サル ~after the MOMOTARO~

ユーリ・トヨタ

サル ~after the MOMOTARO~



 サルはようやくここまで来たと考えていた。いまを盛りと咲く桜の前で決意を新たにする。


 かつての主人であった桃太郎を倒す、そう心に決めてからそろそろ一年。ようやく雌伏の時は終わろうとしていた。


 元気だった爺さんも、気の優しかった婆さんももうこの世にはいない。それどころか、一緒にオニと戦ったイヌもキジも、桃太郎の粛正によって消されていた。


――狡兎死こうとしして走狗烹そうくにらる


 そんなことわざを思い出す度にサルの目に涙が浮かぶ。


 結局我らは何を信じれば良かったのか。我らに人を見る目がなかったといえばそれまでとはいえ、桃太郎の狡猾さは人間業とは思えなかった。鬼畜にも劣るとはまさにこのことだった。


 まず、オニのことだ。


 オニとはなんだ、あの者たちは本当にオニだったのか。


 だいたいオニが悪さをしていた証拠は桃太郎が持ってきた情報ではなかったのか。


 誰がそれを確かめた? 誰も確かめてなどはいない。桃太郎自身が「オニを成敗すべし」と言ったのだ。


 鬼ヶ島に住むオニが人々から奪った財宝を隠しているという話。その財宝で豪勢な暮らしをしているという話。


 それは、あんな辺鄙な島で豪勢な暮らしなどできるはずが無い、他から奪ったに違いない、という村人たちの思い込みではなかったのか。


 オニたちは必死で戦った。


 今から考えれば自分たちの住処を襲われたのだ、自衛のために抵抗するのは当然のことではなかったか。


 桃太郎は言った「オニを許すべからず」と、「オニどもの言うことを聞くべからず」と。血気にはやった我らは「オニを許すべからず」と桃太郎の言いなりになった。


 我らは善でオニは悪、毎晩の作戦会議で我らは桃太郎にマインドコントロールされていたのではなかったか。




 ――キビダンゴ


 あれが怪しいと思いついたのはオニを討ち果たし、帰還をしたあとだった。


 はじめは目的を果たした後にくる虚脱感だと思っていた。しかし妙に気分が沈む。あのオニを撃つ前の高揚感、桃太郎を主人と決めたときの燃え上がるような気持ちが失せていた。


 そしてあのキビダンゴが食べたくて食べたくて仕方がなかったのだ。桃太郎はオニから奪った金銀財宝で優雅に暮らしており、すでにキビダンゴなどを食わずに輝くような白い飯を食っていた。


 村人たちもそのおこぼれに預かり村は一気に裕福になっている。誰もキビダンゴなどには見向きもしなくなっていた。


 ある日サルは桃太郎に言った、キビダンゴがもう一度食べたいと。


 サルはその時の桃太郎の顔を思い出すと今でも震えが来る。冷酷な、そして何かの悪事に気づかれたかのような桃太郎の目。


 それは既に仲間を見る目ではなかった。


 頭のいいサルである。これはまずいと思った。このことに触れてはならぬ、どうやらキビダンゴのことは自らで解決せねばならぬと思った。


 ところが――である。


 まずはじめに犠牲になったのはキジだった。


 キジはサルほどには頭が良くない。キビダンゴが食べたいと何度も桃太郎にねだったのだ。


 桃太郎はあの冷たい目をしながら「キビダンゴより米のほうが良かろう」とキジに言ったのだが、キジはキビダンゴの禁断症状に勝てなかった。「キビダンゴをくれ、キビダンゴをくれ!」そう言って飛び回るキジを見ながらサルは「危ない」と直感で思っていた。


 キジが粛正されたのはそのしばらくあとだった。


 理由は『オニの子供を見逃した罪』だった。確かにキジはオニの子供を見逃していた。親兄弟を皆殺しにされた幼子を不憫に思ったのだろう、オニの幼子を舟に乗せて逃がしてやった。サルは見て見ぬふりをしたが、いったい桃太郎はどこでそれを見ていたのか。


