花よ花よ、教えておくれ

星森あんこ

感情の花

 人間というのは感情や胸の内を明かそうとしない生き物だとつくづく思う。悲しければ泣けばいい、怒りたければ怒ればいい。しかし何故かそれを胸の中にしまい込み、我慢をする。


「店長ー! 来て下さい!」


 一人薄暗い事務室で作業をしていると、バイトちゃんの声が響いてきた。全く、若い子は騒がしいし元気一杯だな。なんでこんなおっさんが営む小さな花屋なんかに来たのやら。

 嫌々ながらも日の当たる外に行くと、白いパンジーをこれでもかと周りに咲かせた男性がいた。


 白いパンジーは恋愛に関する花言葉だ。おそらくこの人は甘酸っぱい恋を楽しんでおり、恋人に花束を渡したいんだろうな。


「あー、どうも。俺はこの花屋をしてる店長の水無瀬みなせです。で、バイトちゃんこの人はなんの要望なわけ?」


 背が低くてまるで中学生のようなバイトちゃんにそう尋ねるとバイトちゃんは頬を膨らませる。


「もう! 私はバイトちゃんじゃなくて小森夏こもりなつです!」


「ごめんごめん。で、要望は?」


 軽く謝り要望を聞こうとすると男性が口を開いた。


「あ、あの僕……想いを寄せた人がいまして、その……今日はその人に花束を渡して、指輪を一緒に買いに行きたいんです」


 男性は顔を赤くしてそう答えてくれる。まさかのプロポーズだったか。それにしても本当に恋人の事が好きなんだなぁ。パンジーが咲きすぎで俺の視界が真っ白になりそうだ。


しかしこの事は当の本人は全く気付いていないし、バイトちゃんも気付いてない。


 なにせこの男性の周りに咲いた花は抑え込んだ感情そのものだからだ。


「あー、やっぱり想いを伝える系だったか……それだったらこの白い百合やスズランがオススメ。それか白いパンジーもね」


「ありがとうございます!」


 男性は俺がオススメした白をメインとした花々をじっくりと見ている。


「店長、王道のバラの花束はオススメしないんですか?」


「まぁバラでも良かったんだけど本数によって意味が変わってくるし、サプライズで渡したい時はかさばりやすい。だから俺はあんまりオススメしないんだ。それに白で統一した花束を持ってると新婚さんの雰囲気が出るだろ?」


 まぁ、ただ単にバラの棘を切り落とす作業が面倒くさいってのもあるけど。男性はまたも眉間にしわを寄せて悩み始めた。それでもなお、白いパンジーは咲きつづけている。


「あの、白い百合と白いスズランを使った花束を作って下さい」


「分かりました。それにしても初恋の人と結ばれるなんて羨ましいねぇ」


「えっ? なんで知ってるんですか?」


 しまった。心の中で言ったつもりだったのに口に出てしまっていた。男性は怪しいとでも言いそうな顔でこちらを凝視している。


 あなたの周りには白いパンジーが咲いており、その中でひっそりと白色のツツジが咲いていたので……なんて言える訳が無い。白色のツツジの花言葉は「初恋」。ついうっかりだな。


「あー……お兄さんの顔に初恋って書いてましたよ」


 苦し紛れの言い訳が通じるとは思えないが、通じてくれ。そう願っていると男性はふにゃりと幸せそうな笑顔を向ける。


「顔に出てましたか……抑えたつもりだったんですけど、彼女の顔を思い出すと嬉しくて」


「幸せそうですよ」


 そう爽やかな笑顔を向けた俺だが、内心はかなり安堵している。なにせこの感情の花が見えるのは俺だけで、他人の抑え込んだ感情や秘密は花言葉を通して分かってしまう。


 パンジーやチューリップといった明るい感情の花を咲かす者もいるにはいるが、やはり多いのはオニユリやアザミといった暗いものが多い。


 死を考えている者にはあの赤くて葉っぱの無い、彼岸花ひがんばなが咲いている。幼少期の頃からこんなものが見えていたからあの彼岸花は大の苦手だ。見たくもない。



「ありがとうございましたー」


 俺とバイトちゃんは頭を下げ、白い花束を持った笑顔の男性を見送る。あんなにも誰かを思えるのは素晴らしい事だ。花を見れば分かる、あれは穢れの無い純粋なものだって事が。


