第51話 おてんば娘(3)

「ほんと……何であんたなんかに……!」

「つべこべ言うな。さっさと処置を終わらせるぞ」


イツキはぶつくさと文句を言っているメイナを医務室のベッドに寝かせた。

ほとんどの人が出払ってしまっているレイルラン劇場に医者などという頼れる者はいないため、怪我をしたのなら自分たちで治すしかない。

この世界での治療方法は、主に二つ。

まず一つがポーションやエリクサーといった治療薬を用いての治療だ。

とてもお手軽かつ馴染み深い方法で、薬を飲むか患部にかけるだけの超簡単な治し方になる。一部を除いて副作用もなければ、瓶に詰めて持ち運びもできるという万能ぶりを誇る。現代に持ち帰れば革命レベルの大発明だが、この世界では一般家庭でも使われる庶民的なものだ。

ただし、安価な治療薬だと傷の治りが遅いことが欠点として挙げられる上に、即効性の高いエリクサー等は異様に高価で、上級ダンジョンに潜るような冒険者ぐらいしか持ち合わせていない。もちろんイツキもこの程度の怪我に使う気は毛頭なかった。


「手持ちのポーションだと治りが遅いからな。別の手を使う」

「え……?あんた、“治癒魔法”も使えるの?」

「一応ダンジョンに取り残された時のためにな。だが、期待はするなよ」


そして、もう一つの方法がメイナの言っている治癒魔法を用いての治療だ。

その名の通り魔法を使って傷の手当てをするのだが、患部を直接治癒するため、とにかく傷の治りが早い。

だが、適当にぶっ放していい普通の魔法とは勝手が違う。人体に直接魔力を流し込むことになるため、とても繊細な魔力操作が問われることになるのだ。

その異様な難易度の高さから、他の魔法とは一線を画した別の魔法として扱われることもしばしばあるという。そのため、治癒魔法を修得している者は非常に少なく、この異世界においても医者は希少な存在となっていた。

