第6話 虐待

 人間の脳はまだ解明されていない部分があり、人類が総力をあげてもまだ全ては分かってはいない。


 記憶を司る海馬もまだ解明されておらず、自分の記憶が都合よく脳にインプットされていたり、逆に消されてしまうことがあるという。


 源治は幼少の時の記憶自体がそのまま欠落しており、どうやっても思い出せないのだが、不可解な夢、手足を繋がれて熱い衝動にかられる夢を夜勤や早番、職場での人間関係のストレスに強く晒されると必ずと言っていいほど見る。


 『お前の記憶が蘇るがその時は覚悟しろ』


 源治は御子柴の言葉に軽い恐怖を覚えている。


 自分が虐待を受けて施設に預けられたのは明白な事実であり、その虐待が酷いものだったら自分の精神状態はおかしくなる、親に逆襲しに行くだろうし下手したら精神が破綻して精神病棟にいるような生きているのか死んだいるのか分からない廃人のようになるだろう、源治はそう思い、気持ちを落ち着かせる為にタバコに火をつける。


 「源治さんどうしたの?浮かない顔をして」


 美希の言葉で源治は我にかえる。


 「いや、何でもないよ」


 源治は御子柴と会った後に、食事がてらに『ショットガン』に来て、ジーマを2杯程飲んでいる、美希に会いたいという寂しい理由な為だ。


 「げんちゃん、そういえば翔ちゃん来ないね」


 正志は翔太が最近来ていない事を気に掛けている、店の経営者なのでお客様の出入りには神経を使っているという理由の他に、翔太と源治が自分の若い頃とダブって映る為放って置けないという肉親のような感情を彼等には抱いているのを源治たちは知らない。


 「あぁ、あいつは親と用事があるらしくて今日ちょっと来れてないんですよ」


 「そうなんだな、ダーツで高得点取れる方法あるから教えてやろうか?」


 「え?いいんすか?」


 「いいよ、げんちゃん最近疲れてるだろう?遊んだ方がいいよ」


 正志は、源治が、ここの所極度のストレスに襲われて。仕事でかなり疲弊しているのを長年の商売人の観察力で顔を見ただけで分かるのだ。


 「ええ、そうっすね」


 「親御さんともよく相談してさ、今の仕事が辛いなら別のに移るとかね」


 「いやぁ、俺親いないんすよ」


 「え?そうか、なんか悪いこと聞いちゃってすまなかったね」


 源治は正志には自分が親がいない孤児だという事を話してはおらず、正志は軽く謝罪をして複雑な心境に襲われる。


 「いえいえ。うーん、相談あるんすけどいいっすかね?親のことで」


 「いいよ」


 源治は、御子柴と会って話したことを全て彼等に話す。


 正志は、煙草を吸って口を開く


 「まぁ、俺たちがどうこう言える筋合いじゃねぇけれども、でも自分を産んでくれた親だし、まぁ俺なら一度会いに出かけるかな」


 正志は少し考えて口を開く。


 「そうっすか、やっぱ、会ってきますね」


 「それがいいかもな。それよか、ダーツでもやろうや、翔太君をギャフンと言わせてやろうか」


 「ええ」


 源治は翔太にジーマ一杯を賭けたダーツで負けては毎回ジーマを奢っていた為今度は負けないと意気込み立ち上がる。


 軽く酔いが回っているのか、少しよろけながらダーツを見る


 「ん?」


 源治の頭の中が真っ白になり床に崩れ落ちた。

 *

 源治の目がさめると、男女が何かを話していた。


 6畳ほどの部屋は、ろくすっぽ洗っていないであろうタバコのヤニで黄色がかって変色したクリーム色のカーテン、毛髪と黄色のシミの付着した、脱いだままの下着らしき衣料、まだスープと麺が残っている食べかけのカップ麺、某有名な漫画雑誌と、30代の若者が読むファッション雑誌が何冊か散乱しており、ここでは若い人間が暮らしていることが源治にはわかった。


 (ここはどこかの部屋なのか……?)


 目の前には、白のワンピースを着た20歳ぐらいの女性がいて、たまに夢で白衣の男と出てくる金髪の若い女性だなとすぐに分かった。


 その隣には茶髪でパーマをかけた25歳ぐらいの男性がいて、手には注射器のようなものを持っている。


 「源治。今からつよくなる薬を注射してやる」


 男は源治の腕を掴み、何かを注射し始める。


 不思議に男の行為には恐怖は無い、いや、麻痺をしていると形容した方が正しいだろう。


 注射針の痛みと共に、源治の頭が真っ白になり、お花畑にいるような錯覚に陥った

 *


 「はうぁっ」


 源治はひどくうなされて目を開けた。

 

 着ているシャツは汗でぐっしょりと濡れており、相当うなされたことが伺える。


 (あの夢は何だったんだ?)


 源治の呼吸は荒く、動悸が激しい。


 夢の中で男は、注射針を源治に注入して、その直後に頭が真っ白になり恍惚な気分に襲われた。


 (ここはどこなんだ?)


 源治は深呼吸をして、改めて周囲を見渡す。


 源治の腕には点滴のチューブが刺されており、20畳程の部屋の内装は、部屋の中にいる人を落ち着かせる効果なのか壁や天井の色はクリーム色で少し灰色がかっている。


 隣には、酸素呼吸機をつけてベットで寝ている老人と、源治と同じように点滴をつけて横になり本を読んでいる中年の女性、比較的健康そうにベットに寝ている青年の見舞いに来たのだろうか、若い女性がいる。


 周囲の環境から、今自分がいるところは病院の入院病棟なのだなと、源治はすぐに察した。


 自分の着ていた服は院内用のパジャマに着替えさせられたのか、ショットガンに行くときに着ていたワインレッドのポロシャツと黒のスキニーパンツは綺麗に畳まれて、棚の上に置かれている。


 病院独特の空気、生と死が当たり前に起こる光景と、治療のために使われる消毒液の匂いに源治は嫌悪感を感じながら、近くに置いてあったスマホに手を伸ばした。


 『なんか、正志さんから聞いたんだけれども、昨日なんか発作のようなものを起こして病院に運ばれちゃったらしいけれども大丈夫か?会社の方は気にせずにな、あのババア珍しく心配してたぜ、ここのところ仕事が立て込んでいたから過労気味だったのかな、って言ってた。お前有給使って休養した方がいいかもな』


 『源治さん大丈夫?なんかね、正志さんが最近疲れがたまっていたから倒れたんだなって話していたよ、一応翔太さんにはラインしたけれども』


 翔太と美希からのラインを見て、源治は会社への連絡を入れようかと思ったのだがここは病室な為に電話連絡は禁止、ベットから立ち上がろうとしたのだか、空腹で力が出ずにへたり込んでしまった。


 (ヤベーな、どうすっかな、そうだ、確か病棟にはナースコール的なものがあったな)


 源治は昔読んだ漫画に書いてあった、入院患者が何かあった時のために使うナースを呼ぶボタンを思い出して、自分のベットを見やる。


 「あった」

 

 源治はボタンを押そうとしたのだが、近くに看護師が検診の見回りに来たのが見えて、ボタンを押すのをやめて、自分が目を覚ました事を話した。

 

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