(4)
森下さんを追い返し、お客さんには母屋で待ってもらって、その間に小屋の床に散った血をきれいに拭き取った。血の跡がなくなっても、小屋が穢れたように感じてむかむかが収まらなかった。
でも視ると言った以上、集中を妨げる感情に囚われるわけにはいかない。寒いけど、あえて窓を全開にしてすっかり空気を入れ替える。夜気を胸いっぱい吸い込んで、自分の中の淀んだ気持ちと一緒に吐き捨てる。
「ふうううっ」
さあ、きっちり集中しよう。母屋に行って、お客さんを呼び出す。
「お待たせしましたー。準備ができたので、小屋に来てください」
「はい。お世話になります」
心配事があるせいか元気はないけど、受け答えにだらしないところがなくて丁寧。きっとしっかりした人なんだろう。小屋に招き入れて、ソファーに座ってもらう。コートを脱いだ女の人は、それをきちんと畳んで横に置いた。一つ一つの仕草がとても優雅だ。
改めて、どんな感じの人かをチェックする。すっごい美人さんだと思うんだけど、雰囲気は地味。濃い茶色のタートルネックセーターにグレーのパンツというシンプルな服装で、アクセサリーは何も付けてない。メイクも抑えめ。セミロングの髪にもダイを入れてない。ナチュラルビューティっていう表現がぴったりだ。それにしてもスリムだなー。雰囲気がまるで妖精みたい。
女の人がバッグから会社の名刺を出して、両手を添えてわたしに差し出した。
「
「斉木夢乃ですー」
年は村岡先生と同じくらいだと思うんだけど、雰囲気はまるっきり別系統だ。大きな会社の受付とかにいそうな、すごく洗練されてる人。それなのに、つんと澄まして高びーっていう印象にならない。落ち着いたオトナの女性に見える。ただ……元気がないっていうより、最初からひ弱な感じがする。ぎりぎりのエネルギーで動いてるっていうか。おっと、オーダーを聞いとこう。
「ええと。何を引っ張り出せばいいですかー?」
「夢の中で私をつけている人を、教えて欲しいんです」
「捕まった犯人じゃないんですよね」
「違うと思うんですけど、見えないのでわからなくて……」
うん。怯えてる。その気持ちはよーくわかる。わからない人が自分の好きな人や気になる人だったら、もっと詳しく知りたくなるよね。でも、逆だったらできるだけ忘れようとするんだ。それなのに、どうしても消えてくれない。いくら夢でも、捕まった犯人だと言い切れない誰かにずっとつけ回されるのはすごく怖いと思う。森下さんと違って大きな問題はないと思うけど、念のために確認しておこう。
「ええと。夢視っていうのがどういうものか、説明させてください。あと、お引き受けするには条件があります」
「はい」
「夢視は、占いじゃないです。夢に出てきたけど、うまく思い出せないもの。それをわたしが代わりに見つける……そういうイメージです」
「森下さんから伺いました。よく存じてます」
「じゃあ、夢視の結果にわたしがコメントしないというのもわかっていますね」
「はい」
なるほどな。森下さんは、余計な色を付けないで、わたしの夢視のことを正確に伝えてくれてる。お悩み相談じゃないから、夢視の結果は自力で消化してという原則。それも、きちんと言ってくれてるんだろう。
「じゃあ、大丈夫かな。昨日見た夢ですよね」
「そうです」
「お引き受けします。右手を出して、手のひらを開いてください」
「あの、右じゃないとだめでしょうか?」
もともと細い声が、もっと細くなった。おやあ?
「基本、右に限定してます。わたしも、右で読みにいかないとうまくいかないことが多いんです」
「そうですか……」
朽木さんが、諦めたようにそろっと右腕を出した。白くて細い、蝋細工みたいな腕。でも、その手首から上にいくつも赤い筋が走ってる。リスカ……の跡だ。そうか。朽木さん、左利きなんだろうな。
「すみません。もうちょっと手のひらを開いてください」
「あ……」
手をすぼめた方が、跡が目立たないからかな。無意識に傷を隠そうとしてしまうんだろう。
「無理に思い出そうとしないで、リラックスしてくださいね」
「はい」
ふっ。息を抜いて、ゆっくり手のひらの真ん中に指を置く。
「ん……」
夢は鮮明だった。夜道を歩いているシーン。朽木さんはしきりに周囲を気にしてる。強い気配を感じているのに、気配の主が見えない。わからない。ずーっとそんなそぶりをし続けてる。確かにこういう夢は見たくないよね。夢でまで強い緊張が続くのは、ものすごく消耗すると思う。
朽木さんの視線から離れて、少し高いところから全体を見回す。意識が届くところしか造形されていないから、見回す範囲は朽木さんの近くだけでいい。つきまとってる人はすぐに見つかるはず。
ああ、いたいた。なんだ、真後ろにいるじゃん。そうか、いくら見回しても見つからないのに、気配が最強になるってのはそういうことだったかー。まるで背後霊とか守護霊みたいな感じだ。夢だと現実と感覚が違うから、真後ろにいるってことに気づけないんだろなあ。
さて、そいつは誰かなー。近寄って顔を覗き込んだとたん、思わず苦笑いしちゃった。
「あーあ……」
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