それは、始まり?

 優斗の話したものに嘘偽りはない。それを大前提として話したのだから。勿論その前提があるとて必ず信じてもらえるわけではないが。


「ゆ、幽霊って…死んだ人が魂だけ残る、あれですよね……?」


「そう。僕の言いたいものは妖怪なんだけどね。」


「よ、ヨウカイ……」


 幽霊と言うだけでも現実味がないだろうに、さらっと出た妖怪という単語に琴乃は目を丸くしていた。幽霊というものは、優斗が言ったように怪談話でよく聞くので、そこまで遠い存在なわけではない。が、別にそれらに興味があるわけでもなく、当然それらが見えるわけでもなかった。……筈だったのだが。


「そして糸印さん。君は本来、それらが見える体質……なんだと思う。」


「……へ、え…え? えっ、いやでも、え、みえ……っ?!」


「そりゃ、そうなるよね…」


 堪えきれずに漏れた笑い声が少し離れたところから聞こえたのは、きっとまだ優斗だけだろう。理解はできたが飲み込めてはいない琴乃は現在進行形で混乱し、目を白黒とさせている。そりゃそうなるよなぁ、と思いながらある程度彼女が落ち着くまで次の話に移るのは待つ。


「ゴホンッ……ごめんなさい、流石に驚いちゃって……」


「いやいや、こちらこそごめんね。急にこんなこと話しちゃって。」


「ぜ、全然!それで……先輩はどうしてそれがわかったんですか?」


「そのペンダントだよ。あとは張り紙。」


「これが……?」


「そう。僕もあまり見たことはなかったんだけど……。多分、それは妖怪との関係を遮断する…妖怪を見えないようにする石だと思うんだ。色が酷似している。」


「でも、つけ忘れた時にはそれっぽいものなんて一つも……」


「偶然か……もし身内に妖怪が見える人が入れば、なにか手を回してくれていたのかもしれない。心当たりは?」


「見える、と聞いたわけではありませんが、このペンダントをくれた祖母ならもしかしたら……」


「可能性はあるね。もし期会があれば、御婆さんに聞いてみてくれる?」


「祖父母の家に行ったとき、できたら聞いてみます。」


 石の名前は隠妖石。一部の妖怪が見える人間が使っている。琴乃が石の正体を知らなかったとなれば自身が妖怪が見える体質だと知らなかったことも頷ける。

 因みに、張り紙については一般人が見れる普通の紙で書いた事務所宣伝のものの上に妖怪、又はそれらが見える人間のみが見ることのできる紙で書いた事務員募集のものを張ってあった。そしてその時のみ何らかの理由で琴乃にも事務員募集のそれが見えたため、それも一つの証拠となった。というのも琴乃に説明し、一応彼女も把握はできたよう。


「……って感じなんだけど……疑問に思ったりは?」


「んーと……正直に言えば、まだ妖怪が見えるというのは実感わかないというか……まだ信じきれてはいない、というか……」


「まあ、それが普通だからね。そうだな……じゃあ、ペンダントを外して、そこをみてくれる?」


「そこですか……?」


「そう。あぁ、大丈夫だよ。怖いとかはないと思うから。」


「わ、わかりました……」


 優斗が指差した方向に居るのは、ついさっきまで妖怪の依頼対応をしていたゆたゆき。依頼人は彼女が笑いを堪えきれずにいたときには既に帰っているので、この場に居る妖怪はゆたゆきのみだ。依頼人が帰る際に玄関の扉が動かなかったのは、人間と妖怪で出入りするところが違うからだ。

 緊張からか、目を瞑りながら恐る恐るペンダントを外し、一度深く深呼吸をしてからゆっくりと目を開く。少し離れたところにある向かい合った椅子に座り、笑みを浮かべながらひらひらと手を振る少女は、ついさっきまで琴乃の目には映っていなかった筈の人物。小さく声が漏れたので、優斗も琴乃が見えたことを察することができた。


「どう?見えるかな?」


「……みえます。」


「彼女はゆたゆき。うちの事務員の一人だよ。」


「妖怪が事務員さんなんですか……?」


「うん。うちは僕以外全員妖怪なんだ。」


「え……で、でも、友達が2、3人でやってるって言ってたんですけど…」


「流石に僕一人で人間の依頼に対応できないからね。妖怪が誰でも見えるようになる石をうちの事務員に付けてもらって対応してるんだ。きっとそれじゃないかな?」


「そうなんですか……」


 人間の依頼対応は、基本優斗ともう1人妖怪がやっている。と言ってもその妖怪がいつでも居るわけではないので、変わってゆたゆきがやることもある。そうなれば、妖怪が実在しているなんて知らない一般人が2、3人で営業していると勘違いして当たり前だろう。


「さてと。それじゃあ君の採用についての話をしようか。あ、ペンダントはもう着けてもらって大丈夫だよ。」


「あっ、はい」


「よし。それじゃあ始めるね。まず覚えておいてほしいのは、ここで事務員として人間の君が働くとなると結構な苦労をすることになるかもしれない。うちの妖怪たちは少しわけありでね。人間が苦手なんだ。数人、さっきのゆたゆきとかはまだ大丈夫なんだけど…中には本当に死ぬほど恨んでる、って人も居る。」


「だ、大丈夫…なんですか……?」


「うん。僕から言っておくし、ちゃんと守ってくれる子も居るから。安心して?」


「はい……」


「…嫌ならやめても大丈夫だよ。」


「……大丈夫です。」


「ありがとう。続けるね。」

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