生死の境で

行き倒れ

 はるか遠い昔のこと。神々の時代が終わり、神と英雄の時代が終わり、そして私たち人間の時代が訪れた。

 悪魔も竜もまたはるか遠い昔の物語になろうとしていた頃に、一人の旅の騎士がいた。町から町へ、夢と冒険を探して歩く、流浪の騎士。その名も冒険騎士ホライン・ゲーシニ。

 大そう腕の立つ若者で、王都ベレトの騎士団では収まらないと、その身一つで冒険に明け暮れる。



 ある時、騎士ホラインはイテヨとボルノー、両帝国の境にある山中のトドーの村を訪れた。

 着いたばかりの村の中をホラインが歩いていると、村人らしき一人の男に呼び止められる。


「もし、そこの旅の方」

「私の事か?」

「こんな田舎に他にいますか。実はウチに病に倒れた人がいまして」

「それはいかんな。私は何をすれば良い?」

「その病人は旅人で、東の方から来たらしく。あなたも東の人でしょう? 何か身元が分からないかと」

「承知した。とにかく顔を見てみよう」


 そんなわけでホラインは男に連れられ、病人の様子を見に行く。

 木造のベッドの上に寝かされた男の顔を見てみれば、何と彼はダーバイル。こんな所で出くわすとは、偶然も偶然だ。酒場で会うとはわけが違う。


 ホラインの驚いた顔を見て、村の男はおずおず問う。


「どうでしょう? もしやあなたの知り合いで?」

「うーむ、まあ、知り合いと言えば知り合いだ。ここに来たのは、いつの事だ?」

「三日前。ウチの者が東の道で行き倒れを拾ったと」

「病状はどうなのだ?」

「ええ、それが一向に良くならず……。村医者もさじを投げたありさまです」


 これはいよいよダメかも知れぬと、ホラインはダーバイルに同情した。寝ごこちの悪そうなベッドの上で、熱に浮かされうなる彼に、ホラインは呼びかける。


「おいダーバイル、返事をせんか」

「おや、これは……騎士の旦那? いや幻聴か。いくら物好きの田舎騎士でも、こんな辺ぴな田舎村に……そんな偶然あるはずがない」

「田舎騎士だと!? こやつめが」

「ああ、幻覚まで見えている。オレはもうお終いだ」


 寝ぼけているダーバイルに、ホラインは怒りのこぶしをにぎったが、病人に下ろすわけにもいかないで、ただ強く握りしめる。


「これ、ダバよ。死ぬ前に言い残すことはないか?」


 ホラインの問いかけに、ダーバイルはうつろな目でこう言った。


「……どこの誰だか知らないが、頼みがある。オレのカミさんに、これを届けてくれないか」


 ダーバイルは震える手で鉛色のペンダントを取り出した。

 ホラインは迷いもせずにそれを受け取る。


「あい、わかった。戻ってくるまで死ぬでないぞ」

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