其の女、不死身につき

 ◇


「……」

 俺はうずくまる純志麻を見下ろしながら、考える。


 俺は今、貫通技を使ったワケではない。

 普通の攻撃なのに純志麻にダメージを与えられている。

 と言うことは、今バリアは張られていないのか? こいつの必死さからして、その可能性は大いに考えられる。

 とりあえず腕一本を封じたから、これで少しは安心出来るけど……


 命を賭けたデスマッチ。

 純志麻はそう言っていた。


 六条がやられたシーンが鮮明に、俺の脳裏に蘇る。


 今夜俺は、改めて自分が足を踏み入れた世界の危険さを思い知った。

 ただの殴り合いとか、ガキのケンカでは済まない領域。

 人間と吸血鬼。お互いの存亡を賭けた、本当の殺し合い。


 六条が死んだ今、多分俺と葉月さんの間で交わされた約束も果たされないだろう。

 葉月さんは六条と共にラスボス吸血鬼を……って言っていたからな。


 俺一人で殲滅を続ける必要だってないだろ。

 ここまでやっといて願い事を叶えてもらえないのは悔しいけどさ。


 それよりも、今の俺には六条を失った喪失感の方が大きいのだから。


 もう他の吸血鬼の事はどうでもいい。

 とりあえず六条の仇だけは、俺が討ってやりたい。


 アイツのタメに。

 アイツと関わった連中のタメに。


 そして、俺自身のタメに。



 短い期間ではあったが、これが殲滅師・黒霧忍のラストミッションだ。


「ヒ……ァァっ……」

 呻き声を上げながら、純志麻が弱々しく立ち上がった。

「死ぬのか? 俺ぁ死ぬのか? まだ……やらなきゃいけねぇ事があるのによぅ……ヒヒ……」

 膝をガクガク震わせ、目を血走らせながら、純志麻が天を仰ぐ。


「お前も言ってた通り、こいつは命を賭けたデスマッチだろ? 悪いけどな、こっちも味方が殺られてるし、そろそろ終わらせてもらうぜ」

 俺も覚悟を決めて言い放つ。

 終わるのだ。長く続いたこの死闘に、俺の手で終止符を打つ。


 俺の言葉を聞いた純志麻は口元から血を滴らせながら、

「ヒヒ……そうか、そうかァ。もう終わっちまうのか……」


 生気のない笑顔を浮かべ、

「ヒハハ……イヤだねッ!」


 俺の意図していた展開とは全く逆の展開を繰り広げる道を選んだ。


「何っ!?」

 俺の油断と言ってしまえばそれまでだ。

 純志麻はどこにそんな力が残っていたのかと思わせる速さで、左手を俺に向けて翳す。


 そのまま――――


「ぅゲハァっ……」

 衝撃波を繰り出され、俺の体は吹き飛ばされた。

 その攻撃にはさっきまでの威力はないにせよ、人一人吹き飛ばすには充分すぎる威力だ。


「ヒヒヒヒ……俺は死んじゃいけねぇんだ。俺が、世界を変えなきゃならねぇんだからよぅ……」

 言って、俺との距離を稼いだ純志麻は黙り込む。


 またバリアを張るつもりか!?


「にゃろぅ……!」

 そうはさせまいと、俺も自分の体に鞭を振るって起き上がる。

 起き上がった勢いを利用して暗闇の中を駆ける。

 たった一人のターゲットを目指して――――


「させるかよっ!!」

 射程内まで飛び込み、拳を振り上げる。


 こっちはまだ貫通技の発動条件が判ってねぇんだ! またバリアなんて張られちまったら、次は突破出来ないかもしれない。


「うおぉおおおおッ!」

 たっぷり助走の付いた拳を純志麻の腹部に目掛け、勢い任せに振り抜いた。


 辺りを包む静寂。

 顔を引きつらせる純志麻。

 

 そんな純志麻の腹の上で止まる俺の拳。


「ヒ……ヒヒ……」

 引きつった純志麻の顔は、次第に憎たらしい笑顔に変わっていく。

「く……クソッ!!」

 貫通技は不発。

 俺の拳は純志麻のバリアを壊す事に失敗したのだ。


「ヒハハハァアアアッ!!」

 阻止する事が出来なかった……

 再び、バリアを張られてしまった……ッ!



 純志麻はケタケタと笑いながら、よろめく。

「ヒヒ……良いパンチだったなぁ。その威力、そのままお返しするぜェ?」

 言って、純志麻は俺の構えよろしく、高々と拳を振り上げる。


 やべぇ、この距離だ。避けきれねぇ――――


 もう次喰らったら無理だ!

 そう思い俺なりの受け身のポーズを取る。


 その瞬間、


「な、なんで……どうなっ……」

 純志麻は拳を振り上げたまま振り抜く事をせず、その場で硬直した。

 顔は青ざめ、軽く身震いすらして見せる。

 その視線は、俺に向けられているモノではない。

 俺の遥か後ろ。そこにあるモノを見て、戦々恐々としているのだ。


 俺はそれをチャンスとばかりに後ろに飛び退き、純志麻から距離を置く。

 何はともあれラッキーだ。


 直ぐ様次の作戦を考えようとするそんな俺の背中から、

「ボロボロじゃない、シノブ」


 酷く懐かしい、無機質な声がした。



「うっせぇ! こんでも俺なりに頑張ってん……んえ?」

 絶対にあり得ない掛け合いに、反射的に俺の顔は後ろを向く。


 そこには――――


「確かに、かなり深手を負わせてるようね。シノブにしては上出来よ」

 いつもの無愛想な六条れいんの顔があった。


「え? 何、マジで? え、何これ?」

 思わずあたふたしてしまう俺。

 六条は何故、さも当たり前な顔して立ってんの?

