貴人の娘
それからしばらく歩いていると、娘の足がふらついて、息を切らすようになってきた。中年の女が男に耳打ちし、その後に男がホラインに遠慮がちに言う。
「すみません、娘を少し休ませたく思います」
「ああ、構わぬよ。車に乗せて休ませるが良い」
「あの……それはさすがに」
「何だ、どういうつもりだったのだ?」
「足を止めて休ませようと……」
「気にするな。娘一人、荷物の内に入らぬよ。何なら三人乗っても良い」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
そう言い切るホラインに、中年の男女は重ねて感謝した。
ホラインが馬車を止めると、男女は娘を車に乗せる。
娘は車に山と積まれた布の上に座り込む。ピンと背筋を伸ばしており、決して寝転ばない。
楽な姿勢で良かろうとホラインは思うのだが、そうはしないところを見るに、やはり普通の村娘ではないと感じる。貴人に嫁ぐためだけに、ここまで隙を見せないことがあるだろうか。元が普通の娘なら、どこかでボロが出るはずだ。
中年の男女の様子も何かおかしい。
ホラインは三人は一家ではなく、貴人の娘とその従者だと予想した。
だからと言って、ホラインの何が変わるわけでもない。ただ無事に送り届けるだけである。
◇
やがて一行はカイエの村に到着した。
ホラインは男に問う。
「それで子爵の屋敷はどこだ?」
「いえ、ここまでで十分でございます。助かりました。どうかこれをお納めください」
男は金を払おうとしたが、車から降りた娘が小声で彼に待ったをかける。そのやり取りはひそひそ話で、ホラインには聞こえない。なかなか話がまとまらないのか、しばらく二人で言い合っている。中年の女も見かねて話し合いに加わった。
どうしたのかとホラインが不審の目で見ていると、やっと結論が出たのだろうか、男が振り向き、依頼した。
「すみません。もう少しだけ、お力をいただけませんか」
「ああ、構わぬよ」
ホラインは快諾する。
◇
そして男の案内で車を引いて、村一番の屋敷まで来た。
その屋敷、屋根こそ高くはないものの、広さだけなら並の家の十倍はある。どうも子爵の別荘を村長が預る形になっているらしい。
屋敷に着くと村長が使用人を連れ、一行を出迎える。村長は娘の前まで進み出て、うやうやしく礼をする。
「お待ちしておりました、ギンビヤ様」
それに対して娘の方はしとやかにカーテシー。あまりに
村長がここまで敬意を払うとは、やはり貴人の娘だろうか。あごをさするホラインの目の前で、使用人たちが車から荷を下ろして、屋敷の中に運び込む。
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