第4話




 そうして貴族のご令嬢達による突然の追いかけっこが始まったのだが、ステラに逃げる気がなかったのか、あまり手こずることなく捕まえることが出来た。


 追いついて肩を掴むと、その瞬間、彼女は転移魔法であの森まで飛んできた。ここにいると嫌でもあの時のことを思い出して、額に嫌な汗が滲む。


 怯えを悟られないように、首を振ってあの光景を追い出す。ステラは長い息を吐いて振り返った。


「もー。なんですか。見た途端に追いかけてくるなんて、レイチェルさまは情熱的ですね」


 レイチェルと名前を呼んだ。これは、彼女も覚えているので決まりだろう。だってステラとは、学園の授業が始まってから知り合ったのだ。


 あの時と同じ状況に、ステラの行動を警戒する。スカートを触った途端に拘束してやろう。そう決めて、レイチェルは鋭い目を向けた。


「とぼけないで。これはどういうことなの?」


「まあまあ」


 レイチェルの剣幕に、ステラは困ったように笑う。


「落ち着いてください、レイチェルさま。結論を急ぐのはあなたの悪い癖ですよ」


「これが落ち着いていられるもんですか!」


 あんなことがあって、彼女はどうして普通にしていられるのだろう。笑えるのだろう。何度も感じた得体の知れない気持ち悪さに、咄嗟に口元を押さえる。


 これが夢なのか現実なのかはおろか、自分が今、生きているのか死んでいるのかが分からない。

 立っている地面がぐにゃりと歪むような錯覚がして、レイチェルは顔を顰めた。


「貴女、わたくしの目の前で」


「ええ。自害しました」


「ッ」


 返答に息が詰まる。気味悪さがこびり付いて、それを振り払うように首を振り、ステラに問いた。


「……どういうことなのかしら?」


「時間が巻き戻ったのよ」


「……はあ?」


 簡潔な答えに、レイチェルは思い切り顔を顰めてやった。

 何を言っているんだと、そういう顔を向けてやれば、ステラは怯むことなく、レイチェルの鼻先に指を突きつける。


「あなたも薄々分かっているはずです。入学式なんて何度もやるわけないでしょう? 目を逸らすのは、良くないですよ」


 子供に話しかけるような優しい口調に狼狽えると、ステラは頬をつねってきた。


「……なにをするの?」


「痛いと夢じゃないって言うでしょ?」


「へえ」


 ヒールで思いきり踏んづける。ステラは一瞬顔を歪めたが、直ぐにとびきりの笑顔を浮かべて、レイチェルの頬を抓っている手に力を加えた。


「ね。夢じゃないでしょ?」


「ええ。そのようね」


 笑顔のまま数秒睨み合うと、彼女逹はとりあえず、お互いに危害を加えるのを止めた。


 痛む頬を押さえながら、レイチェルは考える。


 時を巻き戻す魔法はないはずだ。いや、正確には、存在はするけど、黒魔術でしか取り扱っているのを聞いたことがない。


 黒魔術は、古代に使われていた魔術の中から、“使ってはいけないもの”として分けられた禁述だ。

 それ以外は白魔術と呼ばれて、今も学者に解読、研究されている。そうして現代でも使えるようにしたものを、魔法と呼び名を変えて使っているのだ。


 魔法は魔力を使うだけだが、黒魔術はこの世の法則をねじ曲げる。だから使う者は多大な報酬を払う必要があり、危険なので知ることは難しい。

 魔法を教えてくれるこの学園の図書館でさえ取り扱っていないはずだが、ステラはどうやって知ったのだろう。


 レイチェルの疑問を感じ取ったのか、ステラはにやりと笑うと、指先を立てて得意げに話し始める。


「私のおじいさまが魔術の研究者なんですよね」


「なにそれ」


 魔術研究者なんて、そうとうな知識やコネが無いとなれないはずだ。幼い頃に憧れていたが、コネも無いし、魔術書を読み込むレイチェルを周りの子供は怖がり、魔女だと言われて挫折した。


