貴人の娘

 それからしばらく歩いていると、娘の足がふらついて、息を切らすようになってきた。中年の女が男に耳打ちし、その後に男がホラインに遠慮がちに言う。


「すみません、娘を少し休ませたく思います」

「ああ、構わぬよ。車に乗せて休ませるが良い」

「あの……それはさすがに」

「何だ、どういうつもりだったのだ?」

「足を止めて休ませようと……」

「気にするな。娘一人、荷物の内に入らぬよ。何なら三人乗っても良い」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 そう言い切るホラインに、中年の男女は重ねて感謝した。


 ホラインが馬車を止めると、男女は娘を車に乗せる。

 娘は車に山と積まれた布の上に座り込む。ピンと背筋を伸ばしており、決して寝転ばない。

 楽な姿勢で良かろうとホラインは思うのだが、そうはしないところを見るに、やはり普通の村娘ではないと感じる。貴人に嫁ぐためだけに、ここまで隙を見せないことがあるだろうか。元が普通の娘なら、どこかでボロが出るはずだ。

 中年の男女の様子も何かおかしい。

 ホラインは三人は一家ではなく、貴人の娘とその従者だと予想した。


 だからと言って、ホラインの何が変わるわけでもない。ただ無事に送り届けるだけである。



 やがて一行はカイエの村に到着した。

 ホラインは男に問う。


「それで子爵の屋敷はどこだ?」

「いえ、ここまでで十分でございます。助かりました。どうかこれをお納めください」


 男は金を払おうとしたが、車から降りた娘が小声で彼に待ったをかける。そのやり取りはひそひそ話で、ホラインには聞こえない。なかなか話がまとまらないのか、しばらく二人で言い合っている。中年の女も見かねて話し合いに加わった。

 どうしたのかとホラインが不審の目で見ていると、やっと結論が出たのだろうか、男が振り向き、依頼した。


「すみません。もう少しだけ、お力をいただけませんか」

「ああ、構わぬよ」


 ホラインは快諾する。



 そして男の案内で車を引いて、村一番の屋敷まで来た。

 その屋敷、屋根こそ高くはないものの、広さだけなら並の家の十倍はある。どうも子爵の別荘を村長が預る形になっているらしい。

 屋敷に着くと村長が使用人を連れ、一行を出迎える。村長は娘の前まで進み出て、うやうやしく礼をする。


「お待ちしておりました、ギンビヤ様」


 それに対して娘の方はしとやかにカーテシー。あまりにさまになっている。

 村長がここまで敬意を払うとは、やはり貴人の娘だろうか。あごをさするホラインの目の前で、使用人たちが車から荷を下ろして、屋敷の中に運び込む。

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