第239話ーー絶対的強者

 ようやく、ようやくのコロシアム挑戦となった。

 師匠が満面の笑みを浮かべて、コロシアムの前にいる兵士であるミノタウルスへと規定量の魔晶石を提出した。

 きっと何か魔道具的な物でサッと魔晶石をカウントするんだと思っていたのだが、奥から数人の兵士が出てきたと思ったら、魔晶石を1つづつ確かめながら数えて始めたのにはビックリした。


『2日後にここに来い』


 すぐに師匠は選手控え室のような場所にでも案内されるのかと思っていたら、どうやら闘いは後日のようだった。

 この調子では全員が切り抜けるまでに恐ろしい時間が必要となるという事で、じいちゃんの分もすぐに提出し、同日に挑戦出来る事となった。


 そして7999階層で魔晶石集めを繰り返し続け、挑戦日当日となった。

 全員でコロシアム前まで行くと、師匠とじいちゃんは兵士に案内されてコロシアムの中へと消えていった。


「お前たちはこちらだ」


 俺たちはどうしていればいいのかと思っていたら、別の兵士が来て観客席へと案内してくれるようだったので、素直について行くと、木々も岩など遮る物は何もないフィールドに立つ師匠の背中が見える場所だった。

 驚いたのは周りには住民なのか、それとも幻影なのかはわからないが、観客席を人型のモンスターが埋めつくしていた事だった。コロシアムに来るまでの街の様子は先日と変わらず、たくさんの住民らしきモンスターが暮らしているように見えたのに、どこから湧いて出てきたのか……

 そして彼らは確かに観客なのだろう、俺たちにはわからない言語で何かを互いに話し合ったりしているようだ。

 コロシアムだが、外から見た雰囲気ではさほど大きくは思えなかったのだが、フィールドはとても広く、サッカーグラウンドが4つは入る程の大きさだった。

 多分、俺の次元世界のような特殊な場所なんだろう。


 しばらく……だいたい10分ほど、ただただ師匠の後ろ姿を見ているだけだったのだが、突然周りの観客たちが総立ちになり、空気が震える程の歓声、喚声、嬌声、蛮声が発せられ響き渡った。

 何事かと思ったら、師匠の対戦相手らしきモンスターが対面の遥か向こう側に見える門から出てきたからだ。


 相手は全身真っ黒でヤギの頭を持ち、背中には蝙蝠のような翼が生え、先が槍のような形をした尾を持っていた……つまり古い西洋の話に出てくるような悪魔の姿に見えた。ただ書物で見るようなものと違って、その悪魔は衣服や鎧を纏い、剣を持っていた。


 ただ歩く姿や立ち姿だけを見ても、そこには1分の隙もないようで、明らかに強者が放つオーラのようなものを纏っていた。

 それは師匠も同じであったし、更には俺が感じた事のないような、明確な殺意……皮膚を突き刺すような鋭い気が発っせられていた。


 両者睨み合ったままに殺気だけが充満し……つい先程まで万雷の拍手喝采で悪魔の登場を喜んでいたモンスターでさえ黙り込み、唾を飲む音でさえがコロシアムに響き渡るのではないかと思える程の静かさが支配し始めていた。


 静けさを破ったのは、雰囲気には似合わないような鈍く情けなく思える鐘の音だった。

 それが闘いの合図だったのだろう……両者は疾走し、正面からぶつかりあった。

 何か縛りでもあるのか、両者共に魔力を纏ってはいるものの魔法系統のスキルは一切使用せずに、縦横無尽に地を、宙を駆け回りながら剣を交え合う。


 どれほどの時間だっただろうか……

 場内を剣戟の音だけが響き渡り続けていた。

 だが何事にも終わりがあるように、師匠対悪魔の戦いにも決着が着く時がやって来た。

 ぶつかり合った後、両者が後方へと引いた直後だった。

 悪魔は手に持っていた剣を地面へと突き刺した。すると剣を中心にして一気にフィールドが真っ黒に染まり始めたのだ……どうやら魔法スキル禁止などという縛りはなかったらしい。

 師匠は黒く染まる地面から逃れるように宙へと駆け上がりつつ、苦無をいくつも投げ撃ちながら自らも水魔法で槍を作り出し連射し出す。同時にフィールド一面を染めきった黒から、師匠へと向かって何千何万もの黒い槍のようなものが飛び出した。

 どうやら悪魔の魔法は切り札のようなもので力をかなり使ったのだろう、まるで突き刺した剣を支えにして立つ事が精一杯といった様子で、その背中にある象徴的な黒い翼を丸めて身体を守るようにして師匠からの攻撃を避ける事も振り払う事もせずに受けていた。

 片や師匠もフィールドから飛び出た槍の全てを避ける事も、いつものように切り払ったり反射させる事も出来ずに、身体中の至る所を突き刺され赤い血を撒き散らしていた。


 そして……

 師匠の動きが止まり、力なくただ重力に従い……大きな音をたてて堕ちた。


 悪魔も師匠と同じように翼は穴だらけで片膝を着いてはいたが、まだ生きてはいるようで剣を支えにして必死に立ち上がろうとしているように見えた。


 直後、開始時に響き渡った鈍い鐘の音が鳴り響き、師匠の姿が消えた。


『チョウセンシャシッパイ』


 そしてどこか機械的なアナウンスが聞こえてきた。

 その後悪魔が入場してきた際よりも、更に大きな歓声や嬌声が上がった後に悪魔の姿も消えた。


 俺はただ呆然としていた。

 まさか負けるだなんて思ってもいなかった。

 圧倒的強者であり、これまで1度たりともモンスターに遅れをとった姿など見た事がなかった師匠が……

 他のみんなも同じようで、ただ呆然と荒れ果てたフィールドを見つめていた。


 だが俺たちの心情を状況が待ってくれるはずもない。

 じいちゃんがフィールドに出てきたのだ。

 そしてしばらくした後にまた歓声に包まれる会場。


 今度の相手は5m程の大きさで、身体は骸骨のようで目だけが青く光っており、脚はなく宙に浮いている。それは黒いマントで身を包み、鈍く銀色に光る大きな鎌を構えていた……今度はまるで死神のようだ。


 そしてまた鈍く鳴る鐘の音。


 誰もが……きっと俺たちだけじゃなくて、観客であるモンスターもが思っていただろう、きっとまた先程までの闘いのような、白熱した戦闘が行われるであろうと。

 だが、その期待は一瞬にして消えた。

 両者がフィールドの中心に移動しぶつかり合ったと思った直後、じいちゃんの首が地面に転がっていたのだから……

 盛大に赤い血を首から吹き上げながら……


 一体何が起きたのかわからなかった。

 目を逸らさずしっかりとその姿を追っていたはずなのに、気がついたら首が転がっていたのだ。


 今度は歓声も嬌声もなかった。

 ただ機械的なアナウンスが鳴り響いていた。

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