(3)
浜崎さんの警告を思い返す間もなく。浜崎さんからの電話が切れてわずか数分後に呼び鈴が鳴った。森下さんだろな。
「はあい」
ドアを開ける前に、一度確認する。
「どちらさまですかー?」
「先日うかがった森下と言います。夜分突然お訪ねして申し訳ありません」
やっぱりか。ロックを外してドアを押し開けた。
「こんばんはー」
「どうしても視てもらいたい夢があるんです」
いきなりそう切り出した森下さんの目は血走っていた。ひどく思い詰めている様子がありありとわかる。
「……ここじゃなく。小屋の方で」
「はい」
念のために母屋の鍵を閉め、小屋の灯りを点けて中に招き入れた。
「視て欲しいっていうのは、どんなものですかー?」
あえて、とぼける。
「人、です」
「覚えている範囲でいいので、どんな夢だったかというのと、森下さんとその人との関係を教えてください」
「……」
返事が戻ってこない。その間に夢視の原則を説明して、最初に釘を刺しておこう。森下さんにだけじゃなく、全員に確認してることだから。
「あのね、わたしの夢視を悪用しようとする人が、たまにいるんですよ」
「悪用、ですか」
「そう。夢に出てくる実在の美人を特定するために夢視を使おうとしたヤバい人がいて」
「……」
「そういうのは受けられません。それにね」
「はい」
メモ帳の紙を一枚ちぎって、適当な番号を書く。
「競馬の当たり馬券の番号とか、宝くじの当選番号とか。夢に出て来たから教えてくれっていうのもありました」
「当たるんですか?」
「んなわけないですよー。それは、その人の好きな番号とか、知ってる番号とかってだけ」
「そうですよね」
「でも、文句言うんですよ。当たらないじゃないかって」
「あ……」
わかるでしょ? わたしが提示できるのは、あくまでも夢の中の事実だけ。それがどんな種類のものであっても、わたしには意味がない。どうでもいい。夢から引っ張り出した結果に文句を言われる筋合いはないの。
「そういうのは一切お断りです。なぜ夢視が必要なのか、ちゃんとわたしが納得できること。もう一つ、どのような夢視の結果が出てもそのまま受け入れること。二つの条件をクリアしてもらわないと、夢視はお引き受けできません」
悪用されたくないから、魂胆を隠したままだったら夢視をすることはできないよ。それと、出た結果への文句は一切受け付けないからね。わたしが森下さんに突きつけた条件は決して甘くなかったと思う。そしてこれまでの低レベル依頼者は、条件をクリアできてないよって断れたんだ。
森下さんが条件を聞いて諦めるっていうのがベストだったんだけどな。浜崎さんもそうなることを望んでいたと思う。でも、森下さんの思い詰めようは半端じゃなかった。ここで断られたら自分はもうおしまいだ……そんな感じにすら見えた。
両拳を音がしそうなくらい固く握り締めていた森下さんは、浜崎さんが予想していた通りに、夢視の目的をげろし始めた。家族を殺した犯人の顔を、夢の中から引っ張り出したいと。浜崎さんの予防接種があったから備えていたと言っても、わたしには十分衝撃的。思わず頭を抱え込んでしまう。
「ううー。きついー」
それが単純に森下さんの悪夢だったらいいの。それは架空の出来事に過ぎないから。でも、現実とがっちりリンクしているところに触るのは、浜崎さんの警告がなくてもわたしにはきつい。部長の夢視の時もそうだったけど、視るわたしの精神的ストレスには誰も配慮してくれないんだよね。そこんとこがなあ。もうそろそろ、潮時なのかもね。
森下さんの暗くて重い告白を聴き終わって。わたしは、でっかい溜息を三つ、放り出した。
「はあっ。なんつーか。はあっ。こう。はあっ」
しょうがない。覚悟しよう。わたしの一番難しい夢視になるだろう。いや夢の特定はすぐ終わる。それをどう具体化して森下さんに見せるか、だ。ごまかすつもりも、ぼやかすつもりもないけど。
「視ますよ。ただ……」
「はいっ!」
思い切り体を乗り出す森下さん。ぎらぎら光る目から視線を外さずに、ぎっちり釘を刺す。
「昨日見られた夢ですよね」
「そうです」
「わたしは直近の夢しか視られませんし、視ません。ほとんどの場合、そこには直近のものしか出て来ません。それを最初によく覚えておいてください」
森下さんが、強い不満の表情を浮かべた。ほら。人の言ったことを何も聞いてない。受け入れてないでしょ? まあ、いい。開き直ろう。
「じゃあ、視ますね」
わたしが右腕を出してくださいと言う前に、ぐいっと太い腕が差し出された。手のひらを開いてもらって、その真ん中に静かに指を置く。
「心を落ち着けて、ぼやあっとしてください。思い出そうとして無理にいきんじゃったら、かえって視えにくくなるんです」
「く……」
夢の中の光景を、自分でも探り当てようとしていたんだろう。しぶしぶっていう感じだったけど、手の強張りが解けた。
「ん……」
真っ暗な室内を誰かが動く気配。森下さんのすぐ側を男が通り過ぎて、部屋から出る寸前にちょっとだけ振り向く。その顔は……。
手のひらから指を離して、スケッチを描き始める。森下さんの目がわたしの持ってる鉛筆の先に釘付けになった。
「気をそらさないでください。視えなくなります」
「あ……はい」
「何度か繰り返しますね。時間、かかります」
「お願いします!」
わたしの描いたスケッチは、一枚ではとどまらなかった。ふうっ……。
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