6
「あなたの存在そのものが神霊世界にとって非常に重要だからよ」
「……オレの存在が? 心臓神機だけじゃないのかよ」
「ええ。もちろん重要度で言えばその神機のほうが重要よ。だけど」
そこまで話してユノはティーカップをもったまま立ち上がり、窓の方に向かって歩いていった。
「それを人間であるあなたがどうして持ってるのか。そして、どうしてアルノードが神機に触れていて平気なのか。疑問を挙げたらきりがないわ」
窓から外の景色を見ながらユノはティーカップから紅茶を啜った。
「……知るかよ。気付いたらこんなんなってた」
雫はぶっきらぼうにそう言うと足を組んだ。そのまま足先を落ち着かなそうにクルクルと回している。
「本当に? ……あなたが心臓神機を手に入れたのは六歳のとき。『例の事故』があったのは四歳のとき。私たちでも調べがつかない空白の一年ちょっとの間があなたには存在している」
「……ちょっと待て。アンタ、『あの事件』の事を知ってるのか」
「ええ知ってるわ。あの事件の全容をね」
すると雫がスクっと勢いよく立ち上がった。その表情には怒りが含まれていた。
「教えてくれ。あの事件の原因を。引き金になった人物を……! 早く!」
雫がユノに詰め寄ろうとする。だがユノは空いている片方の手で再び光球を出現させると雫に向けた。
「落ち着きなさい。こちらの話を全て聞いて、全ての質問に答えたら、こっちも情報を教えてもいいわ」
「ッチ……」
雫は舌打ちをすると乱暴にソファに座りなおした。
そのタイミングで部屋の扉が開かれた。
「お待たせ。コーヒー淹れてきたわよ。……ってなんかまた良くない雰囲気になってない?」
部屋に入ってきたのはネスであった。両手で盆を持っており、コーヒーの入ったティーカップが乗せられている。
「気にしないで。なんでもないから」
「……」
「そ、そう……?」
涼しい顔で紅茶を飲んでいるユノと不機嫌そうな雫を交互に見て、ネスは無理やり納得した。
「はい、これコーヒーね。キミの世界のやつだから口には合うと思うけど」
「……どうも」
雫はコーヒーが入ったティーカップを受け取り、一口飲んだ。用心深い雫であったが、ここまできて毒を入れられることも無いだろうと考えての行動であった。そもそも喉も乾いていた。
「……美味い」
思わずそう呟いた。いままで飲んだコーヒーの中でもずば抜けたレベルの味であった。
その雫の感想に満足したのか、ユノがニヤニヤと笑みを零す。
「そうでしょうそうでしょう? わざわざ最高級のやつを取り寄せたんだもの。美味しくなくちゃダメよねぇ」
「……そんなに精霊が人間の世界に関わっていいのかよ」
「いいのよ。節度をわきまえればね。そもそも私がルールだし」
少し緊張した空気がほぐれてきたのか、雫はフッと軽く笑った。もう一口コーヒーを飲む。
「そもそもアンタ、首相とか言ってたけどいくつなんだよ。オレとそう年齢が違わないだろ」
「あら、若く見えるってことかしら。……まあそうね。あなたよりは年上だけどそんなに年は離れてないわ」
「実年齢聞いたんだけど……」
答えたくないのか、ユノはそう誤魔化した。
「……まあいいや。質問があるとか言ってたけど、オレもこの状況を説明してもらわなきゃ話せるものも話せないぜ。……そもそもアイツらは無事なんだろうな?」
そう問いかけた雫の目つきは鋭いものになっていた。一緒に連れてこられたはずの友人たちが心配であった。
「アイツらっていうのはお友達のことかしら? 須藤勝平、荒舘彫耶、長合ケイン……、それと────」
そこまで喋って、ユノはデスクに置かれた一枚の書類を手に取り、目を通す。
「ソフィア・ヴェジネ? だれ? またお仲間が増えたの?」
「はぁ!?」
雫は驚いて再びソファから立ち上がる。驚きすぎて表情が歪んでいた。
「な、なんでソフィアさんの名前が……。……ハッ!」
そこで雫は思い出した。公園で木陰に隠れていたソフィアがいきなり消えたのを。あれはどこかに行ったのではなく、あの特殊スーツの連中に連れ去られたのだと気付いた。
「ちょっと待て! その人は関係ない! ただの一般人だ!」
雫が慌ててユノに弁解する。せっかくこれ以上関わってこないように言ったのに、第三の力のせいで不可抗力的に巻き込まれるのは避けたかった。
「えっ? でもうちの特殊部隊の連中が尋問したらあなたの友達で、精霊についても知ってるみたいなこと言ってたらしいわよ?」
「あのアホっ子……」
雫は頭を抱えた。ソフィアに余計な知識を与えたのは確実に失敗だったらしい。
「……ちょっと待て。今尋問って言ったか? なにかオレの友人たちに乱暴なことしてないだろうな!」
「暴力的なことは一切してないわよ。あなたと同じで一般的な快適と呼べる空間でお菓子とお茶を出して世間話をしてるだけ。……まあもっとも長合ケインとソフィア・ヴェジネ以外はだんまりで何も話そうとしないけどね」
「逆に言うとソフィアさんとケインは満喫してるのか……」
あのお気楽二人なら笑顔で菓子を食べているところが容易に想像できた。
「なんでアイツをサブリーダーにしちゃったんだ……」
相変わらず頭を抱えている雫であった。
「よくわからないけど、四人は無事だから安心しなさい。……今はね」
ユノはなにか意味深にそう言った。
「……オレの態度次第ってことか?」
「正確に言うと返答次第ね」
「……返答?」
今までさんざん命を狙ってきておいて、いざいつでも殺せる状況になったら殺さない。今のそんな状況的に普通の質問ではないことはわかっていたが、返答が必要な事とはいったい何なのか。
ユノはデスクから離れて雫の座っているソファに座りなおした。そのまま手を組んで雫を真っ直ぐに見つめる。
「単刀直入言うわ。黒川雫、死にたくないのだったら私の下につきなさい」
「はい?」
雫は素っ頓狂な声を出した。ユノが何を言っているのか理解できなかった。
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