26
◇
その日の夕方、黒川家のリビングにて。
「流石にワザと負けたのか」
マーベルはキッチンで夕飯を作りながら、リビングでくつろいでいる雫に声をかけた。ソフィアたちはもう帰ったようで、リビングには雫しかいなかった。
「ん? ああ、まあね。自信を付けさせるのにはよかったんじゃないかな」
雫はソファーに寝っ転がりながらテレビを見ている。画面にはバラエティー番組が映されていた。
「だが彼女の性格からすると過剰な自信になるんじゃないか」
マーベルは鍋をゆっくりかき回しながら言った。今夜の黒川家の夕飯は肉じゃがのようだ。
「まあ確かにあの言動はウザかったけど……。さんざん怖い目に逢わしちゃったからさ。少しでもいい気分になってくれればいいかなって思ってさ」
「それだけならいいが……。調子に乗ってこれ以上の厄介ごとにならなければいいが」
「だ、大丈夫でしょ……。遊び感覚だと思ってくれれば……」
そこまで深くは考えていなかったのか、雫がどもる。
「下手するとこれから毎日来るんじゃないか。模擬戦したい、って言って」
「……ソフィアさんまでこの家を私物化するのか……」
「フフ……。厄介な拾い物をしたな」
「……本当に拾い物だったのか、こうなる運命だったのか。もうわからんね。……それにしてもアイツらもくつろぎ過ぎなんだよ、まったく……」
観ている番組が面白くなかったのか、雫はテレビのリモコンの選局ボタンをポチポチといじる。
そこにマーベルが鍋を持ってリビングに入ってきた。
「雫、冷蔵庫からサラダを出してくれ」
「あいよ」
入れ替わるように今度は雫がキッチンの方に向かう。
「あと皿も出してくれ。……それにしても雫、さすがに素人相手に不意打ちはよくなかったんじゃないか」
「カウンターの上にお皿置いとくよ。……いや、それくらいしないと本気でやってると思われないだろ? それに実際に痛みを感じないと恐怖も覚えない。優しさだって」
「結局、彼女はひるむどころか闘争心に火が付いたようだったが」
「そうそう! それが意外だったなぁ。相当な負けず嫌いなんだ」
「他人のために気をかけられる優しさと、強い闘争本能。この二つを同時に持っている者は珍しい。もしかすると強くなるかもしれない」
「冗談じゃない。これ以上本格的に関わらせられない。模擬戦だって遊びみたいなものだってさっき言っただろ。……あの大統領様がなんていうか知らないけど」
サラダの入った器を持って、雫がリビングに帰ってきた。テーブルにサラダを置くと自分も椅子に腰かける。
「……キミもやけにソフィア・ヴェジネを気にかけているな。そんなに彼女が心配なのかな?」
「な、なんだよ急に……。別に下手に首突っ込んで死なれたら後始末が面倒だから、そのことを心配してるだけだって!」
「なにも深くは聞いてないじゃないか。……さあ食べよう。冷めてしまう」
マーベルが「いただきます」と言って肉じゃがを自分の皿によそう。
「……なんか引っかかる言い方なんだよな……」
スッキリしない表情で、雫はやけくそのようにサラダを口いっぱいに頬張った。
◇
その日の夜。
雫の部屋にて。
『すいません黒川君。こんな時間に電話してしまって』
「別に構わないよ。まだバリバリ起きてる時間だしね」
そう言って雫は部屋の時計を見た。時刻は夜中の23時30分をまわったあたりだった。
雫は顔を傾けてスマホを頬と肩で挟むと自由になった両手で再びゲーム機のコントローラーを握った。
「それでどうしたの?」
『いやその……。いろいろあってすっかり忘れてたんですけど……』
ソフィアが言いづらそうにモゴモゴしている。
「ん?」
『その……。テトラさんは大丈夫なんですか?』
「ああー……」
なんとなく予想出来てたのか、大した反応もせずに雫は中途半端な返事をする。
『……どうみても頭が、その……。つ、潰れて、亡くなったようにしか見えなかったんですが……』
「……んんー。なんていうかな。一言でいうならアイツは不死身なんだよ」
『ふ、不死身!?』
相当驚いたのか、電話越しのソフィアの声が大きくなった。思わず顔を背けた雫はスマホを落としてしまう。
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