勇者小隊9「ブレイブハート」

「れ、連合軍が……!」


 ファマック用にポーションを準備していたシャンティが悲鳴をあげる。


 既に、息も絶え絶えの勇者小隊の面々で目立った反応をするものはほとんどいない。

 シャンティは、それでも構わず独り言のように呟き続けた。


「神国の殉教大隊が……壊滅した?」


 彼女の視線の先で、砦に突入した神国の突撃兵らがまともに横合いから奇襲を受けて蹂躙されていく様だった。

 敵は陣地による攻撃など端から考えていない。

 

 防御施設はほとんどが偽装。

 あるいは古魔導コマンドゥ部隊の射撃陣地程度だ。


 それらは、初撃で勇者が破壊。

 機能を奪ったつもりでいたのだが……


「陣地内で機動戦か…覇王軍め、よほど勇者が怖いと見える」

 ゴドワンはシャンティに答えるでもなく、苦々しく独りごちる。


 最強の少女エリン───勇者は止められない。

 人類にとって厄災でしかない八家将ですら、エリンの前では敵とはならない。


 砦の防御など、塵芥ちりあくたの如しと──


 だからこそ、覇王軍はエリンと戦わない。

 徹底的に戦いを回避し、彼女のいない戦場を作為する。


 今、まさにその時…


「いよいよ、覚悟の決め時だな…」

 ゴドワンが重い呟くのをエルランがきつく睨み付け、

「何度も言わせんな! 俺達はここを保持だ!」


 壊滅した連合軍の部隊を見ていながら、どうしてそう結論付けることができるのかゴドワンにはわからない。


 わかっていることは、連合軍の戦い方は稚拙ちせつそのもの──


 商業連合ギルドの部隊が2つ、そして、たった今…神国の部隊が消滅した。

 二回も同じ手でやられているにも関わらず、だ。


 多分、何度も繰り返すのだろう。

 偵察騎のおおとりがやられた時点で、こうなるのは自明の理だった。


 覇王軍は徹底的に情報を遮断し、人類側が有効な手を考える前に、叩くだけ叩くはず。

 さすがに、立て続けに部隊が壊滅すれば、連合軍とて戦い方を変えるだろうが…


 それまでにいくつの部隊が壊滅することか…


 少なくとも、将校クラスが生き残って後方に情報を送れば状況は変わるのだろうが、それを阻害しているのが───



 ズガァン!


 ドゴォォン……!!



 ……それを不可能足らしめるのが、古魔導部隊の狙撃だ。


 今もまさにこの瞬間、生き残りの将校クラスの集団が粉微塵に吹き飛ばされた。

 下手人は、半壊したやぐらに潜んでいる狙撃魔法手チーム───古魔導部隊の手練れだろう。

 味方を盾に逃亡を図っていたようだが、古魔導部隊が見逃す筈もない。


 敵将ビランチゼット同様の狙撃魔法。

 恐らく、古魔導部隊を率いているのが、八家将のビランチゼットなのだろう。


 威力は段違いだが、古魔導部隊のそれは、ビランチゼットの魔法の縮小版そのもの。

 それを利用した遠距離狙撃──


 なるほど、かなり有効らしい…


 狙撃で敵の指揮官を刈りとり、動きを単調化させてからの伏撃。

 と、言うは易し… 

 少数精鋭で敵近傍に潜伏して、冷静に魔法を発動。

 連合軍の妨害付きだ。

 そんなことは、

 普通の魔術師ならまず無理。

 訓練された魔術師でもほぼ不可能。


 魔術師系の天職はどうしても体力的に近接職に劣る。それが常識だ。

 その魔術師の短所を補うために、パーティを組んだり、軍の編成があるのだが……

 まさか、魔術師そのものを鍛え上げるとは──


 古魔導コマンドゥ部隊は魔術師としてはもとより、近接職としても、人類側の精鋭と遜色ない腕前だという。


 そして、勇者小隊の前に立ちはだかるのはビランチゼット。

 連合軍部隊と同様に、狙撃と包囲だ。

 しかし、相手はただの精鋭部隊ではない。

 生きる厄災───八家将。


 連合軍の状況と似ているようで、さらに絶望的。

 ビランチゼットの狙撃が勇者小隊を足止めし、現状釘付け状態だ。


 それにしても、単騎のビランチゼットを見落とすならまだしも……

 これ程の大部隊を今まで発見できなかったとは──


 ましてや、事前情報収集を怠ったツケがここに現れるとは誰が気付こうか?


