第81話 決闘(3)

「おらぁぁぁぁあああああ―――――――!!!」


咆哮と共に狼の如き勢いで狩人ハンターが地を蹴り上げる。

小刻みな歩調ステップできっちり間合いを管理しながら、先ほどよりも数段警戒心を強めて冒険者へと斬りかかっていった。

さっきは不意を突かれたが、まだ負けたわけじゃない。

そう、ガルバーは恐れが迫ってきている自身の心に喝を入れると、ギラギラと殺気立った目を輝かせてナイフを鋭く差し込んでいく。

だが、いくら気合いを入れても、目の前に立ちはだかる冒険者を捻じ伏せるには程遠かった。


「まだまだ遅いな」

「チッ……クソったれが……!!」


淡々とナイフを受け続けるイツキを見て、ガルバーが焦りを表情に滲ませながら舌打ちをする。

細やかなフェイントも惑わすような歩調ステップも出し惜しみすることなく使っているが、イツキの頑丈な守りをこじ開けるには至らなかった。それどころか、まるで掌で踊らされているような錯覚すら生まれてきている。

じりじりとした焦燥感。その形容しがたい感覚が、それまで猪突猛進だった狼の手足を鈍らせていった。


「ふっ――――――――!!」


ガルバーが途切れなく放つ鋭いナイフの切っ先をそつなく躱しつつ、今度はイツキが反撃に転じた。

反応の速さでは他の追随を許さないアドバンテージを十二分に発揮し、先読みのしづらい狩人歩調ハンターステップの動きに合わせて短剣を差し込んでいく。

理に適ったお手本通りの攻め方だ。


「クソが……ッ!オレより速ぇだと……!?」


一瞬で適応してきた冒険者の動きを見て、途端にガルバーの表情が驚愕と苦々しさに染まった。

狩人ハンターの戦法の強みは不規則な歩調ステップで相手を翻弄する点にあるが、動きを見抜かれてしまえばただ速いだけの小刻みな移動に過ぎない。

獣の狩り同様、先手必勝かつ一撃必殺の戦法なのだ。

しかし、そんなわかりきった弱点をそのまま残しておくわけもなく、狩人ハンターたちは常に癖を知られないよう気を配っていた。勿論ガルバーも手を抜いていたわけではない。

それをたった数回の競り合いだけで見抜くイツキが異常なのだ。


「これでも速さと反応速度には少し自信があってな。並大抵の歩調ステップなら追いつけないことはない」

「どうやらそうみてぇだな………認めるぜ、てめぇは強ぇ」


狩人ハンターが持つ専売特許の戦闘方法を早々に見破られ、ガルバーも思わず諦めるように両手を上げた。

普通の狩人ハンターなら歩調の癖を見抜かれてしまえば打つ手がなくなる。剣士が太刀筋を見抜かれるのと同じようなものだ。それもこちらの攻撃を防ぐだけでなく相手が完全に適応してきたとなれば、無理に攻めに転じれば即カウンターで命を散らすことになる。手練れの狩人ハンターならば、ここでまず間違いなく逃げに徹するだろう。

だが、ここにいるのは異端の狩人ハンターだ。

冒険者相手に逃げる?笑わせんじゃねぇ!!

ガルバーの中に“逃げ”という選択肢はもとより、正面から捻じ伏せる以外の考えは毛頭なかった。


「けどな……オレはまだ負けるつもりはねぇぞッ!!」


ガルバーは不敵な笑みを浮かべると後方へと距離を取りながら、自身の魔力全てを足元へと集中させた。

簡単な話だ。

速度で負けてるならば、もっと速くなればいい。

魔力の集中したガルバーの足首より下が淡く薄緑色に輝き、薄手の狩装束の内側に身に付けていた魔法道具マジックアイテムが起動した。


「ほう……まためずらしいモノを使っているな」


ガルバーの装着している魔法道具マジックアイテムを注視して、イツキが興味深そうに僅かに目を見開いた。

魔力に応じて装着者の走力を劇的に向上させる能力を持つ疾風の靴ゲイルブーツ

骨董品とまでは言わないが、魔法道具マジックアイテム開発の黎明期に造られた最初期の魔法道具マジックアイテムの一つであり、かつて多くの冒険者がこれを手に迷宮ダンジョンへと潜っていった代物だ。


「こいつと出会った時は衝撃的だったぜ……世界には頭のおかしいことを考え付くヤツがいるもんだってなぁ……!!」

「まったく物好きな奴だ……その欠陥品を愛用している輩がまだいたとは驚きだな」

「欠陥品……?ハハッ!たしかにこいつぁ欠陥品だ!じゃじゃ馬みてぇに言うことを聞きやしねぇからな」


疾風の靴ゲイルブーツが今あまり使われていない理由。それは、この薄っぺらい靴が安全性をかなぐり捨てたピーキーな性能をしているからだ。

冒険者向けに造られた魔法道具マジックアイテムの一つであり、仕組みはとても単純な"魔力に応じて風魔法による加速を得られる"というものなのだが、問題はその速度上昇にあった。

とにかく速い。

いや、あまりにも速すぎた。

回路を造り上げた幼少期時代の“エルネストリアの魔術師”レナエルが「お試しの失敗作だった」と口にするほど、当時の常識を覆す劇的な速度上昇を実現していた。

だが、すぐに廃品となると思いきや、『物理的に世界がひっくり返る』『履く前に天に祈りを捧げておけ』『モルモットの気分を味わえる最高の魔法道具マジックアイテム』などなど発売当初から筆舌に尽くし難い評判が話題になり、一部の特殊な性癖を持つ冒険者には大いにウケた……らしい。


「つまり、お前も吹き飛んでいきたいという変わった性癖を持っているわけか……人は見た目によらないな」

「んわけあるかッ!!気持ち悪りぃモグラ共と一緒にすんじゃねぇ!!」


イツキの的外れな分析に、ガルバーが怒り心頭な様子で言い返す。

たしかに疾風の靴ゲイルブーツをまともに扱える者はほとんどいない。そもそも“魔法を手軽に扱えるようにする”という魔法道具マジックアイテムの理念を完全に無視して性能特化にした結果、使うために鍛錬と負荷に耐えうる強靭な肉体が必要になったという頭のネジが宙を舞っているような欠陥品だ。

しかし、性能に関しては一級品。使いこなせば大きな武器になる。それこそ英雄とも肩を並べる速度を手にすることができるほどに。


「ハッ!オレは勝つためにこいつを使ってんだよッ!!!」


ガルバーの脚から強烈な風が巻き起こる。

吹き荒ぶ疾風が周囲の木々を力強く揺らし、大森林の中をさざめきが駆け抜けていった。

魔法嫌いで有名な狩人ハンターという部族の中にあって、力を追い求めるために魔法道具マジックアイテムにも躊躇わず手を出す豪胆さが彼の持つ強さの根源だ。

狩人ハンターの誇りを取り戻すためには手段を選ばず、勝つためには伝統も何もかもを捨てていく。だからこそ、胡散臭い貴族の誘いにも乗ったのだ。

ここで情けなく負けを晒すわけにはいかない。


「どうだ!これで、てめぇよりは速くなっただろうが……!」

「そう思うのなら存分に試せばいい」

「あぁ……言われなくても、てめぇの鬱陶しい態度を心置きなく叩き潰してやるよッ!!」


全速前進、全力全開。

ガルバーは最初から出し惜しみをせずに、魔力の大半を疾風の靴ゲイルブーツに注ぎ込む。

そして、相変わらず無表情なまま悠々と短剣を構える冒険者へ目掛けて、疾風を纏った狼が食らい付くように飛び掛かっていった。

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