それは、ひとつめ。

 先日の件から数日後。琴乃から“可能なら明日伺いたい”、という電話が事務所に来ていた。

 琴乃のことは、ゆたゆきからはなよいへ、そしてその二人から事務員全体へと一応話は通ったが、残りの四人のうち三人反対派、そのうち二人が断固拒否という結果になっていた。


 そして、琴乃が事務所に来る日。事務所玄関の扉についているベルが鳴る。事務所で待っていたのは、優斗ではなく妖怪のゆたゆきだった。

 彼女も石のついたペンダントを首から下げていたため、琴乃にも目視することができているよう。



「あ、いらっしゃ~い」



「えっ……と、こんにちは…」



「あは、そんな固くなんないで~。この前ちょこっと会ったよね?」



「あ、多分……」



「だよねだよね~。っと、主くん呼んでくるからまっててねん~」



「あ、はいっ」



 主くん……? と少し不思議に感じつつも、多分優斗のことだろうと思い、素直に頷いて待つことに。ゆたゆきが部屋を出る前に“そこ座ってていいよ”、と行っていたので、すぐそこにあるソファに座るか座らないかで一人でおろおろと悩んだのち、ゆっくりと腰かけ、落ち着かない心を落ち着かせようとしながら待っていた。

 戻ってきたのは優斗のみで、少しそわそわしている琴乃を見てくすりと笑った。



「緊張してる?」



「う…はい、中々に……」



「まあそりゃそうだよね。そんな中で悪いけど、返事…聞かせてもらえる?」



「……うあーっ……」



 ついに来てしまったとでも言うようにガバッと両手で顔を覆う琴乃。そしてふーっと気持ちを落ち着かせるように息を吐くと、再び顔を上げた。その表情は真剣で、けれどまだ緊張しているのか張りつめたように見える。

 その表情からどんな返事を貰うのか予想がついた優斗は、笑みを崩さず琴乃の口から言われるのを待った。



「っ、その…っ。た、沢山ご迷惑かけたり、足引っ張ってしまうかもしれませんが……私でよければ、是非働かせてください……っ!」



「うん。もちろん君にお願いしたい。これからよろしくね、糸印さん。」



「っ……はい!!」



 妖怪が来ることを想定して作った張り紙によって、自身と同じ環境にるこの少女に会うことができたことは、優斗にとってとても嬉しいことだった。

 差し出された手を握り返した琴乃。そんな琴乃にとっての第一関門となる“彼女”との顔合わせをどうしようかと考えていた。そんなとき、ガチャリと扉の開く音が聞こえ、そのあとすぐにさっき聞いたばかりの声が耳に入ってきた。



「入ることになったんだ~っ。それじゃよろしくねぇ~、いっちゃん!」



「い、いっちゃん……?」



「ゆたゆき、会ってすぐに渾名をつけるのはやめようって言ってるだろ……?」



「え~? でもいっちゃんはもーこの事務所の一員なんでしょ? ならよくなーあい?」



「ダメです。」



「主くんのけーちっ」



 突然の渾名呼びに自分が呼ばれているのかどうかも一瞬迷い、一応聞き返すと半ばあきれた様子で優斗が注意し、それに反論したがすぐに反対されて拗ねるゆたゆき。

 そんな会話にあっという間に置いていかれてしまった琴乃は、どうにかして追い付こうと遠慮ぎみに声を出す。



「あ、あー、っと……」



「あっ、ごめんね。改めて紹介するよ。彼女はゆたゆきって言って、うちの事務員で、基本的に捜索係をしてもらってるんだ。」



「よろしくねーん」



「こちらこそ、よろしくお願いしますっ」



 ひらりと手を振るゆたゆきに、ぺこりと頭を下げる琴乃。ついでに優斗から言われてペンダントを外すと、心なしかさっきよりゆたゆきがはっきりと見えるような気がしなくもない。

 ゆたゆきはそれがなにか気に入らなかったようで、うーむ、と顎に指を当ててなにか思っているらしく。



「固いなぁー……。そんな緊張しないでいーんだよ? 僕は人間嫌いじゃないからねぇ~」



「固い、ですか…」



「そーそー。ね、主くんっ」



 “むしろ好きだよ~”と付け足して言ったゆたゆき。柔らかくするとなれば、やはり敬語を抜かすとかだろう。

 同意を求めるようにゆたゆきに言われた優斗は、うーんと首をかしげて。



「ほぼ初対面だし仕方ないんじゃないかな。ゆっくり慣れる人もいるんだよ?」



「えぇー……敬語くらい抜かせれなーい?」



「できるだけ、努力してみる…ね」



 ゆたゆきのオーダーに少しぎこちなくも答えようと敬語を外すが、やはり会ったばかりの人にタメというのは慣れないもので。その上年齢もわからないし、きっと自分より歳上なんだろうなと思うとさらに慣れない。

 そんな琴乃に満足したと言うようにウンウンと頷くゆたゆき。



「やっぱり僕敬語とか苦手だよ。主くん」



「だからって依頼人にタメはダメだからね」



「わかってるってぇ~」



 へらりと返したゆたゆきは、初対面の人が見ればふざけていると勘違いされてもおかしくないような対応だが、長いこと一緒にいて、彼女の性格を把握していれば、それが100%、完全にふざけているというわけではないことはわかる。

 と言うところで、再びゆたゆきが入ってきたドアが開いた。そこには黒髪の女性が険しい顔をして立っていた。その女性を見て優斗マズいと言いたげな顔をしてから口を開こうとしたが時すでに遅し。

 女性は琴乃をじっと見て、初対面の人に見つめられている琴乃は戸惑う。そしてそんな琴乃に、女性はどこかがっかりしたような顔をしてから口を開き一言呟いた。


 “こんな小娘が……”と。

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