第6話




 ステラがぱちりと瞳を瞬かせる。嫌味にそんな風に返されて驚いたのだろう。目が「今ので?」と言っているようで、レイチェルは途端に居心地が悪くなった。


「勘違いしないで。あなたの言いなりになるつもりはないわ」


 そっぽを向くと、彼女はまるでそんなの聞こえていないかのように、レイチェルの腕にくっついて笑う。


「なんでー? お友達になろうよ」


「冗談言わないで」


 彼女を無理やり引き剥がすと、レイチェルは近くの岩に腰かけた。

 手招きすると、ステラはぱっと笑って横に座ってくる。

 やりにくい。後ろ頭をかくと、嬉しそうな彼女に疑問をぶつけた。


「まずは聞かせてちょうだい。なんでわたくしに取り入ろうと思ったの? もしわたくしが貴女の立場だったら、顔も見たくないもの。不思議だわ」


 それはもう本当に、派手に散々にいじめてやったのだ。適当なご令嬢と一緒に悪口陰口は当たり前で、持ち物を隠したり壊したり、時には暴力を振るうこともあったし、最後の方なんか、一緒だった令嬢逹も完全に引いて周りからいなくなるくらいだった。

 だから今、こうして隣で笑っている訳が分からないし怖い。どこか大事なものが壊れているのだろうか。壊したのは、レイチェルなのだろうか。


「だから悪役なんですよ」


「やめてもらえるかしら」


 わざと目を細めて苛立ちを向けると、ステラはくすくす笑って顔をのぞき込んでくる。


「それはですね。あなたが魔女だからです」


 やはり知っているらしい。ほとんどトラウマになっている呼び名に鼻を歪めると、レイチェルは顔を背けた。


「……それもやめて。そう呼ばれるの、だいっきらいなの」


「そうですか? 素敵じゃないですか、魔女。古来は“頭の良い女性”の呼び名だったそうですよ」


 本来の意味はそうかもしれないが、今は黒魔術を扱う罪人のことを指しているし、レイチェルに向けられたのは完全にそういう蔑称だ。


「ああ。それとも、聖女が良かったんですか?」


 むっつりと黙っていると、ステラはにやりと笑って、さらに追い打ちをかけてきた。胃がもたれるような感覚に、レイチェルは腹を押さえる。


 聖女になりたいと、思ったことはない。ただ、どうして同じような能力を持ちながら、レイチェルは必要とされなかったのか、不思議だっただけだ。


「……続きを話しなさい」


 さっき負けたからか、戦意は削がれていた。静かに続きを促すと、ステラは「簡単ですよ」と笑って、レイチェルの胸をトンと叩く。


「魔女と呼ばれるほどのその魔力で、私を救ってほしいんです」


 ぐっと顔が近付いてきて、肩が揺れる。驚いて仰け反るが、ステラは気にせずに続けた。


「ドラゴンが来るって話はしましたよね?」


「聞いたわ」


 確か、国を破壊するということだった。実際に見たわけじゃないので分からないが、地下の惨状を思い出す限りだと、国が沈むくらいのことにはなるかもしれない。


「炎を吐くドラゴンで、歩きながら建物を燃やすんですよ。三日三晩暴れて、他の国にも行く勢いでした」


 思わず眉を寄せる。

 一軒火事になっただけでも大変なのに、こんな街中であちこちに火をつけられたら堪ったものじゃない。森よりはマシかもしれないが、建物が密集しているから、火の回りも早いだろう。そもそも、ドラゴンが歩くだけで建物も人も潰れてしまう。壊れた建物がまた人を潰すだろうし、目も当てられない惨事だ。


「それで」


 そこで彼女の語りが途切れた。おやと顔を向けてみると、ステラは俯き、指先をぐるぐると回している。

 髪に隠れてしまい、顔は見えなかったが、レイチェルには彼女が怯えているように見えた。


「……それで?」


 でも、慰めようとは思わない。話が長くなるし、第一そんな関係じゃないから。だからさっさと話せと催促すれば、ステラは眉を顰め、投げやりに言った。


 ドラゴンを鎮める為、人身御供でドラゴンに差し出されるのだと。


「あら」


 人身御供でドラゴンに。なるほど、それは天敵の手も借りたくなるだろう。やはり、ループ内でとても辛い目に遭っていたらしい。だが、思ったより同情する気にはならなかった。

 だって、みんなが生きる為に生贄にされる。それって、聖女と呼ばれているステラには、ぴったりの役どころではないか。


「あらあらあらあら。それは怖いわねぇ。お可哀想に」


 上がっていく口角を隠そうともせず、笑顔で肩を叩いてやる。そんなレイチェルを、ステラはジト目で睨んだ。


「嬉しそうですね」


「嬉しいわ」


 他人の不幸は蜜の味。それがステラの不幸なら、レイチェルには何倍も甘く感じられる。

 目の前で死なれるのは嫌だ。実際に死なれるのも、まあ夢見は悪い。だが、今ステラは生きている。

 だから、ステラが「死にたくない」と言っているのをいじめるのは、とても面白かった。


「それで? うふふ。あなたは死んでしまうのね?」


「ええ。まあ、死にますね」


「うふふふふふ」


 にまにまするレイチェルに呆れたような顔をすると、ステラは思い切りため息を吐いた。


「言っておきますけど」


 そう前置きすると、レイチェルを睨めつける。


「あなたが身代わりになることもありますからね」


「あっそ」


 そっぽを向くと、髪を指先に絡めて遊び出す。完全に興が冷めた。


 そもそも、どうして生け贄を捧げなければならないのだろう。ドラゴンがそう言ったのか?


