『賢さの埒外』からなにか感染していませんか、湊さん?

 重篤な懸念に襲われたが、口にするより早く、

「盛り上がっているね」

 待機室のドアが開かれて新たな相棒が微笑むものだから、確認するタイミングを逸してしまって、パンデミックの疑いを残したままになってしまったのだった。


      ※


「やあ、桐華ちゃん」

 変わらない穏やかな目元でウェル・ラースが、見知った来客へ挨拶を渡してきた。

 受け取ったエースは、不遜とわかりながら椅子に腰を降ろしたままで応える。

「出張先でも、相変わらずの最強ぶりだったそうね、ラース」

「君には負けるさ、全国区に名を馳せる大エース様」

 己の力に、自負も矜持も握りしめている。

 だからこそ『最も強い』と呼ばれる彼への対抗心が煮えていて、さもすれば非礼にも映る態度を見せるのだが、

「ほら、飴をあげよう。レモンが好きだったよね」

「もう十四歳なの! 飴なんかで喜ばないわ!」

 七歳でデビューしたときからの顔見知りだから、完全に親戚のおじさんムーブをぶつけられてしまう。

 出会った時から、変わらない子供扱い。

 嫌で嫌で仕方なくて、反抗的な態度が多かったけれども、

「桐華ちゃん、今日は『相棒になりなさい!』とはこないんだね。ちょっと寂しいな」

 図抜けた能力は認めているし、コンビになれば全国区一位も間違いなく見えてくる。望むことも多かったから、

「やっぱりササキ君かな」

 だから『最強』への拘りが溶けたことで、敵愾心の沸騰も、それなりにそのあぶくを沈めることができていた。

 件の魔法使いの評価についてグローリー・トパーズとしては、能力も当然だが、幾度か現場を同じにした信頼が大きい。湊・桐華としては、まあ、はっきりとした言葉をつくる必要はないだろう。

 だから笑みをつくり、自分が認める彼の力を、まるで己をひけらかすかの如く、

「強いわよ、あの人は」

 警句に込める。

「発想、機転、工夫、そして覚悟が桁違いなんだから」


      ※


 ……べた褒めですけど、もしかしてササキさんの活動を見たことないんでしょうかね。

 落ちている固い物を拾って殴る蛮行を『発想、機転、工夫』と評価していいのは人類が二足歩行を始めた時代まででは、と思うところであり、

 ……そこに精神論が加わると、築かれた人類文明のだいたいを否定してはいませんか? 大丈夫ですか?


      ※


 柔らかく微笑んで、確かにと頷く壮年へ、

「ラース、あなたに対処できるかしら」

 不敵な笑みを崩さず、

「先の作戦で組合とテイルケイプは、あの人の警戒度を『誰かなんとしてくれねぇかな』にまで引き上げたのよ?」


      ※


 ……どうして、味方からの警戒度が上がることに疑問がないんですか、湊さん。そもそも『匙投げ』を警戒指数にするの、おかしくありません? あと、もしかして公式記録に残っているんですか、その『ハザードレベル表記』って。


      ※


 向き直った先のサイネリア・ファニーは、苦笑いというには苦みの強い表情をしていたから、

 ……緊張しているのね。

 むやみに不安を煽りすぎたかもしれない、と自省して、できる限り優しい声で、

「大丈夫よ、あなたなら。ジェントル・ササキの相棒でしょう?」

 ……どうして、顔に苦みが増すのかしら?

 部外者が考えるほど、信頼している相棒と対峙することは簡単なことではない、ということだろうか。

 そうなれば、作戦に赴く二人の時間は大切であろうから、

「それじゃあ頑張って。組合に残って、様子は見ていてあげるわ」

 立ち上がりざまに励ますよう肩を叩き、彼女の現相棒に肩をすくめて見せると、

「あなたも。新人に足元をすくわれないようにね」

「ご忠告、痛み入るよ。当然、慢心はしないさ」

 微笑みながらの固い声に、意外のあまり小首を傾げれば、

「組合長からも、助言をいただいていてね」

 曰く、

「基本戦術が『女子供関係なく容赦ない後背への接敵機動』で上振れが『企画物AVルール』そして『今は組合規約という鎖から解き放たれて』いる、と……油断なんか、僅かも許されないだろう?」

「まさに『発想、機転、工夫』が駆使された結果の、紛れもない脅威ね」

 それでこそ彼だと、満ち足りた強い笑みが浮かんでしまう。この胸の充足を、彼の相棒と分かち合っておこうかと振り返れば、

「あら、サイネリア・ファニー。どうして下を向いているのかしら?」

 デリケートな問題なのだろうと、十四歳なりの気遣いを発揮し、それ以上の追及は避けることにした。

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