第5話




「ドラゴン?」


 ステラの話に思い切り顔を顰める。

 まあ、この国が滅びるというのは知っていたし、助けてくれと言われるだろうと思ってはいたが、相手がドラゴンだというのは想定外だ。


 ドラゴンは想像上の生き物だと言われているのだが、それは知っているのだろうか?


「あほらしい。冗談も休み休み言いなさい」


「本当なんです」


 まともに取り合おうとしないレイチェルに、ステラは顎を震わせる。少し俯いたが、顔を上げて、レイチェルを真っ直ぐに見つめた。

 彼女の悲痛な表情を正面から見てしまい、一瞬息が止まる。


「だから、地下牢では地震が起こったようになっていたはずです」


 ああ、そういえば、あの日の地下牢はずっと揺れていた。誰かが叫んでいるような、耳を劈く爆音は、ドラゴンの咆哮だと思えば納得いく。


 ドラゴンだなんて馬鹿げた空想だ。しかし、そう言われると、それが正しいと思ってしまう。


「これから一年後の今日、十月一日。ドラゴンが来て、国が破壊される」


 正確な日付は知らなかったが、時期も一緒で辻褄も合う。困った。ステラの言うことを信じたくないのに、レイチェルはもう信じてしまっていた。


「信じてくれないの?」


 何も言わないレイチェルに、ステラは泣きそうに顔を歪める。


(またこの顔……)


 彼女のこの顔を見ていると、まるでこちらが加害者だと責められているような感覚になる。

 違うはずだ。少なくとも今は、レイチェルはお願いされているだけであって、責められるわけではない。

 ぎゅっと心臓を掴まれるような痛みに、レイチェルは胸を押さえると、口角を無理やり引き上げた。


「……どうしてわたくしが貴女の言うことを信じなくちゃいけないのかしら?」


 腕を組むと、顎を突き出し、挑発をする。


 そうだ。レイチェルが従ってやる義理はないはずだし、せっかくあちらが下手に出ているのだから、楽しんだ方が良い。

 ステラで日頃の鬱憤を晴らしてやるのだ。


(まずは、地面に這いつくばらせて……いや、それはもう飽きたわね)


 どうしよう。どうしていたぶってやろう。

 あれこれ悩むレイチェルに、ステラは鼻から息を吐くと、泣きそうな顔を止めた。

 代わりに目を細めると、なんだか同情するような、可哀想なものでも見るかのような顔をする。


「このままだと、あなたは私と同じように、ずっと時を彷徨い続けることになるわ」


「……は?」


 思わず、口を開けて固まった。


 この女は、今何と言ったのだろう?


(時を彷徨い続ける……?)


 いや、それよりも。


(……『私と同じように』……?)


 レイチェルが言葉の意味を考えていると、その間に、ステラは早口に攻撃をしかけてくる。


「コーディさまを私に取られて、それが許せないから嫌がらせをして、婚約破棄の末に地下牢で死ぬ。それがあなたの運命なの。現に一度そうなったんでしょう」


「…………」


 片眉を上げる。ステラはレイチェルの表情が変わったのを見ると、彼女の鼻先に指先を突きつけた。


「何回話をしようとしても、あなたは私とまともに取り合おうとしなかった。だからああするしか無かったの」


 そのままガンを飛ばされて、レイチェルは眉を寄せる。

 彼女がなんでこんなに一生懸命なのか、理由が分かった。


「……何回やっているの?」


 レイチェルの質問に、ステラは肩を揺らした。大きな目を見開いて、レイチェルを凝視する。


 時を遡ることが可能なら、遡った後に国外にでも逃げたら良いし、わざわざこうして、いじめられていた女に頭を下げてまで国を救おうとするのが分からない。いや、分からなかった。


 彼女はおそらく、逃げられないのだ。


「……分からないわ」


 レイチェルの予想は当たっていた。

 ぎゅっと拳を握ると、ステラは小さく首を振る。


「もう数えるのも面倒になったから。でもたぶん、百回は繰り返してる」


「ふうん……」


 聞いておいてなんだが、現実離れしていて、適当な相づちになった。


 だが、百回も繰り返せば、さぞかし辛い体験をしてきたのだろう。レイチェルなんて、一度でもうんざりしているのに。そう考えると溜飲が下がる。


 被害者ぶってるわりに上手いこと回していると思えたのも、何度もやっていたなら納得だ。レイチェルのやっていることは無意味で、端から相手にされていなかった。


「貴女がイカレてると思ってた理由が分かったわ」


 それが腹立たしくて、でもなり振り構っていられないところを見ると、目の前の女が少しだけ哀れにもなった。


 レイチェルの言葉にむっとした表情を浮かべると、ステラは髪を手で靡かせる。


「そりゃあ、私だって、一番初めは素直で天使みたいな思考回路をしていたのよ」


 アホらしい。


「ご自分でおっしゃるの?」


 わざとらしい態度を鼻で笑ってやれば、ステラは下唇を突き出す。


「今さらあなたに向かって謙遜しても仕方ないでしょう?」


「そうね。今謙遜したらたぶんわたくし、貴女のことますます嫌いになるわ」


 傷つけてやろうと思って、嫌いだと言い放つと、ステラは瞳を瞬かせて、意外そうな顔をした。


「まだ嫌いになる余地があるのね。もう地の底まで嫌われたかと思っていたわ」


「ッ」


 言葉の応酬に詰まった。ステラの唇が弧を描くような錯覚に、しまったと目線をずらす。

 口喧嘩は、少しでも怯んだらおしまいなのだ。そもそも勝てる見込みは薄かったが、怯んでしまったレイチェルの負けだった。


「困ったわ。どん底まで落ちたら、もう好きになってもらうだけだと思ったんだけどなぁ」


 ふう、と心底困ったような顔をすると、ステラは金色の瞳をレイチェルに向けた。汚れを知らなそうな、綺麗な瞳がレイチェルを見つめて、思わずたじろぐ。ステラはそのまま傍に寄ってくると、しな垂れかかってきた。


「私、あなたに好きになってもらいたいの」


 き も ち わ る い。


 ぞわりと全身の毛が逆立つような感覚に飛び退く。ステラはまるで鬼の首でも取ったかのように、楽しそうだった。


「あなたを手に入れたいの。だから芝居をした。一年間もかけてね。あなたの茶番に付き合ったのもこのためよ」


「…………」


 もう気持ち悪い。なにもかも気持ち悪い。なにより、少しでも嬉しいと思ってしまっている自分が一番。


「分かった」


 胃が張り詰めるような緊張感に、レイチェルは息を吐く。


 気持ち悪い。だけど、この女が自害をするまで見ていた笑顔よりも、こちらの顔の方が信用に値すると思った。


「信じるわ。貴女の話」



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