第三章・弐心伝心

11月18日(月)

テストと言う悪習

 キーンコーンカーンコーン――――


 終業を告げるチャイムが、静かな校内に響き渡る。

 すると、さっきまで全員が口を閉ざしていた教室内には、石化が解けたかの様に歓喜の声がちらほらと上がり始めた。


「それじゃ、各列の一番後ろの席の奴ら、後ろから解答用紙回収して俺の所まで持って来い」

 と、教壇に立つ担任が気だるそうに指示を出す。

 しかし、その言葉からは確かに威厳が感じられ、まるで担任が教師であるかの様に思わせてくれる。


 おっと、品格も風格も皆無だけど奴は教師なんだった。


「シノブ、回収するから渡して」

 たった今指示を受けた、一番後ろの席に座っていた六条れいんは、俺の元に解答用紙を回収しにやって来る。

「……」

 れいんが欲する、否、担任が欲するソレを、俺はぶっきらぼうに無言で手渡した。


 冷や汗が頬を伝う。


「忍っ! どう、判った?」

 と、突然にも俺の後ろの席に座る犬神咲羅が身を乗り出して問うて来るが、俺は答えない。


 答えず、ただ机の一点だけを見つめていた。


 冷や汗が背中を濡らしているのが判る。

 同時に、俺の顔が青ざめているのも。


「よぅし。それじゃお前ら、ちゃんと次のテストの準備しとけよ? さて、俺は職員室で他の先生とお茶でも飲みながら、今年の学年最下位の奴の予想でもするかな」

 用紙を全て回収し終えた担任は、それをまとめながら教師にあるまじき事を言った。


 そんな聞き逃せない事を言われた生徒達は、

「ふざけるな!」だの、

「教師は気楽で良いよな!」だの、

「テスト勉強のせいで今月バイト代少なくなるじゃない!」だの、

「F○CK!」だの、

 皆が皆、各々に反応を示してる。

 誰かは知らないが、消しゴムを担任目掛けて投げる奴まで現れる始末だ。


「いいか、お前ら。何百と居る生徒の答案を全部採点する教師サイドだってダルいんだ。間違っても自分だけが辛い、被害者だなんて思うんじゃない。俺達教師を恨むな。恨むならテストなんてクソ面倒な風習を作った昔の奴らを恨め。テストを恨め! 学校を恨め!

 テストなんて悪習だ! お前らにとっても、俺達教師にとってもだ! だから俺は何も悪くない、断じて!

 ってか誰だよ、消しゴム投げた奴。返さないぞ? 絶対返さないぞ? これなきゃ次のテスト消しゴム無しで臨む事になるんじゃね? ざまぁみろ」

 そんな捨て台詞を吐き、担任は消しゴム片手に意気揚々と教室を出ていく。


 そう。今日は期末テスト初日である。

 今は二教科目の世界史を終えた所だ。


「忍?」

 と、改めて咲羅が問うて来る。

「……」

 俺は依然として虚空を見つめ、答えない。

 空はこんなにも快晴だと言うのに、俺の心はハンパなく曇天だ。


「ねぇ、顔色悪いよ? 変な汗もかいてる……」

「……」

 やはり俺は答えない。

 いや、今の俺には咲羅の声も、教室内の喧騒も届いていないのだ。


 ただただ考える。


 世界史って、あんなに難しかったっけ? と。


 ああ。殆ど白紙だよ、この野郎。

 笑うな。マジで下手な点数取って単位が取れませんでした、なんてなったらシャレにならないからな。


 しかし、記号問題で四問連続で答えが『ア』になるなんて有り得るのだろうか。

 他の問題が一切解けなかった分、一番最初の記号問題群に賭けるしかないのだが……


 その不安に負け、結局二問目だけ『エ』にしてしまった。

 これで四問連続で『ア』だったらどうしよう。ってか赤点かも知れない。


 昨日あんなに勉強した(さらっと教科書を読んだだけ)のに、殆どわからなかった。


 一教科目の理科だって結果は言わずもがな。

 これはマジで今回ヤバイんじゃないか?


 俺は次の教科である現国の支度に取りかかる事も、友達と今のテストの答え合わせをする事すら忘れ、自分の立たされた現状に、突き付けられた現実に、ただただ絶望しているだけだった。


 そんな俺の耳に、

「れいんちゅわん、犬神、忍! テストどうだったぁ!?」

 テストのせいで無駄にテンションの高くなった神童一の声が飛び込んで来た。

 答え合わせでもするつもりなんだろうが、生憎俺は皆に提供出来る答えなんて持ってない。


「犬神なんかはさり気にいつも点数良いからなぁ」

 なんて言う神童に咲羅は、

「私は……今回はまぁ出来た方かな。自信はないけど。ってかさり気にって、いつもちゃんと勉強してるもん!」

 頬っぺたを膨らませて見せた。


 そして、

「れいんちゅわんはどうだった? この学校に来て初めてのテストだよね? 前の学校と出題形式とか違ったりしてた?」

 神童は遂に真打ちに話題を振った。


 つい気になり、俺も聞き耳を立ててしまう。


 そんな神童を毛嫌うれいんの気になる答えは、

「簡単だった」


 ――――なんだと!?


