11月5日(火)

俺達の守る街

 ◇


「寒っ! マジで寒っ!」

 あまりの寒さに、俺は身震いをしながら目を覚ました。

 そして、俺の体がのっそのっそと一定のテンポで揺れている事に気付いた。

 この窮屈な感じ、ちょっと視線を移しただけで誰かの頭が目の前に超至近距離で現れる。

 まぁ誰かもクソもアイツしかいないんだろうが。

「……」

 俺は、おぶられている。


 今まさに俺をおぶっているソイツは、

「目、覚ましたみたいね。今回は助かったわよ、シノブ」

 前を見ながら言った。


 六条がそんな事を言うとはなかなか珍しい。ちょっとした珍事だ。

 ってか、

「えぇい、降ろせ! 自分で歩けるわい!」

「ダメージ量が半端ないわ。黙っておぶられてなさい」

「いや、恥ずかしいんだって。え、てか今何時なの?」

 おんぶどうこうより、俺は自分の目に映った空に違和感を感じさせられた。

 空は綺麗なオレンジ色。


「何これ? これは朝焼け? 夕焼け? which?」

「朝焼けね。もう少し休んでから帰りたかったけど、さすがにこれ以上だと通行人も増えてくるだろうし」

 言って、六条はピョンとジャンプする。

 妙に空が広く見えると思ったら、コイツはまたもや他所様の家の屋根の上を移動してやがるのだ。

 コイツの移動の速さを思い出した俺は、ちょっと六条を誘ってみる事にした。

「なぁ」

「……何?」

「ちょっと寄り道する事って可能?」


 俺の質問に六条は一瞬戸惑う素振りを見せる。が、暫くして、

「可能」

 呟く様に言った。

 多分六条も眠気MAXなんだろう。俺がこんな事を言い出さなければ、家に直帰しておねんねするつもりだったハズだ。

 それでも、俺が六条を寄り道に誘ったのは、ちょっと見せたいモノがあったからだ。

 こんな時くらいしか機会もないだろうし。


「で、何処に行けば良いの?」

 六条は屋根の上で立ち止まり、俺の指示を待つ。

「えっと……今ここは北楠木辺りか?」

 言われて、俺もまず自分の位置情報を知るべく辺りを見回す。


「……ああ、あっちだあっち。左に小高い山みたいなのがあるだろ? 見える?」

 六条の背中の上から、左の視線のずっと先にある山を指さして見せる。

 それを追って見ていた六条も、

「えぇ、確認した」

「よっしゃ、ちょいとそこまで行ってくれ。山のちょっと上の辺りに休憩所みたいな所があるから、そこで降ろしてくれ」

「判った」



 やはり六条の跳躍は凄かった。

 さっきまであんなに遠く感じた山も、ほんの数回の跳躍ですぐ目と鼻の先になってしまった。モノの数分足らずだ。

 ここまで来ると寒さにも慣れてしまい、下手なタクシーよか快適だぜ。


「着いた」

 目的地である休憩所に着くと、六条は俺を降ろした。

「何て言うか、山って程でもないわね」

「まぁ小高い丘レベルだよな」

 俺も久しぶりに地面に足を着いた。

 ずっと窮屈な態勢だったし、ちょっと体を慣らすタメにその場で足踏みをしてみたりする。

「でも、何でこんな所に用があったの?」

 休憩所の椅子に腰掛けた六条は、当たり前な質問を投げ掛けた。

 そりゃそうだ。休憩所には水飲み場すらなく、休憩用の椅子がチラホラ置いてあるだけだもの。


「座ってちゃ判らんわな。こっち来てみ」

 すっかり座り込んだ六条を促すべく、俺自らが先人を切って歩き出す。

 確かに今回負ったダメージは相当だったようで、歩く度に身体中に激痛が走った。

 それでも俺はそれを堪えて、手すりの所まで歩いて行く。

 そんな俺の後を六条がついてくる。


「見てみ」

 俺は手すりに背中を預け、六条の反応を伺う事にした。

「……?」

 何があるってんだと言わんばかりに、冷めた顔をしている六条。


 しかし、

 手すりから向こう側を見た瞬間――――


「…………」

 六条は目を大きく開き、

「……綺麗」

 そう言った。

 それを聞いた俺は軽く微笑み、体を回転させ、今六条が見ているのと同じ方を向く。

 同時に俺の目にもそれが飛び込んでくる。



 田舎のクセに、無駄にビルやらが立ち並ぶこの街を照らす朝焼け。

 橙色の太陽が照らし出す景色が、


 そこに幻想的な風景を作り上げていた。


 まるで額縁のない巨大な風景画のようで、

 でも、決して人工的には描く事が出来ないであろう景色。


 俺と六条は、朝焼けに染まりながらその景色を眺めてる。

「夕焼けの時しか来たことなかったから不安だったんだけど、朝焼けも良い感じだな」

「まさか、このタメに?」

「ああ。お前にも見せとこうと思ってさ。この街は、この景色は、お前の手で守ってるんだから」

「……うん」

 六条は改めて周りを見渡す。


「なんかさ、この街が吸血鬼で溢れたら、この街の全部がぶっ壊れちまうんじゃないかって、ふと思ってさ。あんま上手く言えないけど……この景色を守ってくれよ? それが結果的に、街を守ってるって事になると思うんだ。いやさ、ここは昔神童と探検してた時にたまたま見つけた場所なんだけどな、それ以来何か悩みとかあるとここでボーッと眺めるのよ? 夕焼けに染まったオレンジの景色を。そしたら不思議と楽になれてさ。

 だからお前にもこの場所をくれてやるぜ。

神童との秘密の場所だったから、まだ誰にも教えてねぇ。咲羅にもな。

 お前も何か悩んだりしたらさ、夕焼けの綺麗な日にでも来て、頭ん中空っぽに――――」

 ……俺は何を言ってるんだろうね?