 キジは鍋になった。


 キジの罪状が書かれた立て看板が掲げられ、村人たちにはキジ鍋が振る舞われた。村人たちはなにも疑うこと無くキジ鍋を食べる。


「サルは鍋を食わんのか」


 キジ鍋の茶碗を持ったままのサルに向かって桃太郎が言う。あの冷酷な、サルを疑うような目で。恐ろしくなったサルは僚友だったキジの鍋を一気に食い、そして涙をこらえたのだった。



 イヌがやられたのはその一月後だった。


 イヌは桃太郎に一番忠実だったので「キビダンゴをくれ」とは言わなかった。ただじっとキビダンゴを待っていた。


 しかし辛抱たまらなくなったのだろう、桃太郎がキビダンゴを入れるために使っていた袋を探し当てた。イヌの嗅覚は鋭い。桃太郎が村の女を侍らせて酒を飲んでいる夜に探し、そして見つけた。


 何度も何度も麻の袋をなめ続けるイヌ。物陰からその様子を見つけたサルは生唾を飲み込む。「自分もアノ袋をなめたい」、そう思ったものの、桃太郎の冷たい目を思い出してすんでのところで踏みとどまった。


 翌朝、イヌへの折檻が始まった。


 「ワシの麻袋を舐めたか!」、桃太郎の顔はオニのように真っ赤になり、イヌは竹で殴打を受ける。ついに認めたイヌはそのまま桃太郎に手打ちにされた。サルは恐怖で何もいえず、桃太郎の横で平伏するしかなかった。


 イヌも鍋にされた。


 さすがに今度は村人たちも二の足を踏む。しかし――


「ワシの振る舞いを受けぬヤツがおるのかのう」


 既に桃太郎は恐怖によって村を支配しようとしていた。なにしろ桃太郎に勝てるヤツは一人もいない。


 イヌ、サル、キジ、その三匹が集まっても恐らく負ける。一匹だけになったサルに反抗できようはずもなかった。


 サルはイヌの鍋を食い、そして山に行き穴を掘りその場で吐いた。小さな石を積み上げて墓を作る。この時サルは確信した。キビダンゴには何か桃太郎にとって不都合な真実が隠されているのだと。


 桃太郎の恐怖政治は村を完全に覆っていった。「オニを討ち果たしたのは誰か、いまの裕福な生活が出来るのは誰のお陰か」と桃太郎は人々に恩を売り、それで従わぬ者には力でねじ伏せた。


 村の支配者となった桃太郎にモノを言える人はもう二人しかいなかった。爺さんと、婆さんである。当初は桃太郎も爺さん婆さんの言うことには渋々と従っていた。しかし数ヶ月もすると、もう意見を聞き入れようとしなかった。


 爺さんが行方不明となったのは突然のことだった。


 山へ芝刈りに行くと言って出て行ったきり、帰って来なかった。しかしサルは見ていた。爺さんが山へ行った数分後に密かに桃太郎が後をつけて行ったことを。


 その夜、サルは布団の中で震えた。もう逃げ出したかった、でも逃げ出せば間違いなく桃太郎に粛正される。サルに出来ることは桃太郎に服従しつづけ、桃太郎に睨まれることなく暮らすことだった。


 やがて、爺さんの行方不明も人の話題から消えた頃、サルは婆さんに呼ばれた。こころ優しい婆さんはサルの毛繕いをしながら小さな声で呟いた。


「鬼ヶ島に行く前に、桃太郎にケシの実を集めるように頼まれてなあ……」


「ケシの実?」


 サルは毛繕いをされながら問い返す。


「なんでもオニたちを倒すのにいると言うて、麻袋に三つも取らされてのう」


 ケシの実だけを麻袋に三つも。それもオニ退治に必要だと。


 しかしサルはそんなものをオニ退治の途中に見たことが無かった。いや、桃太郎に会ったときにはすでにそんなモノは持っていなかった。桃太郎はケシの実をどうしたのだろうか。サルは嫌な予感がした。


――そのときである。


「婆さん、茶を頼む」


 ぞわりとした声が障子の向こう側から聞こえた。桃太郎の声だった。毛繕いをされていたサルは総毛立つ。


「はいよ、桃太郎」


 普段通りに婆さんは立ち上がり、お茶の準備をはじめる。が、チラリとサルを見るその目には諦めの表情が見て取れた。やがてお茶の準備が整った婆さんが部屋を出るとき、婆さんはサルにそっと紙袋を二つ手渡した。無言で、何事かを訴えるように。