 よくよく考えてみれば、俺はれいんの学力については何も知らなかった。


 顔色一つ変えずに豪語するくらいだ。コイツ勉強得意だったのか?

 教えてもらえば良かったぁあああ……ッ!


 机に一人でガンガンと頭を打ち付ける。

 何かツッコミが飛んでくると思ったが、皆さんは答え合わせの方が重要らしく、誰も俺に見向きなんてしなかった。

 このまま頭がカチ割れるくらいまで叩き付けたら、逆に頭良くならないかしら。


「ちなみにさ、最初の記号問題の答えだけど――――」

 神童が、今俺が一番気になっている事を聞き出そうとしている。

 咲羅から、れいんから!


 必然的に俺の耳は大きくなる。この喧騒の中、それを絶対に聞き逃すまいと。


「あの記号問題の答えって、一問目から順に『イ』『ア』『ウ』『イ』『イ』『イ』『ア』で良いの? 四問目から『イ』が三問連続だから不安でさ」


 ――――えっ?


 それを聞いた咲羅は、

「えっ? 四問目から『イ』が四問連続じゃなかった?」


 一問目から『ア』が四問連続じゃなくて?


 俺の顔から血の気が引いていく。


 そんな俺なんて気にもせず連中は、

「とりあえずあんま自信はないけど、二問目は『ア』で間違いないよな?」

「うん、二問目は『ア』だね」

「残念。私『イ』にしちゃった」

「ははっ! ドンマイだぜ、れいんちゅわん! うっかりさんだな」

「神童くんだって七問目間違えてるクセにッ。六条さんの事言えないわよ」

「おっと、こりゃ一本とられたぜ」

 HAHAHA……と一斉に笑う一同。無駄にウィットな感じが実に腹立たしい。


 いやいや、二問目『エ』にしちまったからぁぁあああああっ!

 結局『ア』で良かったのかよ!

 てか、今神童の言ってた解答……俺のと全然違かったんですけどぉぉおおお!?

 特に咲羅もれいんも指摘しなかった所から察するに、あれが大体正解って事か?


 やばい。これはヤバス。記号問題全滅じゃね?


 俺の体が無意識にガタガタと震えだす。寒気がするのに冷や汗が止まらない。


 出来る事なら、今すぐバルス! と叫んで学校を破壊してやりたいくらいだ。飛行石なんざ持ってねぇけどさ!


 それがダメなら猫バスに乗ってどこか遠くまで逃げ――――


 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムは無情にも、生徒の声を切り裂いて鳴り響く。

 高らかに、ただ高らかに。



 ◇


 テスト初日を無事に終え、意気揚々と帰路につく生徒達。

 まだ数日の間、テストと言う名の地獄は続くと言うのに、初日の重圧から解放された生徒達のその声には確かに明るさがあった。


 まぁテスト勉強を入念にやって来た生徒からすれば、午前中で学校が終わるってのはこの上なく喜ばしい事なのだろう。

 笑い声まで飛び交うのも理解は出来る。


「……」

 そんな歓声の中に混じって下校する、一人ゲッソリとやつれた顔の俺。

 最早今の俺からは微塵も生気を発してはいない。


 結局、三教科目の現国も見事なまでの玉砕だったのだ。

 二教科目の世界史の動揺を隠せなかった……と言うのが正直な理由だろう。

 まぁどっちにしても国語は俺の苦手教科の一つなのは事実。

 動揺してようがしてなかろうが、結果は同じだった気がする。


 うぅむ……こんな八方塞がりの状況で実感するのも甚だおかしな話だが、テストとかに追われていると、やっぱり俺も普通の高校生なんだなぁと思う事が出来るのだ。


 もうね、れいんや葉月さんとつるんでると、自分がどんどん普通の人間からかけ離れてってしまってるんじゃないかと思ってしまって、鬱になるんだよ。判って欲しい。


 いざ戦場に赴けば、現実離れした吸血鬼とのバトル。奇術やら何やらと訳の判らない設定。


 夜な夜な吸血鬼殲滅ライフを送ってる俺からすれば、この他愛もない日常生活が恋しくて仕方なかったワケだ。ただいま、日常!


