第30話

紫は透真の働いているバーに来ていた。


仕事が終わる前に透真から紫の携帯に着信があり、終業後に折り返したことで、透真からすみれの働く花屋に女が来たことを聞いた。


紫はすぐに健吾に連絡し、健吾の仕事が終わった後に透真の働くバーで待ち合わることにした。


紫は健吾より先にバーに来て、カウンター席でビールを飲んでいる。


「紫、何か食べる?お腹空いてない?」


夜の7時。


店に来てからビールしか頼んでいない紫に透真は聞いた。


「ありがと。健吾が来てから考える。すみれ大丈夫かな?」


透真はさっき花屋で見たことを紫に話していた。


「ノア、健吾にすみれに会ってたこと、言うんでしょ?大丈夫なの?」


透真は紫と健吾に自分がすみれに会っていることを言っていなかった。


健吾にはすみれに関わるなと言われていたが、今回のことで健吾を本当に怒らせるかもしれない、バンドも解散するかもしれないと覚悟している。


それでも透真はすみれの事が気になり、何かあった時は支えになりたいと考えていた。


「怒られるかもね。でも、俺やっぱすみれさんのこと気になるんだよね。」


透真は切なそうに笑いながら紫に言った。


紫と透真が話していると、バーのドアが開いて、健吾が入ってきた。


「いらっしゃいませ。」


他の客の手前、透真は店に入ってきた健吾に他の客と同じように声をかけた。


「悪いな、遅くなって。ノア、俺にもビール」


健吾は紫に声をかけ、紫の隣に座って透真にオーダーした。


「大丈夫、後はお父さんに任せてきたの?」


「ああ。今日はそんなに忙しくなかったし。」


程なくして健吾の前にビールが置かれた。


「ノア、この前は悪かったな。すみれのこと。」


健吾が先に透真に謝ったことで、透真と紫は意表を突かれたように驚いた。


「俺も、黙っててごめん。でも・・・」


透真は健吾に自分の気持ちを言おうとしたが、健吾に遮られた。


「お前、店の中だろ、その話はまた後で。それより紫、さっきの話。」


健吾の言葉に透真は自分が今勤務中であることを思い出した。


紫と健吾は2人で話しだした。


透真は2人の前に立ちカウンター越しに話を聞いていた。


「悠一郎さんの、浮気相手?みたいなのが花屋に来たんだって。でも、店長さんに帰るよう言われて、ノアも詳しい話を聞けなかったんだって。」


紫は透真から聞いた話を大まかに伝えた。


「紫、驚かないの?」


「まあね。全く驚かないってわけじゃないんだけど、何となく想定内というか・・・」


「どういうこと?」


健吾はけ怪訝な顔をして紫に聞いた。


透真は2人の前に立ち、表情を変えずにグラスを磨きながら紫と健吾の話を聞いていた。


「あの2人、レスなのよ。」


「はっ?」


「セックスレス」


「いつから・・・いや、俺が聞いちゃいけないんじゃ・・・」


健吾は激しく動揺した。


「ずっとよ。」


「ずっとって?」


紫と健吾の会話に透真も驚き、グラスを磨く手が止まり、顔を上げて紫の顔を見た。


「あの2人、1回もないの。結婚前も、結婚してからも。すみれはあんまり気にしてないようだったけど、私はちょっと気になってた。悠一郎さんに何かあるのかなって。」


「・・・・・・」


健吾は紫になにも言葉を返すことができなかった。

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