それは、タブー

「バカバカ……きーちゃんのバぁーカ……」


「やー、ごめんってば~……」


「騙そうなんてこと考えている方がバカだろうが」


「そんなことないしー! 女って思ってた方が絶対接しやすかったじゃーん……」


 事務所の裏にある一室で、机に突っぷしながら文句を垂れるひな。一緒にいるはなよいとゆたゆきは、その対応をしている。

 ゆたゆきによるひなが男だというカミングアウトにより数秒固まった琴乃は、騙していたことを謝ったひなへ少しぎこちない表情で返事をしてから帰っていった。そのため、第一印象悪くなったとひなが騒いでいたのだ。


「でもさー、いずれバレるんだから始めの方に言っておいた方が後々接しやすいと思うよ~?」


「バレなきゃいいじゃん……」


「お前じゃすぐボロがでる」


「さっきからよーちゃん冷たくない?」


「いつもと変わらん。」


 本人も言ったようにいつも通りの冷たいはなよいの態度は、今の気分が落ちているひなにはいつも以上にドライに感じたようで。

 つんつんとはなよいの腕をつっつくひなだが、なにも反応してもらえなかったのですぐにやめ、髪を弄り始めた。そんなひなを見ていると、彼が男だとわかっている二人から見ても本当は女なんじゃないかと思うこともある。それほどにひなの容姿は女性寄りなのだ。


「……そろそろか。」


「あ、仕事?」


「あぁ。」


「いってらっしゃーい。」


 ちらりと壁掛け時計を見たのち、ゆっくりと立ち上がったはなよい。同じように時計を見たゆたゆきは、はなよいの今日のスケジュールを頭に浮かべる。そしてそろそろ仕事があることを思い出すとそれがあっているかをはなよいに確認し、はなよいがイエスと答えるとひなが突っ伏したままで見送った。

 バタリと扉が閉まったところで、ゆたゆきが感心したように扉に向かって呟いた。


「よく働くよねぇ……」


「ねぇー……さすが最年長……」


「鬼だよ鬼。仕事の鬼ーっ」


「あー、鬼なんていっちゃダメなんだ~っ」


 ある意味呆れた表情で言いながら背凭れに体重を預けたゆたゆきに、ひなが悪い子見ーつけたと言うような顔で注意した。

 というのも、妖怪の世界では鬼という言葉は基本禁句の言葉で、言ってしまったらどうこうというわけではないのだが、場所によっては結構イタイ視線を貰うことになってしまう。

 事務所の中では優斗やはなよいがそういうことには厳しいので、あの二人にバレると面倒な説教を食らうことになる。というかこの二人(特にゆたゆき)はもうなん十回かほど食らっている。


「いーのー。僕とひーくんしか居ないんだから~」


「おっくんにバレるぞ~」


「うわぁ……モーやだあの付喪神~……」


「まあ……ちょっとキモいよね~……ってうっるさ!」


「あーぁ、悪口言うからだよぉ。っうわイッタぁ!」


 二人がこそこそと話しているのは“おっくん”もとい付喪神おくのことで、彼の管理している書庫にある本は、全て人間と妖怪の記憶がリアルタイムで書き続けられているものなのだ。

 そのため、おくが最低でも二人どちらかの本を読んでいれば、二人の会話は彼に筒抜けなわけで。そして、おくの最大で唯一の力、記憶の書き換えを使えば、今回のように記憶に大音量の叫び声を入れることだって容易なわけだ。


「ほんっと容赦しないんだよなアイツ……」


「主くんに怒られちゃえばいいのに……」


「残念ながらそうなるのは二人かなぁ……?」


「…アッ……」「…ゲッ……」


 ぶつぶつとおくへの文句を言っていた二人。そしてその背後で腰に手を当て音もなく立っていた優斗が、にっこり笑顔で立っていたこと気づき、それがおくにチクられたせいだと判断するまでにたっぷり10秒。

 その後、正座状態で叱られたのがそれの約60倍。


「前にも言ったけど、うちは比較的最近妖怪になったばかりの子しか居ないからいいけど……」


「他は違う、でしょ? わかってるよ? わかってるけどさぁ……」


「僕もゆたゆきの言いたいこともわかる。だから、もしうちに居るときはいい、ってことにしたとする。そんな中で、もし何処かの集まりに行ったときに……」


「気を付けててもポロっと言っちゃうかも、でしょー……?」


「そう。」


 内容を暗記するほど、逆に言えばもう新しいことを言うネタがなくなるくらいにやったこの優斗とゆたゆきのやり取り。そんな中で、一人なにも言われるわけでも話を振られるわけでもなくただ正座しているだけのひなは、言葉に出さずにこの状況に文句を言っていた。そしてそれに対して脳内へおくが直接おちょくりの返事。そんなおくをひなはあからさまに嫌な顔をしながら無視するというのを何回も繰り返している。

 そして優斗からの説教が終わり、やっと解放されたところで、背後にとてつもない寒気を感じるという若干デジャヴ気味なことが起こったあと、寒気の原因で、かつ何故か仕事から異常な速さで帰ってきたはなよいに、今の30倍叱られたのはまた別の話。

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