第12話

「なあ、紫。すみれ、ノアのこと何か言ってた?」


 健吾は居酒屋の四人掛けのテーブル席で自分の隣に座ろうとしている紫に聞いた。


 透真、健吾、紫の三人はライブが終わった後の打ち上げの後、反省会と称して三人で居酒屋に来ていた。


紫はすみれと少しお茶をしにライブハウスを出たが、一時間程ですみれと別れ、再びライブハウスに戻ってきて、健吾と透真と合流した。


ライブが終わった後に、ほかの出演者であるバンドのメンバーや、ライブに来ていた客と打ち上げに行くと、だいたい終電をなくしてしまい、朝までどこかで時間を潰す事になる。


今日のライブも例外ではなく、三人は電車が動き始める時間まで居酒屋で過ごす事になった。


同じように電車が動き始めるまでどこかで時間を潰そうとしている、ライブに来ていた客や知り合いに会うかもしれないという気を遣わなくても良いように、テーブル席がカーテンで仕切られている個室のような落ち着いた雰囲気の居酒屋で、健吾と紫が並んで座り、透真は健吾の前に座った。


三人が席に通され、健吾は腰を下ろしながら隣の紫にすみれと透真の事を聞いた。


 透真は健吾が紫にすみれの事を話題に降った事で、健吾が何を言い出すのかヒヤヒヤした。


「特に何も。ああ、でもノアの声は気に入ってたよ。曲も。また来たいって言ってたよ。」


 紫は透真とすみれの関係を特に気にしてないようで、メニューを手に取り、メニューに目を通しながら答えた。


「そうか。喜んでもらえて何より。ノアと組んでからすみれが来たの初めてだもんな。」


「そうねー。」


紫はメニューから目を離さずに、うんうんと首を縦に動かしながら健吾の話に相槌を打った。


 透真は健吾がどこまで自分とすみれの事に気がついているのか気になって仕方がなかった。


すみれとの事を秘密にするつもりはなかったが、どう説明するのがいいのか、自分の気持ちをどう伝えたらいいのか分からず、迷っていた。


「ノア、すみれと初対面じゃないだろ。」


健吾はタバコに火を点けながら、ストレートに切り出した。


「はあっ?何それ?」


紫は驚いて見ていたメニューから目を離し、透真の方に身を乗り出して聞いた。


「知り合いだったの?すみれそんな事、一言も言わなかったわよ?いつ?いつ知り合ったの?っていうか健吾は何で知ってるのよ?」


 紫は矢継ぎ早に質問し、二人は紫の勢いに圧倒され、少したじろいだ。


「ちょ・・・ちょっと待って紫。そんな急に聞くなって。話すから、ちゃんと話すから。」


 透真は紫を落ち着かせ、先にオーダーしようと提案した。


 健吾が店員を呼び、程なくして店員が三人のオーダーを取りにやってきた。


透真と健吾はハイボールを紫はジンジャーエールを注文し、他にもつまみを少し頼んだ。


「紫、飲まないの?今日全然飲んでないじゃん。」


 透真はいつも打ち上げでは周りに気を遣ってお酒を飲まないが、反省会ではお酒を注文する紫に聞いた。


「明日休み取れなくて、何とか半休にしてもらったの。アルコール残ったらしんどいし、今日はやめとく。」


 紫は透真と健吾のライブの次の日は、休みを取ることが多かった。


「健吾は?明日店出るの?」


 紫は健吾のにも明日の予定を聞いた。


「ああ、普通に出るよ。」


 ちょっとした事で話題が変わり、何も気にせず話している関係が家族のようで、透真はこの空間がとても居心地が良かった。


「そんな事より!ノア!すみれとのこと!」


紫は透真にすみれとのことを聞いてきた。


透真はすみれと本屋で出会った時の事を、紫と健吾に話した。


「本屋でさ、ちょっとアクシデントがあって。その時に彼女がいたんだ。本が落ちてきて・・」


「それだけ?」


紫は少し疑うように透真を睨んで聞いた。


「・・・いや、そのあと昼メシ行った。」


「ふーん。そっか。日向の声のきみはノアだったのか。」


 紫は自分の中で話の辻褄が合い、納得したように呟いた。


「なんだ?日向の声の君って?」


健吾は話に全くついて行けず紫に聞いた。


「ああ、前にね、『日向の声が聞こえた気がした』ってすみれが言ってたの。」


 すみれは本屋で初めて透真に会った日の事を紫に話していた。


何も聞いていなかった健吾に紫は


 『本屋で上から本が落ちてきた時に庇ってくれた人がいて、その人が庇ってくれた時に日向が自分を呼ぶ声が聞こえた』


 と言っていた事を話した。


「そうか。日向の声がね。」


 健吾は何かを思い出すかのように遠くを見ながら煙草の煙を吐き出して言った。


「日向って弟でしょ?すみれ・・・さんの」


「え?ノア、あんた日向の話聞いたの?すみれから?」


 紫はすみれが透真に日向の話をしたのが意外だったようで、畳み掛けるように透真に聞いた。


透真はすみれから日向の話を十年前に事故で亡くしたとだけ聞いていて、それ以外は知らなかったので紫に日向のことを教えてほしいと頼んだ。


 紫は少し困ったような顔をして健吾の方を見た。


「いいんじゃない?ノアなら。すみれも自分で日向のこと話したんだし。」 


と健吾は困った顔をした紫に言った。


紫は透真にすみれの弟、日向のことを話し始めた。

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