第4話

バーカウンターの中に移動しながら、透真はすみれに話しかけた


「この辺、よく来るの?・・・えっと・・・名前、聞いていい?」


「すみれ、麻生すみれです。」


「すみれ・・・さん、ね。」


 普段の透真なら、何のためらいもなく女の名前を呼び捨てにしているが、すみれに馴れ馴れしいと思われたくなくて、取ってつけたように『さん付け』で呼んだ。


「この前と感じが違うけど、仕事帰り?」


「そうなんです。今日はこの近くのお店に配達で・・・」


「花屋さん・・・だったよね?」


「そうです、普段は店長が配達してるんだけど、店長捻挫しちゃって。」


 ちょっとおどけたようにすみれは言った。


「この後、店に戻るの?」


 まだ仕事があるならアルコールは出せないなと透真は思っていた。


「ううん。」


 すみれは伏し目がちに首を横に振り


「直帰していいって言われてる。」


 と言った。


 透真はすみれの少し下を向いた時の控えめな態度に惹かれていた。

『暗い』とは違う、どこか寂しげで儚い姿はとても魅力的に見えた。


「・・・あ・・」


 急に何かを思い出し、すみれは透真の顔を見て言った。


「ちょっと電話を一本かけてきていいですか?」


 何事かと思った透真だったが、そんなことかと思い、クスッと笑って


「他のお客さんいないし、ここでかけていいよ。」


 と、外で電話しようとしていたすみれをに言った。


 すみれは透真に「ありがとう」と言い、バーの店長の方を見て頭を下げてから、電話をかけた。


 電話の相手はすみれが働いている花屋の店長だった。


時々冗談めいた話を交えながらの業務連絡をしているようだった。


「心配しなくて大丈夫ですってば、ちゃんと帰れます。店長明日も朝からセリなんですから、ゆっくり休んでください。はーい。失礼します。」


 電話を切ったすみれは、ふうっと小さなため息をついて


「失礼しました。」


 と、透真に言った。


「どうしたの?大丈夫、大丈夫って言ってたけど。」


「店長、心配性なのよ。迎えに行くー‼︎って言って。」


「あっはっは‼︎」


 思わず透真は笑ってしまった。


「わかるわー。その店長の気持ち。はい、どうぞ。」


 笑って話しながら透真はすみれに一杯のドリンクを差し出した。


「わぁ・・・キレイ・・・」


 綺麗に磨かれたグラスの中で、薄い青紫色の透明な液体が氷と炭酸の気泡でキラキラと輝いていた。


「いただきます。」


 すみれは透真が作ったドリンクを一口飲み


「おいしい・・・」


 と、呟いた。


 すみれが呟いた「おいしい」の一言が透真をとても幸せな気分にさせた。 


「バイオレットフィズだよ。もう仕事終わったって言ったから、アルコールにしたけど。良かったかな?」


「うん。大丈夫。そんなに沢山は飲めないけど。ほんとに美味しい。」


「それは良かった。作った側としては、美味しいって飲んでくれるのが一番嬉しいね。」


 透真はすみれが少し自分に心を開きかけてくれている気がして、もっとすみれのことが知りたくなった。


「普段はお酒飲まないの?」


「ほとんど飲まないかな。家でも飲まないし、外で食事した時もワインとか出してもらうけど、ほとんど口をつける程度かな。結局お茶とか頼んじゃう。」


「口当たりの良い、さっぱりしたカクテルが好きなんだね。ワインも飲み慣れなてなかったら渋く感じるってお客さん結構いるし。」


「カクテルって色々難しいでしょ?色の出し方とか味のバランスもあるだろうし。」


「そうだね。俺はまだまだで、めちゃめちゃ勉強中。」


「でも、楽しそう。」


 すみれの言葉に透真は少し胸が痛んだ。


自分は本当にバーテンダーの仕事が好きなのか、バンド活動もバーテンダーの仕事も中途半端な気がして、何者にもなれていない、先が見えない気がして、焦りのような気持ちが込み上げてきた。

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