不可視の攻撃

「んー……人の命って奴ぁ儚い。無性に胸が苦しくなって来たよ」

 絶望にうちひしがれる俺の傍ら、純志麻は変わらずに歪んだ笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。


「………」

「もう二度とハンターの憎たらしい顔が拝めないとなると、あのふてぶてしい声が聞けないとなると……実に切なく思うねぇ。ま、これっぽっちも後悔なんざしちゃいないんだけどさッ」

 言って自分で笑う純志麻の顔を、俺はただ黙って睨み付ける。 


「キヒヒ……最期の一言がサディストだってよ? あんた的には大好きとか、愛の告白とかされた方が良かったんだろうが。悪いね、最期にあいつが見ていたのはあんたじゃなく、俺だったってワケだ――――」

 風を裂く。

 ただただ神経を逆撫でする言葉を連ねる純志麻目掛け、俺のもう動かないだろうと思っていた体はこれ以上ないと言うくらい、無意識に、迅速に動いていた。

 シンプルに、憎き相手のそのツラを殴るために。


「おっとぅ……」

 それを見切った純志麻は軽やかに避け、俺の一撃は冷たい空気だけを殴り付ける。


 テテテッと駆け、安全な場所に避難した純志麻は両手を大きく広げ、参ったとでも言うようなポーズをしながら溜め息を吐いた。

「おいおい、瞳孔が開いてるよ? 怒りで我を忘れちゃぁいけない。ヤケになったら勝負は決まったようなもんだ」

「……殺す」

「冷静になれって。な?」

「ああ、殺す」


 全く噛み合わない会話。

 今、純志麻が何と言葉を発しても、それらは俺の怒りを増幅させるだけだろう。


 六条が何でこんな奴に殺されなきゃならない?

 好きだの嫌いだのの話じゃない。何でアイツが死ななきゃならないんだ。

 納得がいかない。


「俺もさ、覚悟を決めたよ。これで終わりにする。確かにこの戦いが終わっちまうのはイヤだけど……楽にしてやりたいからね。あんたのそんな顔、見るに耐えないもん」

 言って、純志麻は哀れむ様な顔をし俺に右手を翳した。


「……す」

「あん?」

「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺――――――――」

 今の俺の耳には純志麻のどんな言葉も届かない。

 まるで念仏でも唱えるかの様な小さな声で、単調なその言葉だけを繰り返す。


 もう痛みなんて吹き飛んだ。意識もさっきまで朦朧としていたのが嘘に思えるくらいにハッキリしてる。


 目の前の敵をぶっ殺す。恐怖も不安も罪悪感も感じない。

 明確な目的だけが、殺意だけが、怒りと言う起爆剤を得て俺の中で煮え繰り返っているのだから。


 背筋を伸ばし、ケタケタと笑ってる純志麻に向き直る。

「んー……そうだな。呆気なく死なれるのもなんだから、まずは腕から吹き飛ばしてやろうか? 徐々に、徐々にさぁ?」


 手を翳したままそう言うと、純志麻は翳した手を人差し指だけ残し、残りの指をしまうように握り込む。

 そのまま今宣言した、俺の右腕に銃口を向けるかの様に人差し指を突き付け、

「もう邪魔者は居ないからなぁ。楽しい楽しい死闘を再開しようじゃねぇか」



 突き付けられた指先に細心の注意を払いながら、俺は一歩ずつ足を動かす。

 着実に、純志麻の元に向かって。


「………」

 構えた純志麻が、いつどのタイミングで攻撃を繰り出して来るか判らない。

 不思議な事に俺の頭は冷静だった。


 確かに怒りの感情やらはある。

 今動けてるのだって、ソレによる後押しがあるからだ。

 しかし、もしまた攻撃を食らったりでもしたら、次こそは本当の本当に起き上がる事なんて出来ないだろう。

 さっきみたいに意識を保てるかすら危うい。


 そうなったら六条の仇を討つ事すらままならないのだ。

 何が何でも、もうどんな攻撃だって食らう事は出来ない。これが本当にラストチャンスだ。


 少しでも純志麻の照準を狂わせようと、俺の足取りも早くなる。


「よくもまぁ、また立ち向かって来れるよなぁ。すげぇよ、あんた。もう体だって限界越えてんじゃねぇの?」


 純志麻の手は、素早く移動する俺の姿を確実に追ってくる。

 立ち止まったりしたら、その瞬間にロックオンし攻撃して来るのだろう。


 六条を一撃で亡きモノにした攻撃だ。

 もし純志麻の宣言通り、腕にソレを食らったりでもしたら二度と奴に一撃を見舞う事なんて出来なくなる。


 俺は一度方向を変え、純志麻の攻撃を避けるべく走り回る事にした。

 その時が来るのを。

 たった一瞬のチャンスを掴み取るために。



 当てもなく動く標的。暗がりのせいで定まらない照準。暫くはお互いが攻撃を仕掛けられない、そんな状態が続く。


 それに見かねた純志麻は、

「ちょこまかちょこまかと、厄介極まりねぇなぁ……やっぱ、先に足潰しとくかぁ?」


 言うが早いか、さっきまで俺の腕に照準を合わせていた純志麻の手は、俺の足の方へと下りて行く。


 その瞬間――――

「うおっ!?」

 ボゴッ、と。えげつない音と共に、たった今俺が駆け抜けたばかりの床が抉られた。


 その勢いで、粉々になった破片やらが四方八方に飛び散らかる。


 そんな光景を目の当たりにした今、もう立ち止まる事なんて出来ない。

 冗談じゃねぇ。あんなもん食らったら足が吹っ飛ぶどころか本当に死んじまう!


