チャールズ・K・オルドリッジ

 シェリルに先導され、応接室へと入る。

 まず目に入ったのは、仏頂面で椅子に腰掛けているヴィオレット。どっかりと足を組んで、浮いた爪先をゆらゆら上下に揺らしている。


 いかにも不機嫌そうなヴィオレットの対面には、端正な顔立ちの男。銀髪を後ろに撫でつけ、形のいい額をあらわにしていた。

 彼がチャールズだということは、疑いようもない。状況的に、ということもあるが、なにより、エドマンドとよく似た容貌をしているからだ。

 あらかじめエドマンドの兄だと説明されていなくとも、きっと血縁関係を確信しただろう。


 だが、いろいろな部分が決定的に違う。身長も肩幅も、チャールズの方がずっと大きい。容貌に関しても、優美でどこか女性的なエドマンドとは対照的に、精悍で非常に男らしい。


「君がヴィオレットの新しい従者かい」


 チャールズはすっくと立ち上がり、大股でラスティの元へ迫る。同時に、上から下まで舐めるように見られた。

 ちょっと不躾ぶしつけじゃないかなぁ、と思ったが、値踏みされているようには感じなかった。ただ好奇心に任せて観察しただけ、といったところだろうか。

 話しぶりもエドマンドによく似ているが、彼よりも鷹揚おうようで、余裕たっぷりな印象を受ける。声もずっと低い。


「あー、はい、こんにちは、はじめまして」


 緊張しながら、とりあえずそれだけ絞り出すと、チャールズは歯を見せてにかっと笑った。


「ぼくはチャールズ・ケネス・オルドリッジ。ヴィオレットの従者なら、我らオルドリッジ家の友も同然だ。気安くチャーリーと呼んでくれてもかまわないぞ」


 気さくな男だなぁ、とラスティは好印象を抱いたが、シェリルの『気を緩めるな』という警句を思い出し、心身を引き締める。

 それから、『さて、こちらも名乗っていいものか』と迷った。シェリルは一歩後ろにいるし、ヴィオレットは不機嫌そうに窓の外を見ているし……。


チャールズ・・・・・


 声を上げたのは、ヴィオレット。高圧的に男の名を呼び、彼の視線をさらっていった。


「そいつはラスティという。お前のように馴れ馴れしい男は苦手だそうだ。席へ戻れ」


 なんとも失礼な物言いだ。だがチャールズは慣れた様子で受け流し、興味深そうに目を細めた。


「ずいぶんと男の好みが変わったようじゃないか」


 ハリーと比較しての発言だということは明らかだった。椅子にふんぞり返っていたヴィオレットの顔がくしゃりと歪む。ラスティも不愉快極まりなく、むっと口を尖らせた。


 室内に不穏な空気が満ちるが、それを作り出した男は平然と笑んでいる。ヴィオレットへの意趣返しというより、『ただ思ったことを言っただけですが、なにか?』というような悪気のなさが漂っていた。かえってタチが悪い。


「新入りの顔見せはもう十分だろう。――二人とも、もう下がっていいわ」

「いいや、彼らにも聞いてもらった方がいい」


 チャールズが強い調子で言い、ヴィオレットはわずかに目を見開く。


「さっきも言ったが、今日は母上の名代で、ちょっとアレな話をしに来たんだ」

「なんだ、はっきり言え。ボケた年寄りのように言葉を忘れたか」


 毒舌を吐きつつも、ヴィオレットの表情には怯えのようなものが生まれていた。ラスティの心も、不安でいっぱいになる。きっと、チャールズのもたらす話こそが、今までの平和を打ち壊す引き金となるに違いない、と。

 チャールズは元いたソファへ腰を下ろすと、にやりと笑んでシェリルへ手招きしてみせる。


「かわいこちゃん、チャーリーお兄さんの膝の上に座るかい?」

「またズタズタにされたいか!」


 ヴィオレットが猛烈な勢いで起立するが、チャールズはたるんだ笑みを崩さない。


「君のいばらの鞭で付けられた傷、まだ残ってるよ、見るかい?」


 などと言って、襟元を緩め始めた。すかさずヴィオレットが『汚いものを見せるな』と叫ぶ。一体どこを傷付けられたのやら。そして、なにをやらかしたのやら。

 しかし、見事にヴィオレットを翻弄しているものだ。おそらく、ずっと年上なのだろう。そこはかとなく、そのような貫禄を感じる。


「わたくしは、ここに立っております」


 シェリルが凛と張りつめた声で言った。彼女もチャールズの冗談を快く思っていない様子。チャールズは、調子を狂わされたように肩をすくめた。


「長く、面倒な話になるかもしれない。もうふざけたりしないから、座ってくれ」


 にわかに真剣な物腰になり、面々を順繰りに見つめる。ヴィオレットは仕方ないといった様子で嘆息し、シェリルを自分の隣へ招いた。ラスティはやむを得ずチャールズの横に座る。ただし、可能な限り距離を空けて。


「さて……ヴィオレット。セントグルゼンの街で、少女たちが何人も殺害されている事件は知っているね?」

「ああ。そもそもその話は、お前の弟がもたらしてくれたからな。この私が犯人だと疑われていることも含めて」

石榴館せきりゅうかんに乗り込んで、嫌疑を晴らしたんだったね。ご苦労様」


 と、チャールズは真摯にヴィオレットをねぎらい、それから声を潜める。


「それから早や数か月……。その事件はどうなったと思う?」

「知らん」


 にべもなく答えるヴィオレット。だが、ラスティは大いに興味があったし、シェリルも首を伸ばしている。チャールズの様子からして、犯人が捕まったとか、そういう朗報のたぐいでないことは十分察せられた。


「その事件は――」


 ゆっくり口を開くチャールズ。すでにヴィオレットも耳をそばだてている。


「アルバス王国南部全土に広がった」


 告げられた言葉は重苦しく、その場の誰もに息を呑ませた。


「把握しているだけでも、十五人かな。若い娘だけでなく、もう少し年のいった女性も、少年も、幼い子も犠牲になった。貴族だけでなく、市井しせいの人も、外国人もね」

石榴館せきりゅうかんの連中はなにをしていた? グレナデンは今もぬけぬけと無能をさらしているのか?」


 シェリルの恩人に向かってひどい言い草だが、ヴィオレットは純粋に怒っているようだった。拳を握り、打ち震えている。


「それがな、ヴィオレット――」


 チャールズは顔色を曇らせ、深い息を吐く。


「もはや、石榴館せきりゅうかんは満足に機能していない」

「なぜだ、なにがあった」


 ヴィオレットは緊張をあらわにしつつ、身を乗り出した。チャールズはもう一度息を吐く。


「石榴館の主人であるグレナデンと、彼の親友にして腹心のフィリックスが、たもとを分かった」

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