それは、不思議な少女。

  静かな部屋で、紙がめくられ、こすれる音だけが聞こえている。そんな中、ただ一人静かに書類に目を通している青年“月霧つきぎり 優斗ゆうと”。彼が居る部屋にあるのは机、椅子、ベッドと動かなくなって暫くたつ壁掛け時計の三つの家具だけなため、部屋だけ見てもそこが彼の自室なのかどうかは判断し難いだろう。


 数枚目を通したところで、ノック音が耳に入った。ドアが開くと、ひょこっと顔だけ出して中を覗く青髪の少女。


「主くーん、お客さん来たよぉ」


「わかった。ありがとう、今行くよ。」


「ひーくん居ないから急いでねん」


 そう言ってから扉を閉じた少女は、優斗が営んでいる探偵事務所の事務員である“ゆたゆき”。どうやら依頼人らしき人物が来たらしく、その知らせに来たようだった。普段依頼人の対応をしている事務員が不在なうえ、臨時で来ているゆたゆきももう別で対応してしまっている。他にも事務員は居るが、既存の依頼解決に向かっているため呼び戻すことはできない状態となれば、今唯一手の空いている優斗が対応するしかない。

 資料は隣の資料庫へ戻し、自宅と繋がっている事務所に入れば、休日にも関わらず制服を着ている少女が出入口辺りに立って戸惑っている様子。そういえば、と事務員を希望する電話が最近ていたことを思い出し、自身の通っている学校の制服だったのに驚きを感じながらも中に入ってもらうために口を開いた。が、先に言葉を発したのは優斗ではなく少女の方だった。


「……え? つ、つつつ……っ?!」


「…つ……?」


 “つ”と言ったり口をパクパクさせて動揺している少女に、はて、と首を傾げたがすぐに何となくはその理由がわかった。まさか自分の通っている学校の生徒がこの事務所にいるなんて、予想していなかったからなのだろう。


「あ、あの…つき、月霧先輩ですよね?! 木坂高校3年の……っ!」


「う、うん。えっと……君は、後輩さん、かな?」


「はいっ! 1年の糸印いとがね 琴乃ことのと言いますっ」


「糸印さん、ね。にしても僕のこと知ってるなんてビックリだな…」


「私も、まさかあの月霧先輩と会えるだなんて思いませんでした……!」


「あはは…そんな有名人じゃないよ? 僕」


「えっ、そんな! 成績優秀、容姿端麗、みんなの憧れな月霧先輩が有名人じゃないわけ…!」


「そんな風に言ってもらえたのは初めてだけどね……あー、取り敢えずこの話はやめて、ずっと立ってるのも辛いだろうし、そこに座ろっか。」


「あっ、はい!」


 突然の褒め言葉と有名人扱いで反応に困り苦笑しながらも、これ以上長引くと他にいる依頼人からの色々な意味の籠った視線が辛くなってくるので、その話は終わらせてから空いている席に座ってもらい、なんとか本題へ移ることができそうだった。


「それじゃあ…まず、糸印さんは先日事務所希望で電話をくれた人、で間違いない?」


「はい! 学校の帰り道で募集の張り紙を見つけて。それで。」


「電話をくれたんだ。ありがとう。」


「こちらこそ……!」


 改めて今回来た理由を確認し、無事予想は的中した。が、そうなると優斗には一つ疑問に思うことがあった。


「変なことを聞くようであれなんだけど…糸印さんは本当に事務員募集の張り紙が見えたの?」


「え? はい。見えました。」


「そっか……。じゃあもう一つ。さっき、僕以外の……女性がここに居たのは知っている?」


「女性は…分からないです。」


「なるほど……。」


「えっと…?」


「いや、ごめんね。ちょっと気になることがあって……。」


「気になる…?」


「あ、そこまで大したこと…ではあるかもしれないけど取り敢えず気にしないで。……んんー…」


 女性が見えていない、ということは今自分たち以外にいる依頼人も見えていない、ということ。因みに女性というのはゆたゆきのことだ。

 顎に手を当ててなにかをなにかを考え込んでいる優斗。なぜ彼がここまで悩んでいるのか。それは、どう考えてもいまの状況には大きな矛盾があるからだった。

 簡単に説明すれば、琴乃はゆたゆきが見えていないということは、同時に妖怪やそれらに関する物体が見えていないということだ。しかし、彼女が見たという張り紙はその妖怪に関する物体、つまり妖怪やそれらが見える生き物にしか見えないはずのものの筈なのだ。

 この矛盾が起きる理由として出せるものが優斗の頭には幾つか浮かんでいるので、その中の一番可能性の高いものから聞いてみようと、訝しげな顔をした琴乃へ再び質問を投げ掛けた。


「そうだな…なにか、肌見離さず着けているものとか、あるかな?」


「ペンダントなら…」


「見せてもらえたりできる?」


「えっと…これです。」


「…やっぱり」


「え?」


 胸元から取り出されたのは、赤い石のついたペンダント。予想通りと言えるものに、自分の考えが当たっていたのと、矛盾の理由がわかったことで安心したような笑みを浮かべた優斗に対し、その意味が分からない琴乃には勿論頭上にはハテナが浮かんでいて。


「そのペンダント、外したことはある?」


「ほとんどないです。ただ、記憶では一度だけ、急いでいたときにつけ忘れたことはあります。


「その時に危ない目に遭ったりしたかな」


「……車に轢かれそうになって。暫く意識も戻りませんでした。」


「そうか…ごめんね、嫌なこと思い出させてしまって。」


「いえっ。とても昔のことですし気にしないでください。…その……それがなにか……?」


「うん。糸印さん、信じられないかも知れないけど、今から僕の話すことは全て事実だ。それを前提として聞いて欲しいんだけど、いいかい?」


「は、はい……っ」


「あり得ないような話だろうけど……この世には二つの種族が住んでいる。一つは、勿論僕らのような生き物。そしてもう一つ。怪談話などで使われる、本来見えるはずのない、見えてはいけない類いのもの____幽霊だ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます