第25話

悠一郎はその美紅の言葉に甘え、その後も二人は何度か一緒に過ごした。


美紅は自分の想いが通じた事が幸せで、悠一郎と一緒にいられるだけで幸せだった。


悠一郎に重い女ってだと思われたくなくて、嫌われないようにするのに必死だった。


悠一郎のことはとても好きだったが、悠一郎と関係を持ってから、彼が結婚している割には、美紅への接し方がぎこちなかったことに少し違和感を抱いた。 


美紅は悠一郎に今までの女性関係について聞いてみようかと考えてもみた。


だけど面倒な女だ、失礼な女だと思われるのが嫌だったし、悠一郎の口から結婚生活や、妻のすみれのことを聞くのはもっと嫌だったので何も聞かなかった。


悠一郎にとっても美紅は余計なことは何も聞いてこないし、仕事は仕事できちんと切り替えて接してきていたので、都合が良かった。


美紅が悠一郎の家庭を壊すつもりはないと言ったことに悠一郎は安心し、二人の関係は数ヶ月続いた。


お互い割り切った関係だと思っていたが、美紅は妊娠してしまった。


「それで、彼は・・・夫は何と言ってるんですか?」


すみれは美紅の話を静かに聞き、話が途切れたところで美紅に聞いた。


「いえ、麻生さんにはまだ言ってません。」


すみれは美紅の言葉に耳を疑った。


「何も言ってないって、じゃあ、どうしてこの店に来たんですか?私にどうしてほしいんですか?」


すみれは少し声を荒げ、矢継ぎ早に美紅に質問した。


「できれば・・・奥様の方から別れていただきたいのですが。」


この女は何を言っているのだと、すみれは自分の耳を疑った。


美紅は続けて言った。


「彼のこと、愛してないですよね?」


すみれは美紅の言葉にカッとなった。


自分の夫の事を「彼」と言う美紅に腹が立ったと同時に、目の前にいる女に自分の心を見透かされているような気がした。


「そんなこと・・・ありません。」


すみれは平静を装って美紅にそう返すのが精一杯だった。


「どうして?どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」


美紅は少し声を荒げてすみれに言った。


「私のこと、憎くないんですか?」


美紅は自分のことを冷めた目で見ているすみれに、苛立った。


「あなたは、私が泣いて怒ったら満足するんですか?悠一郎さんとは別れるつもりはありません、彼を愛してるって言えば、納得するんですか?」


美紅はいつのまにか泣き出していた。


美紅はすみれの言葉に首を横に振り、持っていたハンカチで涙を拭った。


「ごめんなさい。今日はもう帰ってもらえます?私もあなたも冷静に話せる状態じゃないし。」


すみれは美紅に冷たく言い放った。


美紅は何も言わず立ち上がり、無言で店を出て行った。


美紅が花屋に来てから、幸い客は一人も来店せず、すみれと美紅のやり取りは、店長以外の誰にも見られることはなかった。


「泣きたいのはこっちだよ・・・」 


美紅が花屋を出て行った後、椅子に座ったままのすみれは、両膝を抱えるようにして顔を隠し、静かに泣いた。


すみれはしばらく椅子の上で膝を抱えて動かなかった。


声を抑えて静かに泣くすみれの姿を、花屋の店長は少し離れたところから見ていた。


すみれの気持ちが落ち着き、顔を上げ手のひらで頬の涙を拭う姿を見て店長はすみれに声をかけた。


「すみれちゃん、大丈夫?一人で帰れる?」


心配そうに声をかける店長に、これ以上迷惑はかけられないと思い、すみれは気丈に振る舞った。


「大丈夫です。っていうか、聞こえてました?・・・よね。すみません・・・」


少し無理をして明るく言うすみれに、店長は小さくため息をついて美紅が座っていた椅子に腰を下ろした。


「まあね。全部じゃないけど、だいたいの察しはつくよ。」


そう言って長い脚を組みながらすみれの顔を見た。


「まずは・・・ちゃんと旦那さんと向き合わなきゃね。すみれちゃん自身の為に。困った事があったら、何でも相談してくれて良いし、家に居たくなければうちに泊まって良いからね。」 


店長は優しくそう言って立ち上がり、すみれの頭を軽く撫でて店の方に戻っていった。


すみれは店長の大きくて温かな手に勇気づけられた。


悠一郎と向き合わなければ、今まで逃げていたことからもきちんと話し合わなければならない、すみれはそう考えるようになっていた。

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