 こんなところにも差があったとは。

 ずるいと半目を向けると、ステラはなんだか笑いを堪えるような顔をして、続きを話し始める。


「私、実は貴族の出身じゃないんですよ。孤児院育ちだったんですけど、魔法が使えるからっておじいさまに迎え入れられたんです」


「そうなの」


 目を瞠る。彼女が貴族出身じゃないのは驚きだ。

 ステラは所作も美しいし、言葉遣いもしっかりしている。それになにより、貴族しか持っていない魔力の量が並みじゃないので、思いつきもしなかった。


「といっても、私を受け入れてくれるのっておじいさまくらいでしたから、小さな頃からよくおじいさまの研究室に遊びに行って、そこで古代文字を覚えたんです。まだ文字が読めない頃にたまたま見た本の中に、禁術が混ざってたみたいなんですよね」


「文字が読めないのにどうやって覚えたの?」


「……これは内緒のお話なんですけど」


 人差し指を立てると、ステラは声を潜める。思わずごくっと喉を鳴らした。


「私、最初の方に見た本の内容は帰ってから全部メモしてたんですよ。もちろん覚えている限りですけど」


 うひゃあ、と口から悲鳴が漏れ出る。腹の底がムズムズするような感覚に、レイチェルは込み上げてくる笑いを抑えようとしたが、駄目だった。


 元々、こういう悪巧みは好きだし、それが憧れの職についての話なのだから、テンションが上がるなっていうほうが無理だ。


「貴女やるわね。それ、極悪人のやることよ」


 指摘すると、ステラは得意気に胸を張る。


「いえいえ、研究熱心だったんですよ。『持ち出し禁止なら覚えたらいいや』と純粋な子が思って、実行しただけです」


 それで実際に出来るのだから大した物だ。考えたのは大きくなってからだろうが、逃げ道も用意している。


 知識も行動力も柔軟性もある彼女に思わず感心して、それが悔しくて、レイチェルは眉を寄せた。


 気に入らないと思い込んでいた女との会話は、レイチェルにとって、最も実りのあるものになってしまった。


「それで足りない部分は自分で補って、魔術書を作ったんですよ。もちろん、実行したことなんてあの一度しかありませんし、本はもう燃やしてしまいました」


「一度だけで大罪人よ。わたくしが訴えたら貴女おしまいね」


「証拠もないのに?」


 悔しくてした指摘に、ステラは薄らと笑みを浮かべると、小首を傾げる。レイチェルはため息を吐いた。


 甘く見ないでほしい。黒魔術に使った道具を調べたら、おそらく分かるはずだ。

 そうは思ったが、時を遡る魔術だし、詳しいことを知るわけではない。前回の二の舞いになりかねないので黙っておいた。


 レイチェルのため息を、諦めと取ったのか、ステラは続きを話し出す。


「この黒魔術は、誰かの命と引き換えに時を巻き戻します。その時がどれくらいかは関係ないですが、必ず自分のいた時間でないといけません。体も一緒に戻ってしまいますから」


 とすると、ステラは自分の命を使って時を遡ったのだろう。

 自殺は時を遡る為だったようだ。理由が分かって少しだけほっとしたが、新たな疑問が浮かび上がってくる。


「どうして、わたくしの記憶に残ったのかしら?」


「魔術を使うところを見た人にも記憶が残ってしまうんですよ。今回は自殺がそうですね。あの間に魔術を使いましたから」


 つまりステラは、わざとレイチェルを巻き込んだのだ。巻き込めばこうして疑問を解決しに来る。それを想定して。


「……貴女が死んだ後も直ぐに時間が巻き戻ったわけではないわ。そういう風に魔術をかけたからね?」


 頷くステラに、レイチェルはわざと頭を押さえて長い息を吐いた。


 彼女の企みが見えてきた。どうやら、レイチェルに頼みたいことがあるらしい。


「それはどうして?」


 近くの木にもたれると、レイチェルはせめて話の主導権を握る為に自分から問いかける。


「貴女は、実際に経験しないと信じてくれないと思って」


 ちらりと伺い見ながら、その目が「分かってるでしょう」と言っているように見えた。

 分かっている。分かっているけど、わざわざ彼女の言いたいことを汲んで、協力を申し出てやる気はない。

 無言を貫くと、諦めたステラは、そっと口を開いた。


「これから一年後、ドラゴンが来て、この国を滅ぼすんです」



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