第10話

透真は自分の隣でMCをしている健吾の話が全く耳に入っていなかった。


「・・・・ノア?」


 MCが一一段落し、次の曲に進もうとしていたが、すみれの姿を見てぼんやりとしていた透真に健吾が声をかけた。


透真は健吾の声で我に返った。


「ああ、うん・・・大丈夫。」


 透真は何を聞かれたのか全く分からず、適当な返事をした。


「ノアは今日の君たちが可愛いすぎてて見とれてしまったんだって」


 健吾のファンに対するリップサービスに助けられた。


 ステージの前で立って見ている透真と健吾のファンは、健吾のリップサービスにキャアキャア言って喜んだ。


普段の健吾は絶対にリップサービスや社交辞令のようなことは言わない男だが、ステージの上では上手に言葉を選び大人の対応ができる彼を透真は尊敬していた。


 健吾のフォローのおかげでさらに二人のライブは盛り上がった。


「じゃあ次、行こっか。」


 健吾の声で次の曲を演奏し始めた時、透真は再び紫とすみれの方を見た。


 ずっと健吾の方を見ていて、透真のことに気がついていなかったすみれが、健吾のMCでステージの上手に立っているのが透真だと気が付き、驚いた顔をして透真を見ていた。


(気づいてるのか?)


 透真はすみれが自分に気が付かないかもしれないと思っていた。


透真は自分の方を見ているすみれが、本当に自分に気が付いているのか確信が持てなかった。


 すみれが自分に気が付かなければ、ライブが終わってから自分からすみれに声をかけに行き、紫と健吾にも自分とすみれの関係を自分で話すことができるとと思っていた。


 すみれがステージの上にいる透真に気がついたことに、透真は少し嬉しいと思うと同時に、紫に自分の事をどう話すのか気になってしまった。


 出会って二回しか会っていないすみれの事が気になり、すみれのことが好きだと気がついてしまった透真は、出会った時にすみれの弟の話を聞き、弟と重ねて見ているかもしれないと感じていた。


透真はすみれに自分が『弟』のような存在だと、はっきり言われてしまうのではないかと不安になった。


すみれが紫に自分のことを『弟』としてしか見れないと断言されたくないと思った透真は、ステージの上から自分のことを見ているすみれに向かって、自分の人差し指を唇に当てた。


 すみれは隣に座っている紫の方をチラッと見てから、ゆっくりと視線を透真の方に戻し首を縦に動かした。


 透真とすみれのやり取りに紫は全く気が付いていなかったが、透真と同じステージに立っている健吾はアイコンタクトを取っている二人に気付いていた。


 勘のいい健吾は透真とすみれが初対面でないことを察し、透真が好きな女はすみれかもしれないと感じていた。

 

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