第2話

すみれは透真に腕を掴まれ、

 引き寄せられた瞬間、十年前に事故で亡くなった弟の声を聞いた気がした。 

「ひなた・・・?日向?」

  透真の腕の中で消え入りそうな弱々しい声ですみれは言った。

 「大丈夫?」

 少し女慣れしたような、小悪魔的な笑みを浮かべてで透真はすみれの言葉に応えた。

 「お客様!大丈夫ですか?申し訳ありません。」

 本を落とした店員が、慌てて透真とすみれに声をかけた。

 本屋の奥からも、店長らしき人が駆け寄って来た。 

 オロオロしながら本屋の店長は透真に言った。

 透真は笑顔で対応し、怪我がない事を伝え落ちた本を拾って店員に渡した。

 一通りのやり取りの後、再び透真はすみれに話しかけた。

「大丈夫?怪我なかった?」

「ありがとうございます。助けてもらったから、私は平気。あなたの方が・・・肩、大丈夫ですか?」

「俺は平気。あんなくらいじゃ怪我なんかしないよ。」

  後ろ姿では分からなかったが、すみれはとても可愛らしく、清楚な女だった。目が大きく整った顔立ちだが、決して派手ではなく上品な空気を纏っていた。

 透真はバーテンダーの仕事やバンドの活動で女との出会いが多く、透真と付き合いたいと思っている女からのアプローチは多い方だった。

 透真にアプローチをする女のほとんどは、エネルギッシュで自分に自信があり、派手な印象を与える女だった。

 透真は自分の周りにいる女と全く違うタイプのすみれに少し興味が湧いた。

「あ、ごめんなさい。リップが・・・」

 すみれは透真に謝った。透真がすみれを抱き寄せた時にすみれのリップが透真のTシャツの胸元に付いたのだ。

「ああ。これくらい平気。洗濯すれば落ちるんじゃない?気にしなくて良いよ」

 すみれは透真の言葉に「そうですか」と答えながらも、自分が他人の服を汚してしまったことが気になっているようだった。

「気になる?新しい服を買った方がいいのかなぁ?なんて考えてない?」

 透真はすみれの気持ちを見透かしたように言った。

「じゃあさ、俺お昼まだなんだ。お姉さんちょっと付き合ってよ。それでチャラにしよ?」

 すみれは少し迷ったが、透真の服を汚してしまった罪悪感もあり、一緒に食事をすることにした。

 二人は本屋を出て少し歩いた所にあるオープンテラスのあるカフェに入り、テラス席に案内された。

「今日、天気が良くて良かったですね。」

 席に着くとすみれは言った。

透真も席に着きながら応えた。

「そうだね。寒かったり風の強い日でも頑張ってテラスでお茶する女の人もいるけど、俺は無理だな。今日くらいがちょうどいい。女の人ってこういう所好きでしょ?」

「うーん。どうかな。」

「お姉さんは?好きじゃないの?」

「うん・・・好き・・・」

「やっぱ好きなんじゃん。」

 笑いながら透真は言った。

 すみれは少し恥ずかしそうに

「こう言うお洒落な場所って仕事で来ることが多くて、あんまり自分で来たことがないの。でもたまにカフェでゆっくりするのもいいね。」

 と言った。

 二人分のランチをオーダーし、当たり障りのない会話をしながら、二人は食事が運ばれてくるのを待った。

 透真とすみれはオーダーしたサンドウィッチのランチをゆっくり食べながら、外を歩く人を見ていた。

 半分ほどランチを食べ進めたところで、透真はふとすみれに聞いた。

「さっき、日向?俺のこと日向って言ったけど、彼氏?」

 彼氏がいるのかどうかを確認するかのように聞いたが、すみれには全く伝わっていなかった。

「ああ、ごめんなさい。違うんです。日向は弟。もういないけど。」

 すみれは少し寂しげな顔で答えた。

 透顔には出さなかったが真は少しすみれが心を開いてフランクに話してくれかけていたのに。またすみれが遠く感じてがっかりした。

 これ以上日向のことは聞かない方が良いのかと思い、透真は必死で話題を変えた。

 本屋ですみれが何の本を見ていたのかや、自分があの白く光った瞬間に海の写真集を取ろうとしていたことなど、あの時の事を笑って話していた。

 すみれは花屋で働いていて、時間がある時は今日のように図書館に行ったり本屋に行って花の本を探したりしていると言った。

「ごめんなさい。私ばっかりペラペラ話して。」

 自分のことばかり話していることに気が付いたすみれは、透真のことを聞いてきた。

「この時間に普通に出歩いてるってことは・・・学生さん?って感じでもないね。サービス業で今日は休み?」

 透真はクスッと笑って言った。

「バーテンダー。半分正解。普段は昼過ぎまで寝てるんだけど、今日はたまたま早く起きてね。何となく出てきたんだ。」

 透真は自分がバンド活動をしていることを言わなかった。

曲が書けなくなっている今の自分を知られたくないと思ったのだ。

 お互いのことを少しずつ話し、楽しい時間はあっという間に過ぎた。

「もうこんな時間。私そろそろ行かなきゃ。」

 オーダーしたランチは綺麗に食べ終え、ドリンクも飲み終えていた二人は店を出る事にした。

 透真の服を汚してしまったお詫びに、すみれが会計をしようとすると、透真が伝票を取った。驚いたすみれは

「私、払うよ」

 と、言ったが

「いいよ。付き合ってもらったし、払わせて。」

 と、ニヤッと笑って透真はレジに向かった。

 会計を済ませた二人は、本屋から来た道を戻りながら話した。

「ごめんなさい。服を汚してしまったうえに、ランチご馳走になっちゃって・・・」

 申し訳なさそうにすみれは透真に謝った。

「さっきから謝ってばっかだね。別にいいよ。俺が勝手にやったことだし。楽しかったから。」

「私も楽しかった。私、初対面の人とこんなに普通に話せたの初めて。日向と話してるような感じがしたわ。」

 (弟か・・・)

 透真はすみれが自分を男として見ていないことを悟った。透真が今まで出会った女のほとんどが、透真に近付きたい一心であれこれ話してくることがほとんどだったので、透真はすみれとお互いに名前を教えていない事に気がついていたが、聞くことが出来なかった。

 透真にとってすみれのように、自分に興味を示さない女がいることが新鮮だった。もっとすみれの事が知りたいと透真は思い、後ろ髪引かれる思いだったが、この日は何も言わず二人は別れた。

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