第69話「英雄の条件」

 パンツよこせぇぇ!


 …パンツよこせぇぇ…──


 ……パンツよこせ………───


 ………パンツぅぅぅ…………───





 悲痛なオッサンの声がポート・ナナンに響いたとさ。

 




 ポイっと、頭にパンツとズボンを投げられる。

 見ればバズゥの部屋着である甚平じんべいと、その下着だ。


「あ、すまん」

 イソイソときつつ礼を言う。


「さすがに、それじゃ会話できないからね」

 呆れた顔で、ヘレナが甚平じんべいの上着も渡してくれた。


 彼女が、居間の粗末なタンスから部屋着を引っ張り出してくれたようだ。


 軟らかい素材の部屋着は肌に優しい。

 まぁ、それ故に股間にはしっかりとテントができ、現在も息子は野営中であるわけだが…


「で…どういう状況なんだ?」


 布団をかぶって丸くなっているキナを、ポンポンと撫でながら──股間丸出しなどなかったかのように、キリっとした顔で聞くバズゥ。


「その前にコレ」


 ポイっと投げ渡されたのはポーションだ。

 そこそこに値が張る奴で、軍用ほどではないが…かなりの効果が見込める高級品。

「金は…」

「サービスよ」

 ピシャリと言い切るヘレナに、何も言えず仕方なく口を付ける。


 のどがカラカラだったこともあり、まるで美酒のごとき飲み干してしまう。

 直後に体の芯がじんわりと温まり、傷が回復していく。


「大分効いてきたみたいね」

 バズゥの額に巻かれていた包帯を解きながらヘレナが沈痛な面持ちで言う。

「効いてきた?」


 ……



「貴方…死にかけだったのよ」


 は?


 チラっと視線を向けるヘレナのそれを追うと…

 真っ赤に汚れた包帯にガーゼの山がある。


 それは、乾いていたり新鮮だったりで、生々しくも…見るものの顔を青ざめさせる代物しろものだった。

 一目見て、何人分の包帯だろうか…と。


 ……


 …


 え…?


 …いや、まさかな。

 

 ……


 ……全部俺の血か!?


「まさか…」

「えぇ、貴方の治療あとよ」


 …絶句ぜっくしたというのだろうか。

 シナイ島の野戦病院で嫌というほど見た光景だ。


 軍用ポーションで間に合わないほどの傷を負った者や、四肢ししが千切れた者。

 回復遅延の毒や、出血性の呪いを受けたものが…苦しみながらも体中から絞り出した血──それが、ちょうどあんな風に山を作っていた。

 

 その光景の一部とはいえ、平和な王国…その後方地域ポート・ナナンで見られるとは…


「何があった? いや、そもそもなんでアンタがここに?」


 んー…

 と、悩まし気にうなるヘレナ。


「バズゥ…大丈夫?」

 布団からヒョコっと顔を出したキナに柔らかく微笑みかける。

「あぁ、なんともない。傷も回復してきたようだ」

 コトっと、空になったポーションを寝床の傍らに置く。


 よく見れば、空になったそれ・・が山ほどある。

 そして、枕や寝床の一部は、こぼれたポーションで汚れ切っていた。


 寝床を汚していたのは極一部で、そのほとんどは拭きとられていたようだが…雑巾はポーションの液で汚れて尚、桶にはそのしぼり汁があふれている。


 よほど無駄な量のポーションがこぼれたらしい。


 どうにも、誰かが無理矢理バズゥにポーションを飲ませようとした痕跡で──

 これはその奮闘の痕…と。


 意識のないものにポーションを飲ませるのは、随分と骨だろうに。


「フォート・ラグダ災害……」


 ボンヤリとポーションの空瓶を眺めていたバズゥに、同じくボンヤリとした目でヘレナが答える。


 ん?

 初めて聞くな。


「なんの話だ? 歴史か何かか?」


 ヘレナは空になったポーションの器を、形の良い指ではじく。

 キィンと澄んだ音。


「歴史…そうね。歴史に残る事件に違いないわね」

 フと、少し寂しそうに笑う。

「キングベアが約50頭…城塞都市を襲ったなんて話は、世界中探してもここだけ…」


 あぁ、今あの襲撃はそう呼ばれているのか。


「そして、それを見事回避した私は英雄・・で……そして、市民を見殺しにした冷血漢れいけつかんとして、ここにいます~…とさ」


 あ?


「何の話だ?」

 全然話の流れが分からん…


 どこか投げりな様子のヘレナ。

 ヘレナの所在と何の関係がある?


「じゅ、順を追って話をしますっス!」


 横から割って入ったのはカメ。

 ドカッと土間に腰かけると、バズゥをまっすぐに見つめる。


「まず…バズゥさん。お疲れ様です!」

 ん?

「お、おう…?」


 グっとこぶしを握り締めたカメが語った内容…──


 まぁ、りがちで…実にくだらない内容だった。


 城塞都市を突如襲った大暴走スタンピ-ドは、規模を増していき…生物災害バイオハザードへとなった。

 当初、街の防衛を指揮していたのは市の衛兵隊長だが、防戦中に恐慌に陥った市の内部から正門を閉ざされ、孤立。


 え無く戦死……行方不明。


 急遽きゅうきょ指揮をったヘレナによってからくも撃退に成功するが…


「ふむ…アンタが指揮していたのか…」

 ジッと、ポーションの空瓶をいじっているヘレナをみつめる。

 とくに、苛立ちも感激も見えないその表情からは、彼女のその心中はうかがい知れない。


 まぁいい。


 で?


