第71話 影の者(3)
「貴様らの戯言は聞き飽きた!私は私の成すべきことをさせてもらう!」
イツキたちから距離を取りつつ、黒装束の男が再び影の魔力を纏う。
ビリビリと攻撃的な振動が空気を揺らし、肌を刺す嫌な気配が溢れ出してくる。
目深にかぶったフードで表情を窺い知ることはできないが、激昂していることだけは明らかだった。
「うひゃあ〜!ノッポさんマジギレみたいッスよ!」
「ちっ……!俺はアイドルの良さを語っていただけだぞ。この世の中には短気なヤツが多過ぎる!」
「いやそれ、旦那が言うんスか……?」
これまで散々理不尽なキレ具合を見せてきたイツキに向かって、フィーネが自業自得だと言いたげに呆れた表情をする。
この猪突猛進で自己主張の激しい元勇者に、自分を省みることの大切さを誰か教えてあげて欲しい。
だが、今はそんな問答をしている場合ではなかった。
「貴様ら共々、このまま生きて帰すわけにはいかぬ!私はあの御方の為にも使命を果たさねばならぬのだ!」
黒装束の男は怒気を含んだ声で叫んだ。
先ほどまでの情けない醜態とは打って変わり、その出で立ちからは悪の幹部相応の威圧感と殺気が放たれていた。
いよいよ本気モードというわけだ。
「影たちよ!」
黒装束の男が正面に向けて両手を掲げる。
すると、先ほどイツキに断ち切られた影と新たに湧き出てきた影が空中で組み合わさり、何層もの禍々しい影の壁を作り上げた。
黒半透明の分厚い装甲だ。
生成には黒装束の男自身の魔力のみならず、事前に仕掛けられていた大量の魔力も注ぎ込まれており、正面から破壊するには相当骨が折れそうだ。
「盾か……」
「こりゃまたずいぶん大層な物を用意してたんスねぇ~」
突如現れた影の壁を前に、イツキが逸る足を止め、フィーネが感嘆の声を上げる。
外観を見ただけでよくわかるが、かなりの魔力硬度を誇る影の塊だ。ここまで魔力が凝縮された盾となると、手持ちの短剣では断ち切る前に刃が折れてしまうだろう。
「いくら名も無き冒険者が相手とはいえ、常に奥の手は取っておくものだ。そして、貴様らはここで息絶える」
突破する手段を持たないイツキの様子を見て、黒装束の男はフードの奥でニヤリと笑みを浮かべる。
そして、杖を手に取ると、美しい祝詞の詠唱をはじめた。
「【天を仰ぎ、地を這え。暗黒の定めは
完全詠唱魔法。それも相当大規模な代物だ。
その狙いは……イツキだけでなく、
いくら大規模な魔法であっても、無類の強さを見せたイツキを仕留め切れる可能性が低いと踏んでの選択だろう。
この拠点が崩れれば、中にいる
「それで旦那、どうするんスか?このままだと皆で仲良く生き埋めッスよ?」
「くっ……!あいつにもアイドルの素晴らしさを知ってもらいたかったのだが、これはやむを得ないな」
「この状況でまだ説得できると思うのはポジティブ過ぎでは??」
命の危険よりも新たな同志を確保できなかったことを悔やむ元勇者。
この状況でそんなことを気にするあたりがイツキらしいと言えばイツキらしいが、今度ばかりは悠長と言わざるを得ないだろう。
そして、そうこうしているうちにも黒装束の男が着々と詠唱を完成させていく。
「【唸れ、吠えろ。深淵の闇夜よ。この世界の理を超え、顕現せよ】」
禍々しい漆黒の魔力が、黒装束の男の周囲を駆け上がっていく。
仮借なしの全力だ。手加減をしている素振りは一切見えない。
この完全詠唱魔法に対しては同じ魔力をぶつけて相殺することも可能だが、それだと魔法の衝突の衝撃で周囲が吹き飛ぶことになるため結局意味がない。
つまり、黒装束の男は本気で拠点にいる
「まさか味方も巻き込むとは大した判断だ」
イツキが皮肉を込めて吐き捨てた。
狩人(ハンター)に同情するつもりはないが、レーベン伯爵側にとって
そして、それに巻き込まれたイツキたちも八方塞がりというわけだ。
「う~ん……これはノッポさん、全部吹き飛ばしちゃいそうッスね~」
「………仕方ない。あれをやるか」
イツキは面倒くさそうにつぶやくと、影の盾に向かって駆け出していった。
脱兎のごとく逃げ出すのも一手ではあるが、ここで有力な情報を捨てるのは不味い予感がする。
ただの勘だが、この機会(チャンス)を逃すわけにはいかないと元勇者の本能が察知していた。
「――――――――【エド・シーエンス・シャドウ】!!」
そして、詠唱が完成する。
空間が軋むほどの魔力が杖の切っ先に集中し、今まさに放たれようとしていた。
そして、黒装束の男は疾駆してくるイツキを見て、勝ち誇ったように杖を振り上げた。
「今さら何をしようが無駄だ!!消し飛べ―――――――ッ!!」
漆黒の魔力の奔流が全てを飲み込まんと顎を開く。
それは“蛇”だった。
小さく鋭い毒牙を携え、幾条もの帯となった蛇の大群が見境なく空間を侵食していった。そして、この無情なまでの力を前に、頑丈な岩石もたちどころに砕かれていく。
だが、蛇の大群が壁を食い破るよりも早く、イツキは鉄壁の影の盾を前にして、大きく円を描くように短剣を振るった。
「【
キーン…と耳鳴りのような音が響く。
その直後、影の盾と影の蛇の大群が丸ごと消え失せた。
いや、無音の波が黒装束の男の放った魔法を根こそぎ削り取ったのだ。
綺麗さっぱり。跡形もなく。
「んな……っ?!魔法無効化
黒装束の男が目の前で起こった現象に向けて驚愕の声を上げた。
魔法無効化
その名の通り魔法を無効化する
これを自在に扱えるレベルになれば、一流の使い手として各国の英雄になれるような代物でもある。
「悪いがお前の魔法は消させてもらった。奥の手は取っておくものらしいからな。さて、これで少しは大人しくなるか?」
イツキは驕ることもなく、ただ淡々と黒装束の男の前に立ちはだかった。
これ以上の抵抗は許さない、と圧を掛けるように。
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