第77話ーー何も変わらない事が平穏でいい

「明けましておめでとうございます」

「おめでとう一太くん、はいお年玉」


 朝一で院長先生や職員の人たちに挨拶をすると、皆さんが可愛いお年玉を当たり前のようにくれる。

 いつもなら喜んで貰っていたけれど、今年は違うのですよ。


「あっ、俺は大丈夫です。それとこれまで貰ってばかりだったので、これは俺からです。いつもありがとうございます」

「えっ?どうしたの?」

「皆さんのお陰でここまで生きてこれて、そして無事シーカーになれました。これはそのお礼も込めてです。少ないですけど受け取ってください」


 みんなビックリした後にこやかに、時には涙ぐみながら受け取ってくれる。今日出勤していない人や、シフト時間が合わない人の分はロッカーに入れておいて貰うつもりだったけれど、職員さんに「自分の手で渡して上げて」と言われたのもあるし、やっぱりちょっと恥ずかしさは隠せないけど、ちゃんと顔を見て感謝の念を伝えたいと思ったから、後日渡す事にした。

 俺が物心を覚えた時からずっと代わっていない院長先生には奮発して5000円、他の職員さんはみんなだいたい同じくらいの付き合いだから一律3000円を包んだ。


 なぜ突然今年からお年玉を渡すようになったか?それはシーカーになった事でお金を無事稼げるようになったのもあるけれど、決してそれだけってわけじゃない。

 先日師匠に69階層の産まれ落ちていた場所を案内して貰った事で、よりここまで育てて貰えた事に感謝する事となったからだ。いくらそれが彼らの仕事だとはいえ、見ず知らずの子供を10何年も育て上げるのはとても大変な事だったと思うんだ。おしめの取替から食事まで全部だからね……

 今思い出せば、かなりのワガママを言ったり、勝手な事をしたりしてたくさん手を焼かせていたと思う。特に俺は『捨て子のいらない子、生きていてはいけない子』と悩む事もあったから、そのやり切れない悲しみのやり場がなくて職員さんに当たる事もあったような気がするから、きっと恐ろしく世話が掛かっただろうと思う。本当に感謝しても感謝しきれない、グレたりしなかったのはひとえに職員さんのお陰だ。


 あとは歳下の子供たちにも配る。これは別に俺だけってわけじゃなくて、これまでの伝統みたいなものだ、jobが出たら渡すってね。そして中に入れる金額も10円〜50円と職員さんたちがくれる金額に合わせる事となっている。

 中身を見て「これっぽっち?」とか「ケチくさっ」とか文句を言うやつもいるけれど、素直に「ありがとう一太兄ちゃん」喜んでくれる子もいる。文句言うのはだいたいある程度両親たちと過ごした事がある子で、素直なのは色んな事情でそうではない子が多いかな。まぁどちらにしろ、今となっては「あぁこんな時代が俺もあったなぁー」なんて感慨深いだけだけど……ってなんかおっさん臭いかな?俺。


 お年玉の出処である俺の通帳には、なんと100万円ちょっとの残高があるのですっ!

 えっ?一昨日1,209万円手にしたんじゃないのかよって?それはあれですよ、例の如く奨学金返済に自動的に当てられたんですよ。まぁ先輩が見ている前で「横川、もちろん奨学金返済に当てるため振込むがいいな?」とか言われたので、頷く以外の選択肢がなかったんですけどね。

 トータルの返済金額は1,896万円、突発型ダンジョンの宝箱で得たお金での返済が1,050万円だ。残りは846万円だったわけで、今回の収益は1,209万円。つまり差し引き363万円残るはずだった、はずだったんだ。だけどそこでまたクソ忍者の容赦ない一言、「将来のために300万円は定期貯金するよな?」だった……一瞬首を横に振ろうかと思ったら……


「なぁ如月くん、堅実に貯金している男の方が安心だと思わないか」

「えっ?……そうですね、その方が素敵だと思います」


 なんて突然先輩に話を振り、先輩もまんまと乗せられて答えるというやり取りがあったわけですよ。そうなったらもう「はい定期貯金します、もちろんそのつもりでした」って答えるしかないよね?

 あの時、ひっそりと笑いを噛み殺していたクソ忍者と探索者協会の職員さんの姿を俺は忘れないっ!

