第248話ーー優しすぎる

「どの時代においても、世界に1人しか存在を許されない勇者とは、即ち全ての国が共有するものである。日本国のみが勇者を囲い込むのは間違っている」


 こんな言葉をヨーロッパのどこかの国の大統領が大衆の前で発言したらしい。

 それと同時に現在の勇者の写真と名前がどこからかは判明していないが流出し、世界中の人の目に触れる事となった。……つまり香織さんのjobと名前と顔が、世界中の全ての人が知る事となったってわけだ。


 思うようにダンジョンの攻略が進まない国や、その美貌を目にした者たちはその大統領の言葉を支持し、香織さんを世界各国のダンジョンへと派遣する事を望み口にした。

 もちろんそれは日本国内にも波及し、派遣すべきか派遣すべきではないかなどを各メディアで議論されたりするようになっていた。

 日本政府は過去に現れた勇者jobを持つ者が他の国に渡って攻略を進めた事実が無い事や、国外に出る事を強制しているのではなく、あくまでも本人の意思によるものだとの説明を繰り返している。

 またその美貌からアイドル扱いしようとするメディアが次々と現れ、連日一全本部への問い合わせが相次ぎ、大変な事になっているようだ。

 あと香織さんの本来の自宅にも様々なメディアが押し寄せているらしいんだけれど、ご両親共にずっと次元世界でスローライフを送っているからこちらは大した問題にはなっていない。ただ普段は近衛の人が郵便物などを確認しに行ってくれていたんだけど、大統領の発言があってからは出来ていないのが問題かな。


 なぜ今になってこんな事態になっているかだが、どうやらダンジョン教が裏にいるようだ。


 そういえば俺も流出した写真を幾つか見たけれど、どれもが明らかに隠し撮りされた物が多く、超望遠レンズで撮影されていたみたいだった。

 街に出た時に、雑誌に掲載する『街にいた美女特集』に使うとか何とか言われて撮影されそうになったのを幾度か断ったり、それでも諦めない相手にはカメラの前に俺が立って香織さんを隠したままに走って逃げた事が何度かあったんだけど、もしかしたらそれも本当は雑誌などではなく、他国や宗教関係者だったのかもしれないと気付いたよ。


 言葉を真に受けて他国へ行ったりでもしたら、きっとどこかに誘拐されて現人神として祀られる事になるかもしれないし、それが出来ないなら暗殺しようとする者も現れるだろう。

 それと香織さん自身が懲りてる事から、迅雷の代わりにメディアの前に出る事は遠慮したいという事で、師匠たちには申し訳ないけれど全ての対応は任せてダンジョンへと逃げる事にした。

 本当はあと1ヶ月は地上でゆっくりとしようと思っていたし、ちょっと車で遠出しようとか計画していたのに全てパーだよ。

 ったく香織さんが勇者だってバラして最初に拡散させたヤツ、見つけたら絶対にボコってやる!!


 逃げる事にしたわけだけど、いつものようにダンジョン内への転移は出来ない。じゃないと本部の中にいるって思われて本部の騒ぎが収まらないからね。

 だから名古屋北ダンジョン1階層のゲートを通って正式に潜る事になったわけなんだけど、これがまた大変だった。

 まず車に乗って本部から出るだけでも大変だったんだよね……なんか俺たちが犯罪でもおかしたかのように様々なメディアがカメラとマイクを窓越しに向けて、「勇者として如月さんは大統領の発言をどう思われていますか!?」とか「現代のジャンヌ・ダルクとの声もありますが、ご本人はこの事について何かありますか?」なんて質問があったり、一切窓は開けてないのに名刺らしき物を隙間に詰めようと必死な人がいたりだった。


 ようやくメディアを振り切って名古屋北ダンジョン前に到着したはいいけれど、そこからも大変な目にあった。

 まずはダンジョン教関係者の勧誘、次に協会を取材していたと思われるメディア各社が俺たちに気付き本部前と同じような質問の嵐、その次に自称ファンと名乗るシーカーたちだ。

 本来なら車を降りてから5分もあれば辿り着くはずのゲートであるはずなのに30分ほど掛かったからね。何度魔力を解放して威圧を行おうと思ったか……まぁそんな事したら下手したら傷害罪とかに問われそうだからしなかったけれど。


 ただゲートを潜っても付きまとう一行は離れない。

 前後を塞がれる形となっているために逃げようもなくて、ただただ無言か「邪魔ですし、危険ですので」と伝える事しか出来なかった。

 3階層に到着した辺りでメディアと宗教関係者は戻って行ったんだけど、シーカーの自称ファンはそれなりに戦える装備をしている事で、ずっと着いてくるんだよね。

 結局それらを振り切れたのは8階層に到ってからだった。


 付きまとわれ質問攻めに合う事に疲れたのもあるけれど、何より腹がたったのは、香織さんが美しく可愛いのは当たり前として、人間形態の召喚獣たちも一見するとそれなりに整っているからか、俺を邪魔者扱いするどころかどさくさに紛れて足を踏んだり蹴ったりする者や、「お前みたいなのがなんで一緒にいられるんだよ」って俺の耳元でボソボソと呟くヤツが多数いた事だよ。

 まぁ、そんな美人な香織さんが俺の彼女だっていう自慢と優越感があるから報復はしなかったけどね。


 自称ファンたちを撒いた時点で到達階層まで転移したかったんだけど、騒ぎが収まるまでの当分は潜りっぱなしになるための辻褄合わせとして、他のシーカーが潜ってはいないだろうと思われる120階層辺りまではいつものように全力で走る事も出来ず、人の目が追い付く程度のスピードで進む事になった。だから久しぶりに次元世界ではなく、他のシーカー同様にテントを張ってのキャンプとなった。

 俺は寝ずに見張りをして過ごしたんだけれど、何かを企んでいるのか何度も俺たちのテント近くまで歩いてきてこちらを見ては戻って行くシーカーがいたりもした。それを見て思い出したのは南ダンジョンでの出来事だ。シーカーの質が悪くなったのか、それとも香織さんがいるからだけなのかはわからないけれど、低階層だと言えどもモンスターに気をつけないといけない事に加えて、人間にも気を付けないといけないだなんて面倒な事になったと強く思ったよ。


 なるべく人のいない場所を進み、他のシーカーが見当たらない120階層に到達したのは5日も掛かってからだった。

 そしてようやく転移解禁という事で、現在到達している8800階層へと移動したんだけど、体力的には疲れていないのにストレスからか次元世界の中で3日も過ごす事になってしまった。


 うん、やっぱり迅雷は尊敬すべきグループだと思うよ……メディア対応という一点においてだけど。

 ただ香織さんが勇者である事を迅雷の面々も知っているから、流出元として少しアイツらを疑っているんだけどね。

 もしアイツらだったら……彼らを最高到達階層更新を手伝ってあげようと思う、ボス部屋ではない通常階層で。

 今をときめくアイドルグループとしてだけではなく、更なる階層更新をする凄腕シーカーとなれる事をきっと喜んでくれると思うんだ。

 自分で言うのもなんなんだけど、俺って優しすぎて怖いね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る