「ヒハハハハ! いつまで避けられるか見物だなぁ、こりゃぁ!」


 言葉と同時に、再び俺の足元の床が抉られる。


 ―――――畜生。マジで何なんだ。

 突風とか念力とか、そんな生易しいモノじゃなさそうだ。


 走る俺の歩幅も次第に大きくなる。

 少しでも照準を狂わせるべくあちこちへ、ジグザグに、がむしゃらに駆け巡る。


 その間も絶え間なく、純志麻の目に見えぬ攻撃によって抉られる床。

 立ち止まったら最期と自分に言い聞かせ、俺は視界の悪い暗闇の中を当てもなく駆ける。

 駆ける。駆ける。


 このクソみたいな戦いに勝ち、生き残る為に。



 繰り返し巻き起こる破壊音。

 このまま床を抉られ続けたら、またいつ床が抜けるか判らない。


「ヒハハハハ! ほらほらほらほらぁぁああ! もっと速く逃げないと当たっちまうぜぇ!?」

「くそったれ……ッ!」


 ボゴン――――


 爆音のような破壊音を背後で聞きながら、飛ぶ様に走る。


 ボゴッボゴゴ――――


 もつれそうになる足を必死に誤魔化しながら、ただひたすらに走る。

 さっきから飛んできたコンクリの破片が何個も体に当たってる。

 塵も積もれば某ってやつで、ソレも地味ながら確実に痛みとして俺を襲った。


 それでも、モロに純志麻の攻撃を食らうよりはマシなもんだと自分に言い聞かせる。

 こんな痛み。これっぽっちの痛みは、


 六条が味わったもんに比べれば屁でもないのだから。


 防戦一方のままじゃ、この戦いを終わらせる事は出来ない。

 逃げ回ってるだけじゃ、そのうち俺の体力の方が先に限界を迎える事になる。

 ここら辺で攻めに転じなければ。


 乱れる息には申し訳ないが、ソレを正す暇は与えられない。

 俺はただ当ても無く逃げ回るだけだった足を90度、クルリと回す。

 もしかしたら、この行動が死亡フラグになるかも知れないと言う不安がないワケではない。


 純志麻に向かって走るのだ。

 距離も縮まる分、奴の攻撃が俺に当たる確率も飛躍的に上がる。避けきれなければ間違いなく死ぬ。


 でもここで、今ここで立ち向かわなきゃ、それこそ俺に待ってるのは死のみだ。


 なら、何もしないで死ぬよりは何か行動を起こした方がマシってもんよ?


 六条がやられた今、確かに俺の生存確率なんて天文学的数値に等しいだろう。

 それでも、俺にも奴に勝てるかも知れない要因はあるのだ。


 そう。たった一つの可能性が。


「おっ、何だ? まだ向かって来るかぁ? いいね、マジあんた最高だよッ! 実に愉快だ! 俺は今とてつもなく愉快だぁあああ!!」

 狂気に満ちた雄叫びを上げながら、純志麻は改めて俺に手を翳す。

 右手を、左手を。

 俺がどっちに避けても確実に攻撃を当てられるように。


「畜生が……」


 走る。

 走る走る、走る。


 まるで闘牛が、闘牛士に向かって突進するかの如く。

 ただ目の前に立つ敵に向かって。


 弾丸の様な勢いを持った風が、全力疾走する俺の横を掠めて行く。

 間違いなく純志麻の攻撃だろう。

 俺はただ真っ直ぐ純志麻に向かって走っているだけだ。

 当てようと思えばいくらでも俺に攻撃を当てる事は出来るはずだった。

 なのに当たらないとなると、純志麻には当てる気がないのか?

 いつ死ぬかも知れないと言う恐怖に染まる俺の顔を見て、楽しんでいるだけなのか。

 つくづく性格の悪い奴だ。


「純志麻ぁあああああ!」

「ひひ……」

 距離が縮まる。

 20メートル、

 15メートル、

 10メートル……


 純志麻が眼前に現れる。

 同時に拳を握る。

 走りながら、大きく腕を引き上げる。

 後はこの腕を振り抜くだけだ――――



 ザシュッ――――

 後一歩と言うところで、突然俺の左足を激痛が襲った。

 おかげでここまでフル回転していた俺の足は縺れ、バランスを崩し見事なまでの大転倒をするハメになった。

「ぐ……ぁあああ……」

 激痛に呻きながら、すぐ目の前に居る純志麻を睨み付けるように見上げる。

 純志麻は手でピストルの様な形を作り、それを口元に当て、銃を発砲したガンマンがまだ煙の絶えぬ銃口に息を吹き掛ける姿を真似して見せた。

 まるで西部劇のワンシーンみたいに。


 六条の時みたいに足が吹き飛んだと言うワケではなかった。

 だが純志麻がたった今して見せた様に、本当に銃で撃たれたかのようだ。

「いいねぇ。一点に集中させる事により、放出する衝撃波が僅かなモノでもこれだけのダメージを与えられる。手全体で放つより燃費も良いし、もっと早くに気付いてれば良かったよ。

 まぁさ、あんたも俺に怪我させてんだから、お互い様だよな?」

 自分の指先を見つめながら純志麻が笑う。


 こいつは何を言ってる? 衝撃波だぁ?

 それが目に見えない攻撃の正体だったと判った所で、実際この後それが見えるようになるワケではない。

 どっちにしたって対策もクソもあったもんじゃないじゃないか。


 その衝撃波とやらに射抜かれた左足からはドクドクと血が流れている。

 衝撃波だろ? これじゃレーザーか何かで射抜かれたみたいじゃねぇか。


 こんなチート紛いの力を持った奴が子吸血鬼なのか!?

 まだ上が居ると思うと先が思いやられるっつーの。


 ってか、こんな攻撃して来る吸血鬼なんて見た事ねーよッ!!

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