 婆さんが急死したのはその夜のことだった。


 何者かに首を絞められて朝には冷たくなっていた。犯人は桃太郎だと薄々村人は気づきはじめていたけれど、もう誰も声を上げるものはいなかった。桃太郎の恐怖による支配はここに完成していた。


 婆さんからもらった二つの小袋。婆さんが死んだ夜にサルは開けてみた。開けてみると二つとも何かの粉が入っていた。一つの袋には「くるいくすり」、もう一つの袋には「どく」と書いてあった。


「くるいくすり、どく……」


 サルは二匹のネズミを捕まえて、それぞれ少量を与えた。すると一方は泡を吹いて死に、もう一方は狂ったように動いたかと思うとぐったりし、また狂ったように動くという不思議な行動をとった。


 その動きにサルはあることを思い出す。あのオニを撃つ前の高揚感、桃太郎と旅をしたときの期待感、そしてオニと戦っている時に感じた異様な達成感。それらがまさか薬物によるものだったとしたら……。


「まさか、キビダンゴに?」


 その夜。サルは一人で泣いた。そしてきっと敵を討つと誓った。


 敵とはすなわち既に桃太郎のことだった。


 それ以来、表舞台のサルは桃太郎の機嫌取りに躍起になった。桃太郎に言われて村人たちに嫌われるような汚れ役も必死にこなした。


 村人にイタズラをしろと言われれば家の前で糞をし、笑いものになれと言われれば、可笑しげな踊りも踊った。仮面をつけて踊るサルは泣いていた。イヌ、キジ、爺さん、婆さん、いまに見ていてくれ、そして見守っていてくれと泣いていた。


 やがて、村にはまた春が来た。


 桃太郎も我が世の春を謳歌し、そろそろ隙も生まれてきていた。サルは完全に桃太郎を油断させることに成功していた。いよいよだとサルは思った。


 桃太郎は酒と女が大好物になっていた。季節は春。サルはひとつの提案を桃太郎にする。女を侍らせて花見をしてはどうかと。すっかりサルを舐めきっていた桃太郎はその準備をサルに任せた。サルは何食わぬ顔で村人から綺麗な女を選び、花見の準備を始めた。


 桃太郎はサルを舐めきっていたものの、狡猾にも用心は忘れなかった。自分が食べるものには必ずサルに毒味をさせていた。


 花見の席でもそれは同じで、飲み物も食べ物も必ずサルに毒味をさせた。サルはすべての毒味をして桃太郎を安心させ、宴は順調に進んだ。やがてサルは、飲み比べをいたしましょう、と桃太郎を誘う。いい加減にできあがっていた桃太郎は鷹揚にサルとの勝負を受けた。


 このとき桃太郎は気づいていなかった、桃太郎の飲んだ酒にも、サルが飲んだ酒にも、そして女が飲んだ酒にも「くるいくすり」が入っていたのだった。入れたのはもちろんサル。飲むほどに高まる異様な高揚感をサルは可能な限りの理性で抑えていた。


「それではどちらが早く飲めるか、早飲み競争といたしましょう」


 サルはパンパンと手を叩き、桃太郎の前には金の大盃を、サルの前には銀の大盃を女に置かせた。二つともオニから奪ったものだ。早飲みように準備した酒器にはすでに「どく」が入っていた。


「ではまず、このサルが毒味を……」


 なみなみと注がれた酒に口をつけ、毒味をするサル。舌をつけただけでは効かぬほどには薄めたつもりだったが、サルにとってはここからが賭けだった。


「桃太郎様、最高の酒ですぞ。では参りましょうぞ!」


 くるいくすりの効果もあってか、桃太郎は疑う様子もなく大盃を手に取った。


「いざ、勝負」


「うむ!」


 桃太郎とサルの早飲み競争が始まる。


 女たちも飲んだくるいくすりの効果か、元はオニから奪った豪華な着物をはだけ半裸になりながら場を盛り上げる。


 桃太郎は一気に飲んだ後、カッと目を見開いたかと思うと後ろ向きにドウッと倒れた。


 サルは意識を失うまでの一瞬に、これでようやく終わったと涙を流し、その一生を終えたのだった。


< サル ~after the MOMOTARO~ おわり >

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