第8話

「すみれ!こっちこっち!」


 紫は薄暗いライブハウスの中から、入り口にいるすみれに大きく手を振って呼び寄せた。


「ゆかり〜‼︎お待たせ。まだ始まってない?大丈夫?」


 紫のところまで小走りで駆け寄ってきたきたすみれは、少し上がった息を整えながら紫に聞いた。


「まだ大丈夫よ。ちょうど今からセッティングだし。」


 紫は暗くなったステージの方を見てすみれに言った。


 この日のライブは対バン形式で、ちょうど透真と健吾の前に出ていたバンドが終わったところだった。


「あー良かった。もう終わったかと思ったぁ。」


 間に合わないかもしれないと急いで来たすみれは、安心したように言った。


 すみれと紫は高校生の時からの親友である。


高校に入学してすぐに二人は友達になった。


出席番号順の席で、たまたま席が近かっただけだが、二人はすぐに意気投合した。


 すみれと紫が仲良くなって、高校一年の夏休みに入る前から紫と健吾は付き合い始めた。


 紫は彼氏ができても、友達との時間を大切にする女だった。


 すみれは彼氏である健吾とベッタリ一緒にいるだけではなく、自分のことも大切に思ってくれる気配りができてサッパリとした性格の紫が大好きだった。


 健吾もすみれと仲良くしている紫を大切に思い、すみれ、紫、健吾の三人は高校時代の同じ時間を過ごすことが多かった。


「誘っておいて言うのもなんだけど、悠一郎さん、大丈夫?」


 ライブハウスの客席の後ろの方にある空いたテーブル席に着きながら紫はすみれに聞いた。


「大丈夫。彼、今日からロンドンだし。」


 と、紫の質問にすみれは配られているチラシに目を通しながら答えた。


 紫の言った悠一郎は、すみれの夫、麻生悠一郎である。悠一郎とすみれは二年前に結婚していた。


 すみれの夫、悠一郎は商社に勤めていて、海外出張多くこの日もロンドン出張に出発していた。


「今回の出張は?どれくらい?」


「二週間だって。」


「二週間か・・・長いね。」


日本にいても仕事が忙しく、海外出張の多い夫を持つすみれを紫は心配していた。


すみれと紫が話している間に、ステージのセッティングが終わり、客席が暗くなった。


 客席が暗くなると同時に


「アズー‼︎」


「ノアー‼︎」


 などの女の子の黄色い声が飛び交った。


「まあまあ女の子入ってるじゃん。」


 すみれは紫の耳元で言った。


「うーん。でも今日はいつもより少ないのよ。だからすみれ様に手伝っていただきました。」


 紫は少し残念そうに言い、すみれに向かって神様に拝むように手を合わせた。


 透真と健吾のライブが始まると、すみれはステージの方は見ずに、ライブハウスの入り口で配られたチラシを見ながら二人の演奏する音楽を楽しんだ。

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