(2)

 おばさんのぶくぶくの右手をむんずと掴んで、その手のひらの真ん中を人差し指で突き刺す。ぐしっ!


「何すんのよっ!」


 断片しか視えないかと思ったけど、今のおばさんの姿と同じくらい夢も思い切りケバかった。これなら集中しなくたってすぐにわかる。楽勝だ。


「ああ、昨日はろくな夢見てませんねー。会う予定だった人が、連絡なしでおばさんとの約束をすっぽかした。おばさんは、高級レストランで待ちぼうけ、あーんど一人メシ。かんしゃく起こして料理にけちつけようとしたら、料理や店員さんじゃなくして、レストランそのものが消えちゃったでしょ。おばさん、廃墟の中で一人きり。ぽっつーん」


 わたしは、おばさんの顔色が変わったのを見逃さなかった。そりゃそうだよ。わたしのは占いじゃなくて、夢の描写だもん。インチキ? はっ! 冗談じゃない!

 おばさんの丸太みたいな手をぽいっと放って、がっつり引導を渡す。


「お帰りください。わたしのはボランティアですからお金は一切いただきませんけど、視る相手は選ばせてもらってます。今のはほんのサービスということで。さよーならー」


 体当たりするみたいにおばさんをドアの向こうに押し出して乱暴にドアを閉め、壊れるんじゃないかって勢いで鍵をかけた。何があったのって感じでのほんと様子を見に来たお母さんを、全力で睨む。


「ちょっとお母さん」

「なに?」

「いい加減、宣伝は打ち止めにしてよっ! 次にああいうしょうもないやつがたかってきたら」


 お母さんの首に指を突きつけて、思い切りどやした。


「ぶっ殺す! わたしが新聞ダネを作ってやるわっ!」

「ひっ」


 もう我慢ならん! さすがに堪忍袋の緒が切れた。わたしの目は猛烈に血走っていたに違いない。そりゃそうでしょ。学校関係者に広げるなっていう警告を無視。高島さんの件だって、結局窓口はお母さん。くらげおばさんの件は、殺人事件にまでつながっちゃった。その上、あんなくっそ腹たつオバハンまで呼び寄せちゃって! もーお限界だあっ!


 いつもの痴話喧嘩と違うなっていう気配を察したのか、お父さんがすかさず割って入った。


「そこまで。春には余計なことをするなと言い含めておくから、おまえはもうこれ以上突っ込むな」

「むぅ」


 お父さんの小言くらいじゃ、お母さんの暴走は止まらないでしょ。わたしにちゃんと配慮してくれるお父さんの制止は無視できなかったけど、どうにもこうにも気持ちが収まらない。猛烈にぶんむくれたまま二階に駆け上がった。


「頭に来るっ!」


◇ ◇ ◇


 ぐつぐつぐつぐつ。いつまでたっても頭の中が煮えたぎったまま。のんびりまったりになるはずの祝日の午後は、最低最悪の超不愉快アフタヌーンに化けた。何もする気になれないけど、何かしていないとお母さんの愚行がどうしても許せなくなる。


「くそおっ!」


 むしゃくしゃして、持ってた雑誌を床に叩きつけたら、ドアをノックする音が聞こえた。お母さんだったらドアは開けない!


「だれ?」

「俺だ」

「ああ、お父さんか。なに?」

「ちょっと話がある。リビングに来てくれ」


 なんだろ? 行きたくなかったけど、しぶしぶお父さんと一緒に降りる。お母さんの顔なんか絶対に見たくない。でも、リビングにお母さんの姿はなかった。


「お母さんは?」

「仏間で泣いてる」


 は? 寝室じゃなくて仏間? わけわかんない。猛烈にぶすくれてるわたしの顔を見て、お父さんが大きな溜息をついた。


「はああっ。ゆめの抗議はもっともだよ。非は全面的に春にある。いくら親子だって言っても、踏み越えちゃいけない一線があるからな」

「当たり前でしょ!」

「どんなにがあがあ文句言っても、つらっと聞き流されてしまう。そういうことだろ?」

「そう!」

「そらあ、聞き流されるような抗議だからだよ」

「は?」


 二階を見上げたお父さんが、ぽけらったわたしに衝撃発言をぶちかました。


「春には、次に夢視のことを誰かに口外したら子供を全員連れて家を出る、離婚すると言ってある」

「り……」


 ぐつぐつ煮えたぎっていた頭が、一瞬で凍りつく。


「り……こんて」

「それくらい重いことなんだよ。とうとう人の生き死にまで絡んじまったんだから」

「うん……」

「しでかしていることの影響力をきちんと計れないなら、誰の前でも一切口を開くな。できなきゃ離婚だ。それくらいでかい重石を乗せないと、あれは治らん」


 いや、確かにめちゃくちゃ頭に来てるけどさ。いきなり離婚とか、そっちまでぶっ飛ぶのはちょっと。


「ねえ、お父さん。本気?」

「もちろんだ。ちゃんと離婚届に俺の名前を書いて、判を押した。春に渡してある」

「……」

「こっちにそれだけの覚悟があるってことをはっきり示さないと、春には効かないんだよ。ゆめはそこが甘い。ひたすら文句言うだけじゃだめさ」


 うう。わかるけどさ。でもお父さん、それはいくらなんでも厳しすぎだよう。


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