第250話――元気な証拠です

「もうさ、地球の全てでスタンピードが起きちゃえばいいのにね」


 師匠から聞かされたギリシャの件や、勇者というjobにまつわる最近の出来事を香織さんと話していたら、疲れたような顔をして物騒な事を言い出した。


「もうさ、みんなで次元世界で暮らすのもいいと思うんだ」

「それもありかもだけど、食事に困ると思う」

「そこはさ、例えば日間賀島ダンジョンの魚や貝のモンスターとか、ダンジョン内のお肉を落とすモンスターを沢山生け捕りにして、一生困らない程度のモンスターを次元世界に放って時折倒すとかやり方があると思うんだ……うん、これいいと思わない!?」


 どうやらかなり疲れているようだ。

 めちゃくちゃな事を言っているのに、なんか目を輝かせてるし……キラキラというのではなくて、どんより光るって感じで。

 でも確かに香織さんの気持ちもよくわかる。

 だって地上の色々はかなり面倒くさい事になっているからね。


 ギリシャのスタンピードが起きてから、既に2ヶ月が経とうとしているのに、未だ収拾が付いていないらしいし。

 ギリシャに住んでいた人々の1部……まぁお偉いさんだけど、彼らはとっくに他国へと逃げ出して安全な場所にいるけれど、一般国民の人たちで車など移動手段を持たない人たちが特に取り残されていて、モンスターの凶刃が迫る事に恐怖しているらしい。


 どうやらギリシャとの国境がある近隣諸国は、大元であるギリシャのモンスターを駆逐するのではなくて、国境を自軍とシーカーで守り固める事に注視するばかりな上に、『日本は勇者を今すぐ派遣して、ギリシャを救済すべきである』とかEU諸国と共に声高に叫んでいるみたいだ。

 まぁ一応形だけでもという感じで、歌って踊れて戦えるスーパースター迅雷が勇者である香織さんを探しにダンジョンへと入っているから、日本政府としては言い訳が出来ているみたいだけどね。

 あとさすがにこの状況で『勇者』だけに戦えと叫ぶ事には無理が出て来ていて、一般人の間では一連の流れの不可思議さに疑問の声が上がり始めてはいるようだけどね。

 ただそれでも、香織さんのビジュアルや唯一職である勇者という事もあって、メディアの前に出てくる事を望む声は過熱の一途となっているようで……香織さんが物騒な事を言い出すのも無理はないって感じだ。


 地上に戻っても結局は屋敷内に閉じこもるしか出来ないので、次元世界とダンジョン攻略を行き来する毎日が続いてしまっているんだけど、ようやく9000階層に到着した……目前となってからそれなりに時間が掛かってしまったのは、ひとえに香織さんのテンションのためだ。


 なんか情緒不安定かと思えるほどにテンション高く、ダンジョン内で俺の分身たちより前に出て弓ではなく刀で無双する姿があったと思ったら、次の日には「どこか遠くへ行きたい」と呟いて、宇宙戦艦でひたすら次元世界内の宇宙へと飛んでみたりって感じで大変だったんだよね。


 そうだ、9000階層の話だった。

 いつものようにダンジョン商店街である事に変わりはなかったんだけれど、規模が更に大きくなっている。ただ通行証を得るためのコロシアム挑戦などはないようだけどね……少しだけ楽しみにしていたんだけど。

 いや、違うな……

 今度は歓声を受ける事が出来るような戦いをしたいと思っていたんだよね……なんか俺だけブーイングだったし。

 コロシアムだけじゃなくて、これまでの様々な事をどれだけ思い出しても歓声を受けた覚えがないのは気のせいだろうか……

 もうモンスターでもいいから、歓声とか嬌声を一身に受けたい!!


 街が広くなり店舗も増えているという事は、即ち宝石店や衣料品店も増えているという事だ。そしてこの階層に来ている中には、男……つまり俺しかいないわけだ。だから別行動が許されずに、ずっとみんなの買い物に付き合わされる事になった。

 しかもさ、8000階層からここまで全てのモンスターを殲滅する勢いで来たわけで、そしてこれまでと違って魔晶石の取り分も人数的に分け与えられる分が多くなるという事でもあるわけだ。

 という事はだ、買い物も多くなり、それと共に時間も掛かるわけで……辛かったです。


 ただ宝石店はともかくとして、衣料品店での試着ファッションショーは中々に楽しい一面もあった事は確かだ。

 地球上で見かけた事のあるような民族衣装から、まるでハリウッド映画にでも出てきそうな斬新的な衣装だったり、肝心なところが見え隠れしちゃうような……まぁつまりちょっと男性が前屈みで中腰になっちゃうような際どい衣装があったりした……元気な証拠です、うん。

 きっと香織さんの精神がいつも通りだったら絶対に試着なんてしなかっただろうから、そこだけはちょっと地上のバカたちに感謝しました……うん。

 うどんたちもなんだかんだ一緒にキャッキャと色々着替えてはいたようだけれど、全く見てはいない。まぁ正確に言うと、よそ見していると香織さんに怒られて睨まれ拗ねられるので、見れなかったという方が正しいんだけどね……まぁ、憧れだった香織さんに嫉妬される身になったという事を喜んでおこう。


 香織さんたちばっかりが買い物をしていて、俺は何も買わなかったわけではない。

 コロシアムで見かけたような、悪魔だとか死神やスケルトンがこれからの階層で出てくる事が予想されるという事で、武器店などでそれに対抗出来るであろうと思われる光属性が付与された妖刀や、今着ている忍者装束よりも防御力が優れていそうな布を見つけ購入したりしたからね。

 ただモンスターの中にもNINJAが居たのに忍者装束は売っていないので、布を持ち帰って師匠にお願いするしかないかとの思ったら、なんとダンジョン商店街でオーダーメイド出来るらしくて頼んだ事により時間か掛かった。

 あっ、もちろん布自体を購入して、師匠たちへのお土産にもしたけどね。


 あと9000階層で特徴的だったのは、商店街の外れにサーカスのテントがあった事だろう。

 チケットというか魔晶石を支払って中に入ってみると、そこは確かに地上で見掛けるような内部をしていたし、コロシアムと同じように様々なモンスターたちが観客席に座って公演を今か今かと待っている様子だった。

 空いている席に並んで座り、席の間を歩く売り子からポップコーンによく似ているが、味も食感も違うナニかを購入して待っていると、突然場内は暗くなり、舞台にスポットライトが当たり出てきたのは……うん、もちろんというか当たり前だけどモンスターだった。人型のモンスターが獣型のモンスターを操ったり、玉乗りさせたりしてみたり、空中ブランコがあったりと、地上と違うのは演者が人間かモンスターというだけで、公演内容はよく似たものだった。だけどめちゃくちゃ興奮したし楽しかったりで、全員で1週間ほど通ってしまった。


「ここで一生住むのもありかも」


 なんて香織さんが言い出すほどだったしね。


 最近は確かに香織さんとずっと一緒にはいるけれど、普通に買い物とかデートが出来ない事が不満だったし、知らず知らずのうちにストレスが溜まっていたのか、お互いに些細な事でギクシャクしたりする事もあったんだけど、ダンジョン商店街やサーカスを見に行く事で解消され、一段と仲良くなれた気がする。


 ただここはあくまでもダンジョン内。

 だから早く地上でも2人で色んなところに気軽に遊びに行けるようになるといいんだけど……

 はぁ……ほんと早く地上の事がどうにかならないかな。

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