「その…撃退した指揮の功績は認められたらしいっスけど…」


 その話の続きはこうだ。


 ヘレナの奮闘により、ギリギリ防衛に成功。

 しかし、その間に行われた不法行為も───また、看過かんかできない規模であったという。


 正門の無断閉鎖、

 市民の強制徴用、

 王国軍に対する越権行為、

 市内からの物資強奪、

 城壁、正門の破壊、


 etc…


 ちょっとばかし、お目こぼしできない規模であったそうだ。

 しかし、ヘレナの指揮によりからくも窮地きゅうちを脱したのも確か。


 だが、不法行為は不法行為。

 御咎おとがめなしにするには、少々規模が大きすぎる…


 何らかの形で責任を取る必要があったのだが───


 彼女やったことは緊急避難以外の何物でもなく、やむを得ない事情があったのも事実。

 また、多数の市民が彼女を擁護ようごした。

 王国軍の兵士でさえ、だ。


 むしろ、

 逃亡した(本人は任務だと言い張っている)駐屯部隊の中隊長の責任問題と、

 市議会の機能不全が取りだたされる始末となり、


 結局…

 ───ヘレナの不法行為のほとんどは、一時的な措置そち……緊急避難ということで不問とされた。


 しかし、

 唯一看過できない内容が一つ。


 問題は正門の無断閉鎖である。

 こればかりは、タイミングの問題であり、一概いちがいにヘレナが良いとも悪いとも言えない。

 

 言えないのだが…市民を締め出したことにより───多数の民間人と衛兵、そして外回りの商人らが命を落としたのは事実。


 遺族からは責任を問われれば…、

 その責任は、「閉鎖の判断をした者」に集約してしまう。

 

 そのため、どうしてもヘレナを手放しにめることもできないという事情があるとのことだ。

 ゆえに、一時的にでも市内からヘレナを遠ざける処置。

 いわゆる、ほとぼり冷ましなわけだが…


 英雄としてよりも、親族を見殺しにされた恨みの方が怖いものだ


 かくしてヘレナはポート・ナナンへ。

 表向きは傘下ギルドの経営指導ということになっている。そのために、ここ冒険者ギルド『キナの店』にいる──ということらしい。


「へー…大変だったんだな、アンタも」


 バズゥからすればそれほど興味の沸く話ではない。

 それより、バズゥの現状と今の話は全く一致していない。

 本題を外した話に少々いら立ちが募る。

 

「ごめんなさい」

 ポツリと零したヘレナは、小さな小箱を渡す。

 

 なんだ?


 渡された以上中身を確認するわけだが…

 パコっと開けた中身は黄金と小さな宝石で装飾されたブローチのようなもの。


「なんだこりゃ?」


 手に取り確認すると、見た目より重くしっかりとした造りだ。


「フォート・ラグダ双剣章…」 


 ん?

 なんだそりゃ?


 ……


「ま、マジすか!?」

 驚いていたのは、クドクド語っていたカメ。

 ジーマも口を開けて驚いている。


「なんなんだ?」

 バズゥにはさっぱりわからない。


 対照的に、冒険者二人は腰を抜かさんばかり。

 パクパクと口を開閉しつつも、カメが声を絞り出す…


「フォート・ラグダの最も名誉ある勲章ですよ!」


 あー…確かに勲章だわ、これ。


 はー……これがね。


「し、しかも…金剛石付きじゃないの!?」

 ジーマは涎を垂らさんばかりに勲章を食い入るように見ている。

 なんでも、双剣章自体が最高の名誉勲章らしいが、…それにさらに上乗せしたのが、金剛石付きだという。

 

 へー…価値は、すっごいとか?


 バズゥも戦場帰りだ。

 勲章の一つや二つ見たことはある。

 というか、エリンは勲章持ちだったりするわけで……


 滅多に着ることはないが、勇者軍の野戦服ではない、礼式用の制服には勲章がズラリとならんでいる。

 そりゃもう、勲章の重みで服が傷むくらいに───


 バズゥさんは持ってるのかって?

 

 ……


 そんなもの貰ったことないですぅー。

 

 どーせエリンの据え物ですぅ。

 猟師ですぅ。

 雑魚で~~す。


 け…勲章なんていらないもん…

 ふん…

 

 エリンが回復させてくれるものだから、負傷者が野戦病院に収容されたときに貰えるという戦傷章さえない。


 いいもん、バズゥさん大人だもん。


 ……

 

 …


 で…?

 その双剣章とやらがどうした?


「あげるわ…」

 どうでもいい、とばかりにヘレナは勲章をバズゥにゆずるという。


「はぁ?」

 これはー…、俺が受勲されたってことか?


「今回の災害を…被害最小限にとどめた英雄ってことで、市議会がくれたの───私に・・、ね…即日即決で」


 普通勲章の授受なんてものはそれなりに時間がかかる。


 手柄を御上おかみに報告し、その他の情報と突き合わせて…かつ、過去の功績や普段の勤務態度、…そして悪さをしていないかを綿密に調査して──ようやく受勲が決まるものだ。

 まぁ、王様やらがトップダウンで決めることもある。

 そういう時の受勲はとても速いのだが…一兵士や、指揮官が通常──受勲を受けるとしたらそれなりに時間がかかる。


 そういうものだ。


「いや…お前さんが貰った勲章を俺にくれてもね…どういう風の吹きまわしだ」


 ……


 …


 ヘレナは言う。


 私じゃない……───








「───アナタが本物の英雄だからよ」







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