「おおい。飽きないでもらえます?」


「わたくし、戦った方が早いと思うけど」


 ステラの言う通り飽きた。そもそも、レイチェルの疑問はとうに解消されている。


「いや、さすがにドラゴンと戦っても勝てませんよ」


「…………」


 レイチェルの手が止まる。腕の筋肉が引き攣って、なんだか重たく感じた。黙ってステラに目を向ける。


「魔力の多い人間を差し出せば、ドラゴンの怒りは治まるのではないかということでして。私やレイチェルさまは、縛られて、無理矢理ドラゴンのいる谷へと突き落とされます」


 ステラの唇が震える。彼女の感情が高ぶっていくのを、レイチェルは冷めた気分で見つめていた。


「結論から先に言いなさい」


 辛い事情があるのはもう分かった。これ以上嫌いな人物の悲劇を見せられても、面白くなるだけだ。

 だからため息交じりに言ってやると、ステラに腕を掴まれる。力の強さに顔を顰めると、ステラが顔を上げて、目が合った。


「私を助けて」


 金色の瞳が瞬いて、透明なものが溢れ出る。それは頬を伝って、レイチェルの腕に落ちた。

 よりによって泣き落としか。男には効果的かもしれないが、レイチェルには逆効果だ。片眉を上げると、それでもレイチェルは、彼女の言葉を待ってやった。


「あなたが代わりに差し出された時、ドラゴンは満足せずにまだ暴れていた。きっとあの時、あなたはどうにかして助かっていたんだと思うの」


「…………」


 それはそうかもしれない。牢に繋がれてなければ、レイチェルは逃げようと思うだろう。生きようと思うだろう。

 コーディは……着いて来てくれるか分からないが、彼や母を連れてどこかの国に渡ると確信が持てる。


 卑怯だなんだと言われようが、レイチェルには、大切で、守らないといけないものがある。おちおち死んでなんていられない。

 だから絶対、死んでも諦めてやらないのだ。


「もちろん、タダとは言わない。私が知ってる魔術も教えるし、研究者になれるように口添えしてもいい」


「…………」


「お願い。私は同じ時をループするのも、人身御供だなんて怖いことをするのだって、もうたくさんなの!」


 掴まれている腕から、彼女の震えが伝わってくる。


(お綺麗なものね……)


 手を伸ばして頬の涙を拭ってやると、レイチェルは彼女の顔をぼんやりと見つめる。


 言っていることも、顔も、涙も、全部全部、とても綺麗だ。



「……分かったわ」


 彼女と話していると肩が凝る。詰まった息を吐き出すと、レイチェルはそっと口角を上げた。


「貴女はやっぱり、わたくしと正反対みたいね」


 レイチェルが目を細めると、ステラは目を開いて動きを止める。


「久しぶりに楽しかったから、特別に貴女が生き残れない理由を教えてあげる」


 人差し指を彼女の胸に突き立てる。魔力を込めると、バチッと音がして、ステラは短い悲鳴をあげた。

 胸を押さえて、呆然としているステラに、クスクスとわざと声を出して嘲ってやる。ただの静電気に、ずいぶんと驚いているようだ。


「それはね。弱いからよ」


 そのまま手でバーンと銃を撃つような構えを見せれば、ステラはまるで化け物を見るような顔をした。


「逃げる意思がない。戦う意思がない。生きる意思がない。そんな貴女がループから抜け出せるはずがないでしょ。貴女、この百回のループで何をしてきたの? ただ時間を無意味に消費してただけ?」


 そんなタマじゃない。ステラ・ケミストという女は、そんなか弱い女じゃないはずだ。


 レイチェルの目の前で自殺した女はどこにいった。レイチェルに恐怖を抱かせた女はどこへいった。

 この後に及んでレイチェルと友達ごっこが出来ると思ったのなら、ちゃんちゃらおかしい。レイチェルとステラは、そんな関係ではない。


「わたくしは優しいから、今回はいじめるのは止めといてあげる。その代わり勝負しましょ?」


 楽しそうに笑ったレイチェルにゆっくりまばたきをすると、ステラは、好戦的な笑みを浮かべた。



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神様曰く、運命なので 七篠空木 @774noutugi

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