 ふと横を見てみると小さな桜の花びらのような花を咲かせたバイトちゃんが男性の背中を見ていた。


 この花は確か、サクラソウだったな。花言葉は「憧れ」の意味もあったな……あぁ、なるほど。そういうことか、やっぱり若い子程感情の花が綺麗に咲く。


「羨ましいなぁーとか思ってただろ?」


「えっ?! そ、そんな事思ってませんよ!」


 明らかに動揺し始め、俺と目線を合わせようとしない。サクラソウがバイトちゃんの周りに咲き始める中、一輪だけ目を引く花があった。

 血よりも赤く、気品漂う真っ赤な一輪のバラだ。それはいつも俺と話す時だけ咲いており、他の感情の花で隠そうとしている。


 もったいない。そういつも隠れているバラを見ながら思っている。感情の花は見えるだけで触れる事も匂いを感じる事も出来ない。まるでガラス越しに見ているような感覚だ。


「バイトちゃんって高校生だし、何か青春っぽいのしてないのか? ほら恋愛絡みのさ」


 意地悪したくなった俺はそう尋ねるとバイトちゃんは少し物憂げな表情になるが、依然として俺の目を見ようとはしない。

 咲いていたサクラソウや赤いバラはいつの間にか無くなり、白く大きな花弁を持った美しい花……月下美人がバイトちゃんの背後から咲いていた。月下美人の花言葉は「報われない恋」。失恋や恋を諦めた者にはこの花が咲いている。


「なんだ? 失恋でもしたのか?」


 いいや、バイトちゃんは失恋なんかしていない。そうだと思っていてもどこかでそうであってくれと願う自分もいる。


「店長、実りそうもない恋ってどうすればいいんでしょうか」


「……さぁな。残念な事に俺は恋愛経験があるとはいえない立場だからな。悔いのない方を選べとしか言えないな」


 するとバイトちゃんは少し考えた後、俺の前に立って目線を合わせる。感情の花は月下美人から真っ赤な一輪のバラとなりそれもまたこちらを見ていた。今度は何かで隠そうとはしていない。ただ俺の視界には彼女のまっすぐな瞳と美しく立派に咲いた赤いバラが目に映る。


「店長……ううん、水無瀬さん。私、水無瀬さんが好きです」


 あぁ、やっぱりか。認めたくなかった事実が今現実として起こっている。彼女の目は本気で、しかもフラれても構わないとでも思っているようだ。


 初めて彼女に出会った時から彼女の気持ちは知っていた。顔には出ていなかったが感情の花は嘘はつけない。彼女はいつも俺と話す時はあのバラを美しく立派に咲かせていた。


 一輪の赤いバラの花言葉は「一目惚れ」と知った時、なるべく彼女と距離を空けようとした。なにせ俺は三十六のおっさんで向こうはピチピチの高校生だ。どう考えたって世間様が許しちゃくれない。


「あー……俺なんかよりもっといい相手がいるんじゃないのか?」


 なんと返したらいいのか分からず、確実に相手を傷つける事を言ってしまう。これで彼女が諦めてくれるのはありがたいが、どこかでそれを納得したくない気持ちがある。

 彼女の顔は何故か先程の真剣な表情のままで傷ついているようには見えなかった。


「まぁ、いるでしょうね」


「は?」


 彼女は予想とは斜め上の解答をする。しかも腰に両手を当て、さも当然かのような態度だ。思わず素の声が出てしまった。


「意地悪で不思議な人で気怠げな水無瀬さんよりもいい人は沢山いると思います。それに水無瀬さんと私の年の差は埋められませんし、世間の目も良いようには見ないと思いますよ。ただ……」


「ただ?」


 彼女は少し下を向いた後、花のように優しく、小悪魔のような笑顔を向ける。


「私はそんな水無瀬さんがいいんです。周りの人が水無瀬さんよりいい男がいると言われても、私のいい男は水無瀬さんだけですから」


 その笑顔で俺の目の前が一瞬だけチカっと光った気がした。彼女からはバラも月下美人も咲いておらず、感情の花は咲いていなかった。

 感情の花が咲いていないということは、この感情は嘘偽りのない真実だということ。


 意味を理解した瞬間、年甲斐も無く顔に熱を集めてしまった。顔が熱い、恥ずかしさではなく嬉しいという感情が湧いて、熱くなっている。


「え、えぇ……バイトちゃんって大胆だねぇ」


「大胆で諦めが悪いんです。水無瀬さんが私に振り向くまで何度でもアピールしますからね!」


 彼女はそう言い、鼻歌を歌いながら倉庫へと向かって出ていってしまった。俺はというも完全に放心状態だ。


「アラフォー目前のおっさんが何照れてるんだか」


 カウンターに突っ伏しながらそう声を漏らす。今まで好意を向けてくれた女は何人かいたが、どんな奴でも本音と建て前というのがあった。だが、彼女だけは本音だった。先程の彼女の発言を思い出して、顔が熱くなる。


「今の俺にはなんの感情が咲いているんだろうな」


 初めてこの訳の分からない能力が自分にも見えたらなと思ってしまった。あの男性のように白いパンジーなのだろうかそれとももっと違う花なのだろうか。


 ふと視線を横にずらすと売れ残りである赤い六本のバラがこちらを見ていた。バラというのは色だけでなく本数でも意味が変わってくる。六本の場合は──────


「″あなたに夢中″……あながち間違いじゃないんだよなぁ。いい歳してなにやってんだか」


 何度冷静を装うとしてもやはり心は浮ついたままで、顔には熱が僅かに残っている。




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