はっきり言ってイツキも使いたくはないのだが、今は他に手がないのだから仕方がない。


「痛っ……!もうちょっと優しくできないわけ!?」

「治癒魔法は得意じゃないんだ。これぐらい我慢しろ」


イツキは戦場での応急処置の記憶を頼りに、見よう見まねで治癒魔法を発現させていた。

とにかくぶっつけ本番だ。前線フロントで戦ってばかりいたイツキはほとんど使うことがなかったため、仕組みはわかっていても加減は全く知らない。

右手に溢れる温かな白光を腫れ上がっているメイナの足首に近づけながら、微細な魔力操作に神経を尖らせていた。

けれど、こちらは魔力操作ならお手の物の元勇者。すぐにコツを掴むと、文句ばかりのメイナが息を呑むほど丁寧に魔法を操ってみせた。


「……………よし、こんなものだろう。あとは安静にしておけ」


メイナの足首に優しく包帯を巻くと、イツキは颯爽と立ち上がった。完治まではいかなかったが、少しすれば痛みも引いて自由に歩けるようになるだろう。

予想よりは簡単だったな、とイツキは片付けをしながら自分の能力を推し量るように思った。

すると、その丁寧で手早い治療に呆気に取られていたメイナが我に返る。


「あ、えっと、その……ありがと……」

「礼を言われる筋合いはない。こんな子守でも仕事だからな」

「こも……っ?!メイはそこまで子供じゃない!!」


イツキの軽い皮肉が癇に障ったのか、メイナがベッドの上から体を起こしてキッと睨みつけてくる。

地雷爆発。ついさっきまで鎮火しつつあったメイナの怒りの炎が、その不用意な一言で再び燦然と燃えはじめた。

「やれやれまたか……」とイツキは頭を抱えたくなる気持ちを抑え、あくまでも冷静に言葉を選んだ。


「俺から見れば大差ない、というだけだ」

「でも、要はメイのことを子供だって言ってるんでしょ…?!」


鎮火させるどころか、火に油を注いでしまったようだ。子供扱いされたことがよっぽど腹立たしかったようで、メイナはイツキの言葉に一切耳を傾けようとしない。

多感な年頃だとわかっていたが、どうにもメイナとは相性が悪いらしい。さすがにこう何度も突っかかって来られるとこちらの身が持たないな。

理由は明確だ。いくら鈍感なイツキにも心当たりはすぐに見つかった。


「はぁ………なぜ俺をここまで目の敵にするんだ。朝のあれを気にしているのか?たしかに俺の方も配慮が欠けていたとはいえ、あれは不可抗力だろう」

「それは……っ!そうだけど……。そうね、メイもちょっと大人気なかったとは思うわよ」


めずらしくメイナが聞き分けよく反省を口にした。

ようやく自分の厄介さに気付いたか、とイツキが胸を撫で下ろしたのもつかの間、直後にメイナはあっけらかんと言ってのけた。


「でも、イライラするんだからしょうがないじゃない」

「とんでもない暴論だな」


滅茶苦茶すぎる。

まともに取り合っていたら埒が明かない、と改めてイツキはこの小人族レプラカーンの少女の稚拙さに頭が痛くなった。舞台ステージ上であれだけ見事な演技を披露していたのが嘘のようだ。

イツキは再び痛み出した頭を抑えながら、付き合いきれないとばかりに背を向けた。


「まあいい、俺は戻る」

「あ……!ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「なんだ、まだ言い足りないことがあるのか?俺はお前のサンドバッグじゃないんだが……」


焦った様子のメイナに呼び止められ、イツキは苦虫を噛み潰したような表情で振り返った。

この場面で何かあるとしたら、どう考えても悪い可能性しか考えられない。少なくともこれまでの経験上では良い事があった試しがない。そして、元勇者の勘が脳内の警鐘をこれでもかと叩きまくっていた。

だが、やる気ゼロのイツキとは正反対に、こき使える駒が手に入ったメイナはしたり顔でふんぞり返っていた。


「ふふん!暇で暇で仕方のないあんたに、とっても名誉な仕事をさせてあげる」

「そうか、それは凄いな。だが、あいにく俺はしがない冒険者だ。名誉などという大それた勲章とは無縁の若輩者に過ぎない。それほど素晴らしい仕事なら、俺以外のヤツに頼むんだな」

「あ、いや、ちょっと待ちなさい!本当にお願いがあるのよ!」

「………………なんだ?」


イツキは適当に言葉を並べて退散しようとしたが、見事に失敗する。

やりたい放題のメイナもメイナだが、この元勇者のスルー能力スキル精度クオリティーの低さも大概だろう。

イツキとしてはメイナにどう思われようと知ったことではないが、相手は一応依頼主であるうえに、万が一アンネに告げ口でもされたら立つ瀬がなくなってしまう。それだけは避けねばならない。

そして、諦めに諦めを重ねた元勇者が用件を聞くと、メイナはもじもじと恥ずかしそうに言葉を濁しながら答えた。


「その、メイを控え室に連れてってくれない?着替えたいの」

「……………………………………」

「ちょっと!露骨に嫌そうな顔するんじゃないわよ!」


ただでさえ低かった期待値の遥か下。それと共にイツキのやる気も地面にめり込むほど急降下していった。

開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。これが漫画だったらイツキの目からは光が完全に消え去っているだろう。


「これのどこが“名誉な仕事”なんだ。子守そのものだろう」

「メイだって頼みたくないわよ!でも、しょうがないじゃない。傷が悪化したら皆に顔向けできないし、いま頼めるのがあんたしかいないんだから!わかったら、つべこべ言わずに連れていきなさい!」


世間から横暴だと言われているような王女様でも、ここまで我が儘で子供じみた頼み事はしないだろう。

だが、冒険者イツキにとって依頼主メイナは絶対だ。

そして、イツキの目的を達成するためにも、ここは心を無にして乗り越えるしか選択肢がない。

イツキは諦めたように肩を落とし、お姫様メイナの我が儘を受け入れたのだった。

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