 あ、とりあえず、ここ最近の俺とれいんの活動についても説明しとかないとな。


 純志麻を倒してからも、俺達の吸血鬼殲滅活動は変わらず続いている。

 未だにラスボス吸血鬼に関する情報をこれっぽっちも手に入れられてない状態ではあるのだが、それでも、純志麻戦の時と比べても俺とれいんは確実に強くなっている。

 今なら純志麻級のボス吸血鬼が出てきても、前より良い戦い方が出来るだろう。


 ってか、結局れいんが何で死なないのか聞かず終いなんだよな……

 一度タイミングを逃してからと言うもの、別にどうでも良くなってしまったと言うか。


 やっぱりリザオラルを唱えられるのか、奇術師だし? ま、これに関してはそのうち機会があれば聞こうと思う。


 うん、俺がテスト勉強出来なかった原因の大半が上記のせいだろう。

 これまで遅刻やら早退やら休みやら進級に響く事ばっかりして来たし、今回はそれを取り戻すくらいの気合いでテストに臨むつもりでいたのだ。


 それがなんだ?

 とっとと殲滅を終わらせてテスト勉強をしたいって時に限って吸血鬼の野郎共はわんさか出てきやがる。

 いつもなら殲滅活動も一時間ちょいで終わるのに、最近は数時間かかってしまい、帰って来るのも夜中。完全におねむの時間だ。


 奴らは俺にテスト勉強させない気か?


 いやね、殲滅しに行く前に勉強すれば良い話なんだけど、なかなかその時はやる気が起きないと言うか……


 もういいや。ぶっちゃけた話ね、やる気はあるんだけど、いざテスト勉強をするとなると眠くなっちまうんだよ。


 教科書見たって判んないんだもん。だって授業出てないし、出てても居眠りしたりしてんだもん。

 教科書読んだだけでソレを理解出来る程の頭なんて持ってないしな。


 だから昨日だって教科書にさらっと目を通して終わりよ?

 ま、それだけで点数取れる程甘いもんじゃなかったが……


 こうなったら今夜辺りれいんに勉強教えてもらうか? ちょっと癪だが、俺一人でやるよりは確実に効率良いはずだし。



 トボトボと校門を通過しようとした時、くたびれた俺の背中に、

「ちょっと待ってよ、忍っ!」

 遥か後方から声が投げかけられた。

「……」

 生気のない笑顔を浮かべながら後ろを振り返る。

 そこにはれいんと咲羅と神童、三人の姿があった。なかなか珍しいスリーショットだ。


 俺が振り返ったのを確認すると、連中は俺に追い付くべく小走りで移動して来る。

「もう……いくら呼んでも気付かないんだから!」

 俺の元に来るや否や、咲羅は頬を膨らます。


「すまんな、色々考えてて気付かなかったよ」

 最早一筋の光さえ放たない目をしながら、感情の欠片もないロボットのように、ただその文字列だけを口にする。


 しかし咲羅はそんな俺の気なんて知らず声高らかに、

「ねぇねぇ忍っ! テスト初日も無事終わった事だし、皆でゲームセンターにでも行こうと思うんだけど、一緒にどう!?」

 なんて言ってくれる。

 これっぽっちも悪気のない、無垢な瞳を真っ直ぐ俺に向けて。


 あん? ゲーセンだと?

 こいつぁ何を言ってる。咲羅のセリフにもあった通り、まだ初日。明日も明後日もテストは続くんだぞ?

 それが一日目が終わっただけでゲーセンだ? バカかコイツらは!


 たかが一日目でゲーセン。

 一日目でこんなんじゃ、テスト最終日が終わったらどんだけお祭り騒ぎするつもりやねん。

 いや、余裕があってこそのこの行動か?


 今回のこのお誘いに対する俺の返事なんて言わずもがな。

「おいおい、寝言は寝て言ってくれや。俺は何としてでも赤点を回避せにゃならんのだ。ゲーセンならお前らだけで行きな」

 シッシッと、あしらってやる。


 すると咲羅は再び頬を膨らませ、

「え~、折角の早帰りなのにぃ……忍居ないとつまんないよぉ」

 俺が居ないとつまんないって……それはそれで一緒に行くれいんと神童に失礼じゃないか?


「お前らと違ってこれっぽっちも余裕ないんだよ。金銭的にもな。俺はこれから家に帰って少しでも多くの知識をこの出来の悪い脳ミソに詰め込まなきゃならんのだ。判ったら去ね」


「そっか」

 先に退いたのは珍しくもコイツ、神童であった。

 しかし、

「まぁ良いじゃねぇか、犬神。こう言ってんだ。俺としても残念だが、今日の所は三人で行こうぜ。仲良くプリクラでも撮ろう、記念にさ?」

 と、俺が参加するにせよしないにせよ、ノリノリである。

 相変わらずさかしい奴だ。

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