 まぁ先輩は感心っていった表情で俺を見ていたからいいけどさ。それにしても……もう少し夢を見させてくれよっ!


 っとそんな訳で、通帳には以前貯めていた分と合わせて100万円ほどしかないわけですよ。


 昨日はアマとキムと会って、一緒にお年玉袋を買いに行ったり、いつものようにファミレスでだべったりしていた。話しの内容はもちろん、2人のことをどれだけ女性陣にアピール出来たかどうかって事なんだけど……正直すっかり忘れていました。いや、だってほぼ一緒に行動とかなかったし、自分の事で精一杯だったからね。

 下手に嘘を吐いてもすぐバレるので、素直に謝りました。もちろん状況の説明や過酷さなどと共にね。彼らは許してくれたよ……まぁそれを聞いてってわけじゃないんだけどねっ!

 なんと俺がダンジョン内で過酷な日々を送っていたというのに、2人は楽しい生活を送ってやがったのですよ!!

 2人とも26日〜29日までの朝6時から14時までは、施設で教官による護身術を伴う戦闘訓練、昼飯を挟んで夜22時頃まではいつものように生産練習だったらしい。

 だが30日は朝8時に各々伊賀流の販売店へと行ったのだが、そこにいた売り子さんや事務員の女の子とLINEのID交換とかをしたって言うんですよ!!しかもしかも!どこかのリア充のように女の子と並んで写真撮ったりしているんですよ?その上1人じゃなくて数人とですよ!!親友がダンジョン内で生きるか死ぬかという時に、呑気にそんな事しているなんて全く信じられないよ!!

 自慢げにドヤ顔で写真を見せて貰ったが……これまた可愛かったり綺麗だったりするんです。まっ、まぁ先輩には遠く及ばないけどね!!それにID交換もしたし?……もふもふの付属品としてだけど。


 ちょっと……いや、かなり羨ましかったから、稼ぎをドヤ顔で語ってみた訳ですよ。悔しそうな表情と「奢れ」との大合唱がくるかとドキドキしていたら、なぜかそうでもない。不思議に思って聞いてみたところ、2人とも知らなかっただけで、これまで施設で作った制作物は協会による買取されていたり、伊賀の施設で作った物は販売店で買い取られていたらしい。そしてその額は2人とも1,000〜1,200万ほどになっていて、俺と同じように勝手に奨学金返済に充てられていたらしいのだ。だからちょっとだけ俺の方がリードしているけど、命の危険を考えたらそんなに変わらないという結果らしい。

 こいつらの修行がちゃんと身を結んでいたという安心感から良かったという思いと、微妙に悔しい思いで複雑な感じですよ、うん。


 まぁそんなこんなでお互い似たような立場なのは相変わらず変わっていなかった。

 まっ、それが1番よかったのかも。


「一太くーん、お迎え来たよ〜」


 そうだった、今日は本部に呼ばれているんだった。

 迎えに来るのはいつも通り風間教官だと思っていけど違った。以前庭で俺を捕まえた着物姿の男性だった。

 どうやら今日は幹部しか本部に年賀の挨拶に来る事はないそうだ……

 えっ?どうしてそんな所に俺は呼ばれるの??ただの一般人なんですけど!?どう考えても鬼の巣窟じゃないですかっ!!

 嫌な予感しかしないんですけどっ!!


 忌まわしき思い出の館に到着したらなんか物々しい雰囲気なんですよ、お正月の静かさとそういうのではなく殺伐としているというか……そこで運転してくれた人に聞いたところ、御館様を初めとした幹部が一斉に揃っている為に、警備に力を入れているのを感じ取っているのだろうという答えだった。つまりこの雰囲気を醸し出しているのは、神出鬼没の近衛の人たちって事です。どこに潜んでいるのかついキョロキョロしちゃうのもしょうがないと思う。


 あと年賀の挨拶と言われても、どのように行動したらいいのかと悩んで相談したら、運転手の人……赤木さんという名前なんだけど、その人が世話役として隣に付いて色々教えてくれるらしい。


「なんだその挨拶は、切腹じゃ!!」


 とかなったらどうしようと怯えていたから良かったよ!!


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