それは、大きく小さい障壁。

 ぼそりと、しかし確実に相手へ届く程の音量で放たれたその言葉が琴乃へのものだということは、本人もすぐにわかっていた。そして、それをしっかり理解するのに約3秒かけ、やっと普通に失礼なその言葉へ反論しようと口を開くことができた。


「こっ、小娘って……! 初対面で失礼過ぎません……?!」


「間違ってはなかろう。一般人育ちのただの弱っちい小娘だろうが。」


「な……っ!」


 まさかの言葉の連続に琴乃が絶句したところですたすたと三人の元へ歩み寄った女性、もとい“はなよい”は、優斗へ口を開いた。


「月様。私は貴方の意見には全て従うつもりです。しかし……このような小娘をここの入れることだけは、どうしても了承し難い。」


「まあまあ……。はなよい、まだ会ったばかりだよ? そんなに拒絶しなくとも……」


「拒絶? なにを仰いますか。私は貴方のことを考えて言っているのです。こんな小娘、ただ月様の容姿を見て入った外側だけの人間でしょう。」


「そ、そんなことありません!!」


 はなよいからは、明らかな敵対と侮蔑の視線が琴乃に注がれている。なんとか落ち着かせようと優しく優斗が宥めても意味はなく、逆に冷ややかなものを追加した目で琴乃を見て、更に鼻で笑うという態度の悪化のしようだ。

 そんなはなよいの言葉に、明らかな琴乃への勘違いがあったので、自分も言われてばかりにならないようにと反論した琴乃。それが少し予想外だったのか、はなよいは“ほう?”と目を細めた。


「私は、そんな理由で入ったりなんかしてません! 確かに先輩はかっこよくて、頭がよくて、優しくて……! だけど、そんな下心なんて持ってないです。ただ、純粋に憧れている…だけ……で……ぁ、あの…ぉ…」


「っ……言うねぇ…いっちゃん……ぶっ」


「なっ、わ、笑わないで…っ!」


 弁解に夢中になりすぎたせいで、優斗がそっぽを向いて腕で顔を覆い、ゆたゆきがふるふると笑いを堪えて肩を震わせているという様子が見えるまで自分が中々に恥ずかしいことを言っていることに気付かず、結果気付いたときに恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。

 ボッと音が出そうな勢いで顔を赤くしたのを見て、耐えられなくなったらしく少し吹き出したゆたゆきに文句を言ってから、琴乃は手で顔を覆った。


「で、でもよかったねぇ主くん……。女の子に好かれるのはいいこと、だよ……ぶふっ」


「そ、その……なんというか、ありがとね……糸印さん……」


「いえ……と、というかなんかすみません……ちょっと色々夢中になっちゃって……」


「主くん良いトコを言うことにぃ~…?」


「ちがっ……わなくはない、けど……その、あの……うあぁぁ……」


 顔を赤くした二人とそれを面白がる一人。そしてまだ納得はいっていないような微妙な表情が一人。

 二人が別々の恥ずかしさで無言になっている途中、こっそりとはなよいにゆたゆきが耳打ちした。


「ね、悪いこじゃあないと思わない~?」


「……人間なんぞみなただの自分勝手の塊だ。」


「そんなこと言わないのー。それにそんなこと言ったら主くんはどーなの」


「月様は別だろうが。」


「よーちゃんほんとに主くんのこと好きだよねぇ…」


「当たり前だ。…というよりその呼び方やめろといつまで言えばわかる…」


「一生無理かなぁ~?」


「一度串刺しにした方がいいか?」


「待って待ってダメダメダメ。一回落ち着いてよーちゃん?」


 はなよいに琴乃を少しでも認めてもらおうと話していたが、そこからもう何百回繰り返したかわからない会話へと話題が切り替わってしまい、その上軽くえげつないことをされそうになったので若干物理的に距離を離したゆたゆき。


「ま、まあさ~? 主くんも一人くらい同じ人間がいた方が嬉しいと思うんだけどぉ…」


「……お前それを本気でいっているなら首を斬ってやるが」


「冗談デス…」


 先程とは声のトーンが全く違い、プラスいつの間にか手には刀が握られていることにすぐさま気づいたゆたゆきは、流石におとなしくなった。それを見てはなよいはふうっ、と息を吐けばちらりと二人の方を見て、目を閉じた。

 ゆたゆきは、はなよいが何故ここまで人間が事務所に入るのを拒むか知っている。その理由ははなよいだけでなく、他の事務員である妖怪たちのほとんどにも当てはまるわけで。


「……ねえよーちゃん、どうてもダメ? 少し……ほんの少しだけ見て、確かめてみるのもいいんじゃない?」


「…………」


 恐る恐るというように言ったゆたゆきからの最後の提案。だが、はなよいはそれに答えず部屋から出ていってしまった。

 扉の閉まる音で我に帰った優斗が、顔を挙げてからダメか…。と、残念そうにはなよいが出ていった扉を見つめる。

 優斗より少しあとに顔の熱が引き、顔を手で覆ったままの状態で本当に自分がいて大丈夫なのかと心配になってきた琴乃は、同時にこの選択が正解だったのかすらも不安になってきていた。

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