第十二話 夢の托卵

(1)

「ずびいいい」


 がぜびいだあ。一時間目から、机の上でずっと潰れてる。どうしようもなくしんどい。


「ちょっと、ゆめー。あんたもう早引けした方がいいって」

「うー」


 咲が心配してくれたけど、家にいるとみゆきちゃんのことが気になって寝ていられない。授業中潰れてる方がまだまし。最悪の場合、保健室っていう緊急避難場所もあるし。


 いやあ、それにしても強烈だった。グロいものが出てくる悪夢は、ホラー映画みたいなものだから鑑賞に徹すればいい。どんな化け物が出てきても、そいつがわたしを襲うことは絶対にないんだもん。でも、みゆきちゃんの悪夢はとんでもなかった。わたしの周りは真っ暗で何も見えない。化け物ならスルーできるわたしでも、底なしの虚無だけはスルーできなかった。しかも視るつもりなんかなかったやつが、いきなりどばあっとだもん。はんぱなくしんどかった……。

 気ぃ失ってぶっ倒れたまま床で寝ちゃったから、がっつり風邪ひいてもた。体の節々は痛いわ。鼻の蛇口は壊れるわ。どかあんと発熱してるわ。もうサイアク。這うようにして登校したけど……。やっぱしんどい。


「ざぎー。だべだー。ばだじーぼげんじづにいぐー」

「だあかあらあ、それよかもう家に帰った方がいいって!」

「じょっどわげありー」

「むぅ」


 帰るにしても、午後からにしよう。あの長谷辺さんていう人が来てくれてるかもしれないから。よれよれの状態で職員室に行き、担任の鈴木先生に保健室退避を申告した。少し休んで体調が回復しなかったら、午後から早引けする……そう伝えて。先生にもう帰った方がいいよって言われたけど、横になりたかったからちょっとだけでも粘ることにする。


 養護の宇野先生に調子悪いって言ったら、すぐに寝なさいって言われた。そりゃそうだよね。熱測ったら三十九度近くあったもん。だんだん体に力が入らなくなってきた。意識がふわふわの状態でベッドに倒れこんで、すぐに。


 ――夢を見たんだ。


◇ ◇ ◇


 わたしは夢を見ないわけじゃない。見た夢を覚えようとしないだけ。保健室のベッドで見た夢も、いつもならすぐに忘れたと思う。だけど、その夢はものすごくしつこかったんだ。


 もやっと薄暗い中を、グレイの人影がずっとうろうろしてる。薄暗い場所が、仏間に続いてる地下室だってわかったから、動いているのはたぶんお母さんなんだろう。わたしを無視してうろつき回っているのがすっごい不愉快だった。むかついて、さっさとそこを出ようと思ったんだ。


 仏間に戻ろうとして階段をいくつか上がったら、さっきのグレイの人影がわたしの前にいる。なんで先回りしてるの? ほんと気分悪い。いいよ。先行って。下で待ってるから。地下室に降りようとしてくるっと回れ右したら。下ではさっきのグレイの人影がまだ動いてた。上にも下にも? じゃあ、上は弟たちか。あんだけ仏間を怖がってたのに、なんだかなあ……。


 どっちにも行けなくなって、階段の途中にぼやっと立ってた。でも、そのあと猛烈に気持ち悪くなったんだ。グレイの人影。なんでそれが誰かわからないの? どうしてわたしを無視するの? なんでわたしの移動をじゃまするわけ? それは恐怖でも不快感でもなくて、言い表しようのない違和感だった。


 そして。階段の途中で立ちすくんでいる間に、もやっとしていたグレイの人影がなんとなく固まって結像し始めたんだ。その途端。ぎしっ! 頭のてっぺんに杭を打たれたみたいな強く鋭い頭痛がして、目が覚めた。


 わたしは……がたがた震えていた。寒いからじゃなく、あまりに強烈な違和感に耐えられなくて。


「寒気がする?」


 額の上に乗せた両手の向こうから、宇野先生の声が降ってきた。


「はい。それと……頭が痛くて」

「風邪だと思うけど、熱が高いから一度病院に行った方がいいわね。おうちの方に電話しておくから、今日はもう帰りなさい」

「ふらふらして……」

「斉木さんの家は、ここからそんなに遠くないんだよね」

「はい。小沢町です」

「そっか。じゃあ、昼休みに車で家まで送ったげる」

「すいません。お願いします」

「鈴木さんと学年主任に話してくるから、そのまま横になってて」

「はい」


 宇野先生が保健室から出て行ったあと、脳裏に焦げ付いたさっきの夢を持て余してしまった。さっさと忘れたいけど、消えてくれそうにない。やだな……。


「自分の夢なんか、絶対に視たくないし」


 調子が悪いからもっとしっかり眠りたいけど、今寝るとさっきの嫌な夢をまた見そうな気がして目をつぶれなかったんだ。上半身を起こしてぼうっとしてたら、先生が戻ってきた。


「お母さまに連絡しておいたから、すぐに帰りなさい」


 みゆきちゃんのことが頭に浮かんで気後れしたんだけど、今のままじゃ本当にきつい。しょうがないよね……。


「そうします」

「玄関までは歩ける?」

「なんとか」


 ベッドから降りた途端に足がよろけた。とほほ。貧血で倒れた川瀬先輩のことなんか言えないや。ふらっふらだ。はあ……。


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