 滅多にクサイ台詞なんて言わないから、自分で言っといてなんだけど、死ぬほど恥ずかしいわ。

 一方の六条は、

「シノブ」

「ん?」

「今回、ヤツに勝てたのはシノブのおかげ。私一人じゃ何も出来なかった」

 と、俺の恥ずかしい台詞なんてとくに受け止める事もせず、話を変えて真顔で言い放つ。


「いやいや、最終的に倒したのはお前だろ?」

「そうだけど、ワタシの力じゃない」

 言って、六条は黙り込む。

 何? 落ち込んでんの、コイツ?


「ワタシは……」

「?」

「シノブが一緒に戦ってくれる事が嬉しい」

 真っ直ぐ、景色を見たまま言う六条。

 思わぬ一言に俺の顔は一気に赤くなる。

 朝焼けのおかげで六条にはバレないだろうが。


「……べ、別に六条のタメじゃないんだからな!」

「シノブ、ツンデレになってる」

 珍しく六条が俺に突っ込んだ。

 すると、

 更に珍しく、六条はクスクスと笑って見せる。

 おろ、コイツがこんなハッキリ笑ってんの初めてじゃね?

 眠すぎてテンション上がってんのかな?


「それとシノブ」

 と、何かを思いついたかの様に、六条が話題を切り出した。

「今度はなんだ」

「ワタシの事はれいんでいい」

 何とも懐かしいやり取りである。

「え、いや、それはさ」

 気恥ずかしさから慌てる俺。

 そんな反応を見て六条は、

「私がやられた時、一度だけだけど確かにれいんと呼んでくれてた」

 何やら捏造し出したぞ?



 が、俺の記憶も次第に蘇る。


 あれは六条が純志麻に頭をぶっぱされた時だ。


 ああ……確かに言っていた。

「いや、あれは……ってかお前頭パーンってなったのに何でそれ聞こえてんだよ!? てか、何で生きてたんだよ?」

 言って思い出したぞ。コイツには何で無事だったのか聞かなきゃならねぇんだ。


 だかしかし六条さんは、

「れいんって呼んだら教える」

 なんて交換条件を持ち出してみせる。

「な、何故名前にこだわる……」

「私だけ、名字だから」

 へ?

「イヌガミさんも、カオルも、ユマも下の名前なのに私だけ名字だから」

 心なしか、六条の表情はムスッとして見えた。


 言われてみれば確かにそうだが……そんな理由か。


「だから私もれいんが良い」

「……ぐぬぬ……わぁったよチクショー! れいん、何で無事だったのか教えろ! これで満足かこの野郎」

「満足」

 言って、ワガママの叶った子供のように頬を緩める六条改めれいん。


「で、何で無事だったんだ? 簡単には死なないってどういうこった?」

「それは……」

 そこでれいん(慣れねぇなぁ)は一度間を空ける。


「……それは?」

「とりあえず……眠気が限界だから、帰って寝て起きてからで良いかしら?」

 大あくびするれいん。


「結局そうなるのかよッ!」

 まぁ、あまりに眠すぎて帰るの面倒くさいなんて言われる前に帰っとくか。

 俺も実際眠いし。ぐずりだすと厄介だからな。


 れいんのあくびが移ったのか、俺も大きなあくびをした。

 結局名前の呼ばされ損だったぜ。


「それじゃ、行きましょ」

 言いながられいんがしゃがみ、無言で俺におぶられろと言ってくる。

 まぁここから歩いて帰るのも億劫だし、何よりマジで体にダメージを負ってたのも事実。

 ここはれいんの言う通り、素直におぶられて帰るとしますかね。


「じゃ、よろしく頼むぜ」

 気恥ずかしさを隠しながら、再びれいんにおぶさる。

 俺が落ちないよう確認すると、れいんはスッと立ち上がった。


 そして、

「良い場所を教えてもらった。何かあったら来てみる」

 前を向いたままそう言った。

 俺の恥ずかしい台詞も流されてたワケじゃなかったようだ。

 安心したぜ。



 れいんは再びその景色を目に焼き付けようと、一度後ろを振り返る。


 おぶられてるせいで、今れいんがどんな表情をしているかは判らない。

 しかし、柔らかい表情をしてるんだろうって事は背中越しにも伝わった。


 暫くして、俺の耳に一言の言葉が届く。

 さっきの言葉に続く台詞にしてはヤケに時間がかかったが、その言葉は確かに。



「ありがとう」

 れいんは呟き、地面を大きく蹴った。


 その瞬間、


「あれ?」

 俺の脳内に一つの不安要素が浮かび上がる。

 思い出さなけりゃ良かったのに、俺の頭は確かにそれを思い出してしまったのだ。

「今日って何曜日?」

 恐る恐るれいんに問う。


 れいんは一度考え込むと、

「火曜日」

 と、自信を持って言ってくれた。

「あれ、今日学校じゃね?」

「そうね」

「え、マジで? こんなボロボロの状態で行くの? てか今から寝たら起きらんねぇって!」

 れいんは何も言わないが、心なしか地面を蹴る力にも勢いが付き始めた気がする。

 さてはコイツも忘れてやがったな!?

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