第20話

花屋に来る客は大きなブーケを買って行ったり、切り花を数本買って行ったりと様々だった。


すみれが笑顔で働く姿は、透真の目にはとても美しく映り、一人で黙って待っていても、すみれを見ているだけで全く退屈しなかった。


店から透真以外の客がいなくなり、接客後の細々とした片付けを済ますと、すみれは透真の元に戻って来た。


「オレ、邪魔じゃない?」


「全然。」


すみれは透真の心配をよそに、手を動かしながら透真との会話を楽しんだ。


「ねえ、ノアくん。今日ってバーの仕事あるの?」


すみれは小さなブーケを作りながら透真に聞いた。


「うん。この後出勤するよ。今日、店来る?」 


透真はすみれがバーに来てくれるのかとと思い、少し嬉しそうに返事した。


「ごめん。今日は行けないんだ。予定があって。私もうすぐ仕事終わるから一緒に出よっか?間に合う?」


すみれの返事に透真は少しがっかりし、『予定』って何だよと思った。


小さなブーケを一つと器に生けられたアレンジメントフラワーを作り終えたすみれは、それらを別々の袋に入れてから透真に声をかけた。


「ノアくん、私ちょっと帰る準備してくるね」


そう言ったすみれは、店の奥の事務所に入って行った。


すみれが事務所に入り、入れ違いで店長が店の方に出てきた。


「長い時間お邪魔して、すみませんでした。」


透真は店長に、花屋に長居したことを謝った。


「いやいや、気にしないで。むしろ君が居てくれて良かったよ。ガラガラのお店より、誰かいてる方がお客さんは入りやすいからね。いつでも遊びにきてよ。」


「ありがとうございます」


すみれにも花屋の店長にも自分が好印象を抱いてもらえたことが透真は嬉しかった。


今まであまり人と深く関わろうとしてこなかった透真にとって、今までに感じたことのない温かい気持ちに、自然と笑顔になった。


すみれが帰り仕度を済ませて奥の事務所から出て来ると、さっき作っていた器に活けられたアレンジメントが入った袋を透真に渡した。


透真は注文していない花を渡されて戸惑った。


驚いている透真の顔を見て


「店長からのプレゼント。この前のお礼です。」


驚いている透真の顔を見て、すみれはサプライズが成功し嬉しそうに笑って言った。


袋の中には、黒いシンプルな花器に白と青の花をベースに紫や赤紫などの花がバランス良く配置し生けられていた。


「すげぇ!きれい!ありがとうございます!」


袋の中を見た透真は、思わずお大きな声で言ってしまった。


すみれはもう一つの小さいブーケが入った方の袋を手に取り店長に


「では店長お先に失礼します。予約三件分は作ってケースに入れてます。」


と軽く引き継ぎをして、挨拶をした。


店長も「お疲れ様」と言い、透真とすみれに手を振って見送った。


花屋を出てから透真とすみれは並んで歩き出した。


「ねえ、そっちの花も見せてよ。」


透真はすみれの持っている方の花に興味を持った。


すみれは持っている袋の口を開けて、袋の上から中の花を透真に見せた。


すみれの持っているブーケは、透真の持っているアレンジメントと同じ花を使っているが、花の本数や配色によってガラッと雰囲気が変わり、可愛らしいものに仕上がっていた。


「可愛いね。プレゼント?」


透真はすみれに花をプレゼントしてもらえる『誰か』に軽く嫉妬した。


もしかしたら、旦那かもしれない、それ以外の男かもしれない、と言った黒い気持ちが透真の胸のあたりをチクチクさせた。


「母にね」


透真の問いかけに、すみれは意外な返答をした。


「へっっっっ?お母さん?」


透真はすみれの意外な言葉に間抜けな声を出した。


「うん。今から実家に帰るの。」


透真が気にしたすみれの『予定』が実家に帰ることだったと分かると、透真は急に色々質問した。


実家はどこなのか、どうやって行くのか、どのくらいの頻度で実家に行くのか、いつも花を持って行くのかなど、すみれと別れるまで、色々聞いた。


すみれの『家族』について色々聞いたが、肝心の今の家族である旦那については聞けなかった。


透真はすみれの口から「結婚している」「旦那を愛している」という言葉を聞くのが怖かったのだ。


すみれの実家は花屋から歩いて十五分くらいの住宅街にあり、二人は駅前で別れることにした。


「今日はありがとう。色々話せて良かった。また遊びにきてね。」


「オレの方こそ、花貰っちゃって。ありがとう。」


「ノアくんが紫たちの友達で良かった。また会いたいと思ってたから。・・・じゃあね」


そう言って、すみれは透真と別れた。


透真はすみれの最後の「また会いたかった」と言った言葉が、恋ではなく友情の意味であるとわかってはいたが、嬉しくてたまらなくなった。


透真はバーに向かう道を歩きながら鼻歌を歌い、新しいメロディがどんどん出てくる感覚を思い出した。


思い浮かんだメロディを忘れないように、スマホに録音しながら透真はバーに向かう道を軽やかに歩いた。

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