 俺の目の前で確かに頭吹っ飛ばされてたじゃん。血、ブシャァアアアってなってたじゃん。

 ってか今目の前に居るのはホントに六条なのか?


 意味が判らねぇ!

 教えておじいさん。教えてアルムのもみの木よぉぉおおおッ!


 悩みに悩む俺の傍ら、それは純志麻とて同じだったようで、

「何で……だ? 確かに俺ぁこの手で……一体どうなってやがんだ」

 顔を歪ませた。


 自分の事でイイ男二人が全力で悩んでいると言うのに、当の本人はほくそ笑みながら、

「前に言ったはずよ、シノブ。私は簡単には死なないって」

 当然の様に俺の隣に歩み寄る。


「いやいや、簡単にはって……確かに頭吹っ飛ばされてたからね、お前」

「そうね。あれは死ぬ程痛かったわ」

 死ぬ程って、明らか死んでたよね?

 何コイツ。リザオラルでも使ってたのか?


「何はともあれ、時間を稼いでくれて助かったわ。これで私も戦える」

 言って、六条はキリッと良い顔をして見せる。

「時間稼ぐも何も、俺は俺なりに戦ってただけなんだけど」

 そんな俺の投げやりなセリフを聞くと六条はふっと鼻で笑い、一先ず無事で何よりよと付け足した。

 そして、

「やっぱりシノブがこの戦いの要だったわね。私の目に狂いはなかった。全力でサポートするわ。私の居ない間に突破口は見つけたんでしょ? とっとと終わらせましょ」

 ご覧の通り、勝手に仕切り出す始末だ。


 相変わらずな態度の六条に、俺は小さく舌打ちする。復活したと思ったらこれだよ。

「―――ったく、終わったらちゃんとどういう事か説明しろよ? 俺とて何がなんだかチンプンカンプンなんだからな」

 それを聞いた六条は僅かに口元を緩め頷いた。

「わかった。とりあえず、私は何をすればいい?」

「ああ……そうだな」

 俺は六条に俺の知りうる全ての情報と、拙いながら作戦を伝える事にした。



 ◇


 何故生きている?


 これが雑念だと言う事は充分判っている。

 しかし、あの攻撃は全力じゃなかったにせよ、確実に頭をふっ飛ばしたのだ。

 普通それで生きてる訳がないじゃないか。

 ましてや形も残らないくらい木っ端微塵になったハズ。

 何で何事もなかったかのようにピンピンしているのだ。

 変わり身の術でも使っていたのか? そんなバカな。


 自分が泥沼に立っている感覚に千尋は襲われていた。


 使い魔ごときに絶対防御を破壊され、

 ハンターに至っては殺しても蘇る始末。


 もしかして、自分は途方もない連中を相手にしているのではないか……?


 自分の能力に絶対的な自信を持てなくなりつつある。

 こんなバカな話があるか?

「ヒ……ヒヒ……」

 千尋は地面に膝を付き小さく笑いだす。

 忍達も千尋の異変に気付き、様子を伺う。


 そのまま――――


 自らの頭をコンクリートの床に打ち付けた。

 頭蓋骨とコンクリの床がぶつかり合う鈍い音が確かに響き渡る。

「げ……イカれたか?」

 明らかに異様な光景に、忍は千尋が壊れたかとすら思った。

 そりゃ殺したはずの女が蚊でも止まったかな? みたいな顔して再登場したとあっちゃ、動揺だってするだろう。


 しかし、

「ヒヒ……ヒハハハ」

 相変わらず不気味な笑い声を響かせながら、何度も何度も頭を床に打ち付ける。

 壊れた機械のように、何度も。何度も。

「ヒハハハハハハッ!」

 何度も何度も打ち付ける。


「こいつ……」

 れいんも千尋のその様を見て何かを感じたのだろう、早く息の根を止めようと一歩前へと歩き出す。

「待て、六条」

 と、何度となく千尋と対峙した忍は、そんなれいんを制す。

 こいつはイカれたんじゃない。恐らく……


「さっき話した通りだ。俺の体力的にもチャンスは本当にこれ一回っきり。自分の体の事は自分が一番わかってる。しくじればアウトだ。ここは一旦逃げるぞ」

「でも……もし今夜取り逃したら」

「それはねぇよ。アイツは何がなんでも今夜、ケリを付けるつもりだ。だから俺達も俺達の作戦に移るぞ。アイツは絶対に追ってくる」

 何かを察したかのような忍に手を引かれ、二人は闇の中へと消えていった。



「ヒヒヒハハ……」

 二人が完全にこの場から離れてから暫くして、千尋は漸く頭を打ち付ける事をやめた。

 顔を上げた千尋の額から血は流れていない。


 自ら頭を打ち付ける事で、衝撃を吸収したのだ。

 これで枯渇気味だった衝撃も充分に蓄積できた。

「ヒヒ……ぐるぐるぐるぐる、体ん中を衝撃が駆け巡るこの感覚……最高に気持ち良いぜ、ヒヒヒ……

 さぁて、もう良いだろ俺。もう充分楽しんだろ。そろそろ幕を降ろしに行きますか?」

 とびっきりの歪んだ笑顔を浮かべ、千尋は立ち上がった。

 


 大きく深呼吸して忍の波長を探る。


「そこか……今行くぜぇ……」

 まだ建物の中にいる。

 連中も今夜でケリを付けるつもりだろう。


 この世に死なない人間なんていないのだ。

 死なないなら何度だって殺してやる。


 終わらせよう。夜が、明ける前に。

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