(2)
「あ、それとお父さん」
もやもやをずっと抱えているのは嫌だから、直に突っ込むことにする。
「お母さんてば、なんでずっと仏間に引っ込んでるの? 片付けなんかとっくに終わってるよね」
「見に行ってないのか?」
あ……。お母さんが仏間におこもりさんになってしまってから、どうしても覗きにくかったのは事実だ。
「見てもいいの?」
「だめだって言われてないだろ?」
「ううー、そうだけどさー」
「すごいことになってるよ」
「す、すごいこと?」
ぞわぞわっとしたけど。お父さんは、特に表情を変えてない。うーん。でも、百聞は一見にしかずだよね。
「じゃあ見てくるー」
「おー」
必要なことは話し終わったからもういいかなって。そんな感じで、お父さんが新聞を読み始めた。
仲のいい家族。わたしがなんの疑いもなく信じ切ってた明るい背景は……本当はもっと暗色なのかもしれない。向こう側が見通せない、暗闇に近いのかもしれない。それって、わたしの考えすぎなのかな? なんとなくすっきりしないまま仏間にこっそり近づいて、ふすまの隙間から中を覗く。別に盗み見する必要はないんだけど、なんとなく。んで、全力でぎょえってしまった。
「ぎょえええっ! なんじゃこりゃあ!」
がらくた置き場になっていたって言っても、それなりに床が見えていたはずの仏間が一面積み木状態……ってか、それってなに? すっごいカビ臭いから、年代物ってことはわかる。もしかして本?
「ちょっとお母さん、どこに埋もれてるの?」
声をかけたけど、返事がない。おっかなびっくり部屋に入ってみる。でも本の壁に阻まれて全然中が見通せない。まるで迷路を通るみたいにして中を見て回ったんだけど、お母さんの姿がない。入れ違い? いや……そんな人の気配を感じなかった。まさか、お母さんは幽霊だったとか言わないよね? いくら夢視絡みだって言っても、怪異ものの世界は勘弁だよー。
部屋のど真ん中で呆然としてたんだけど。
「あれ?」
仏壇と反対側の押入れが開けっ放しになってて、そこの中のものは全部処分したのか空になってた。でも右の奥だけちょっと雰囲気が変。おそるおそる押入れの中に首を突っ込む。押入れの奥からわずかに風が吹き出してくるのがわかった。その風が一段とカビ臭い。
「あ……」
押入れの奥の床が一部抜けてる。下に降りて行ける感じ。思い切って覗き込んでみる。どこかに灯りが点いてるのか、薄暗いけど真っ暗じゃない。そこは下に降りる階段になってた。
そっか。二階に上がる階段の裏は完全にデッドスペースだと思ってたんだけど、こんな風になってたのか。押入れから降りてく階段は、二階に上がる階段よりずっと長いみたい。一階じゃなくて地下につながってるんだろう。
「うちに地下室があるなんて、知らんかったなー」
うちって、お屋敷形のケーキを真ん中だけ切り分けたみたいな変な作りの家だから、時代ものがあってもおかしくないんだけどさ。地下室かあ……。きっとお母さんはそこにいるんだろう。お父さんがさっき言ってたみたいに、お母さんは仏間に来るなって言ったわけじゃない。それはこの先だって同じはず。じゃあ……行ってみようか。
抜き足差し足、階段を降りてみる。ここって、長い間使われてなかったんだろなー。猛烈にカビ臭い。階段も通路も作りは雑に見える。急ごしらえで作って、長い間そのまま放置って感じ。ぽつぽつっといくつか電球が点いてるけど、どれも点いてるのが不思議なくらい古ぼけてる。その割に床に埃がたまってないのは、お母さんが掃除したからだろう。
へっぴり腰で前へ進んでいったら。どん詰まりに扉が開けっ放しになってる結構広い部屋があって。中で、お母さんがぼんやり立ち尽くしてた。
「ちょっと、お母さん。これ、どゆこと?」
だるそうに振り返ったお母さんが、マスクをかけたままもごもご返事した。
「知らないわ。押入れ片付けてたら、奥の床になんか蓋みたいのが乗ってて。開けたら、ここに繋がってたの」
「ここの鍵は?」
「かかってなかった」
「何が入ってたの? もしかしてお宝?」
お母さんも何かお宝があると思っていたんだろうな。心底がっかりした顔を見せた。
「全部古文書」
「げー」
そっか。あの本みたいのは古文書かあ。なんでまたそんなもんが。
「おばあちゃんが集めてたとか?」
「どうなんだろ。私は一回もそんな話を聞いたことないの」
「じゃあ、おばあちゃんも知らなかったのかなあ」
「うーん……」
お母さんが、考え込んじゃった。
「じゃあ、埼玉の親戚のとこに行ったっていうのも、それ関係?」
「そう。母は末っ子だったから、母より年上の伯父や伯母はもうとっくに亡くなってるの。誰か事情を知ってるいとこがいないかなあと思って、作蔵伯父さんとこのあっちゃんに聞きに行ったんだけど、知らないって言われた」
「そっかあ……。で、なんの本なの?」
「わかんないの。開いてみたらみみずみたいな字ばっかで」
「歴史的に価値のあるものなのかなあ」
「それも含めて、何もわからない。でも、傷みがひどくてね」
「すっごい湿気ってるもんなー。めっちゃカビ臭い」
「うん。カビもだけど、虫食いも相当ある。どれくらい読める状態なのか、判断がつかないの」
とか話をしてるうちに、どんどん息苦しくなってきた。酸素が足りないっていうより、カビ臭さにもう我慢できないって感じ。
「げほっ。一回戻るー。お母さんも、あんま長居しない方がいいんじゃない? すっごい空気悪い」
「そうね。もう少し本を仏間に運んでから休憩にするわ」
うー、限界。げほげほ咳き込みながら仏間に戻った。なるほど。そういうことだったのか。お母さん的には、わたしをいじれなくなった代わりの標的を地下室に見つけたってことだ。それにしては、あのよそよそしい態度が気にくわないけど。
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