 エリンは、脇目も振らず敵を追って奥地まで──


 途中で敵部隊の存在に気付いたとて、あの田舎娘に状況判断は無理だ。

 愚直に、八家将の旗を追ってどこまでも行くに違いない。


 それを補佐する勇者小隊がこのザマだ……


 覇王軍は砦の復旧中?

 八家将が砦の施設に、堂々と旗を立てて滞在中?

 軍港を勇者に叩かれて混乱中?


 

 誰が言い出した?

 覇王軍は手ぐすね引いて待ち構えていたじゃないか!?



 斥候が遠目に確認できたのは、応急措置が目立つ砦。

 そして、数々の防御施設。


 確かに、斥候情報スカウトレポートには兵の姿を見たものはいなかった……

 いなかったのだが。


 まさか、地面に隠れる?

 シナイ島の北部、大湿地帯に?


 古今東西、戦史を振り替えれば伏兵を穴に潜ませるなど、よくある手段ではあったが……


 湿地帯ゆえ、まさか穴を掘って潜んでいるとは…


 実際、掘られた溝には地下水があふれ出ている。パッと見ただけでも水浸みずびたしだ。

 こんな場所に大兵力を潜ませていたということ……それ事態が既に非常識。


 常識では考えられない。


 這い上がってきた覇王軍の兵士は、皆一様に泥まみれ。

 一部は体調すら崩していたのかもしれないが、その意気は未だ軒昂けんこう

 水浸しの鬱憤うっぷんを晴らすかのように、連合軍と勇者小隊を攻撃せしめた。


 今ならわかる。


 覇王軍が砦の内部を、ひた隠しにしたかったのは…この隠れ場所を気取られないようにするためだったと、…本当に今更ながら気づく。

 決してビランチゼットの居場所を秘匿するものではなかったのだ。


 むしろ、その態度を明け透けに見せて、連合軍の目をあざむいたともいえる。


 今はまだ、覇王軍も部隊の集結中だ。


 さすがに、大兵力を一カ所に集中して潜伏させることもできなかったため、いくつかに分散しているらしい。

 それでも、連合軍の先鋒せんぽうを一撃で刈り取る程度の兵は近傍きんぼうに潜んでいた。


 この分だと、さらに大兵力が後方に待機しているだろう。


 勇者と分断された勇者小隊と、その衝撃力を失った連合軍に勝ち目はない。

 だから、ゴドワンには分かった。


「連合軍も…勇者もここには来ん!」


 珍しく力強く言い切ったゴドワンに、エルランが一瞬呆気に取られて…すぐに激高する。


「ゴドワぁぁン! てめぇぇ! 俺の指揮に文句があるのか!?」

「今は現状打破が肝要! そしりはあとで受けよう」


 グワバと大きな手を広げて、エルランを押しとどめるように彼の口を差し止める。


「んな!? ふざけるな!」


 チャキリと刀を構えると、今にもゴドワンに切りかからんばかり───

 

 この男は本当に…


「ゴドワン…策は?」


 クリスはエルランとゴドワンの動向に注視し、言葉を投げかける。もちろん視線は覇王軍をから離さない。


「なに…特攻あるのみだ。クリス…協力してくれるな?」

 ガシっと肩を掴まれたクリスが、驚いてゴドワンを見る。


 ゴドワンという男は任務に忠実で、一応エルランの補佐のような立ち位置にいる。

 戦闘詳報しょうほうなんかを作る時はエルランと主に作成し、その足りない部分を彼が補足資料として添付したりと、陰に日向ひなたにと協力しているのだ。


 これでいてエルランに次ぐ古参なのだから、その役目も仕方ないといえるのだが…


 それだけにクリスのゴドワンに対する評価は、

 日和見主義、

 任務忠実、

 無口な朴念仁───といったものだった。


 こうして自己主張するのは、本当に珍しいのだ。


「それは…願ってもないことだが…」

 思わずクリスも肩の力を抜き、ボケらっとしてゴドワンをマジマジとみる。


 すぅ…と、ゴドワンは一息、


「我らでビランチゼットを…討つ」

 と、まぁ……トンデモナイことを言い放った。


 ……


 …


「「「な!?」」」


 驚いたのは、近接職の3人。

 エルラン、クリス、ミーナだ。





 北部回廊の戦いは、まだ始まったばかり───





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る